伊勢丹新宿本店でのオンライン接客のデモンストレーションの一コマ(記者撮影)

「こちらのコートは柔らかく着やすい素材なので、どのお洋服でも合わせやすいですね」。伊勢丹新宿本店(東京都)の紳士服売り場で、販売員がコートを広げながらパソコン画面に映る男性客に語りかける。そして、男性がコーディネートについて質問すると、「この色のコートですと、ニットを中に合わせるのがお薦めですね」と販売員が素早く応じる。

これは、百貨店大手の三越伊勢丹が独自開発したスマートフォンアプリ「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」を使った接客デモンストレーションの一コマだ。一般的なネット通販(EC)とは違い、販売員がチャットやテレビ会議で顧客と会話しながら、好みや利用シーンに合わせて商品を提案する。

従来のオンライン接客に“制約”

顧客がスマホにアプリをインストールした上で、チャットで商品ジャンルや予算、色の好みなどを伝えると、販売員はお薦めの商品を返信する。さらに詳しい説明が欲しい場合は、テレビ会議での接客を申し込むこともできる。利用は無料で、伊勢丹新宿本店で三越伊勢丹の社員約50人が通常の店頭接客と並行しながら対応する。今後、三越日本橋本店、三越銀座店でもオンライン接客を行う方針だ。

新型コロナウイルスの感染拡大による外出控えを受け、百貨店の売り上げが落ち込んでおり、各社とも厳しい状況が続く。リアルの顧客接点が減る中、その代替策として百貨店大手を中心にオンライン接客が積極的に進められている。

三越伊勢丹でも2020年6月から、ビデオ会議システム「Zoom」とチャットアプリ「LINE」を使って開始。顧客の体型に近いモデルを用意して着こなしを確認するなど、さまざまな取り組みを進めてきた。ただ、1つの商品購入に当たり、チャットはLINE、テレビ会議はZoom、注文・決済は電話でお願いする形だったため、顧客にとって手間がかかり、サービス拡大には制約があった。

そこで、接客のITツールが分散するという課題を解消するためアプリ開発が行われた。開発は、三越伊勢丹MD統括部のデジタル推進グループと、三越伊勢丹ホールディングス子会社のIM Digital Lab(アイムデジタルラボ)が共同で行った。以前からアプリの構想はあったが、1度目の緊急事態宣言を受けて開発を前倒しし、2020年11月25日からサービスを開始。チャットとテレビ会議機能に加え、「個品登録機能」も実装した。


アプリではチャットで販売員に質問(左)、テレビ会議で実際の商品を確認できる(右)(写真:三越伊勢丹)

この個品登録機能によって、オンライン接客で顧客が気に入った商品があれば、販売員がその場で写真撮影してバーコードを読み取るだけで、アプリ内のショッピングカートに商品を登録できる。その後、顧客がクレジットカードで決済すれば、商品が自宅などに配送される。つまり、商品の提案や詳細説明、決済まで1つのアプリ上で完結することが可能になる。

三越伊勢丹では通常のECサイトも展開するが、ECで購入可能なものは現時点で10万種類ほど。伊勢丹新宿本店で扱う全商品の10分の1程度でしかない。ECに商品掲載するには「ささげ」(撮影、採寸、商品説明の原稿執筆)の作業が必要で、膨大な時間と労力がかかる。最初からすべてをそろえるのではなく、顧客の好みに応じて個品登録できれば、EC未掲載の商品を含めてアプリで購入できるようになるメリットも大きい。

「接客では、デジタルは人にはまだかなわない」

将来的には伊勢丹新宿本店で扱う全商品を購入可能にする計画だが、サービス開始時点では14ショップ、300ブランドを取り扱う。1月上旬以降に11都府県に対して2度目の緊急事態宣言が出され、店頭への来客数は激減している。オンライン接客へのニーズが高まっているとみて、アプリで取り扱い可能な商品カテゴリーやショップを拡大していく方針だ。

ネット通販の世界では、アマゾンや楽天などIT大手が大きく先行する。こうしたECが強みとするのが、訪問客のサイト閲覧履歴や購買履歴などから関連性のある商品を提案するレコメンド機能だ。

ただ、三越伊勢丹の三部智英執行役員は「少なくとも接客においては、デジタルはまだ人間にはかなわない」と断言する。販売員が顧客との会話の中からニーズを聞き出し、ビジネスやカジュアルなど利用シーンに合わせたコーディネートを提案するなど、百貨店が従来培ってきた接客ノウハウによって、大手ECと差別化が可能だからだ。

購入する商品がある程度決まっている場合でも「プロの意見を聞きたい、購入へ背中を押してほしいという理由でアプリを利用するお客様も多い」(三部氏)。百貨店では高価格帯の商品が中心であるだけに、同社ではオンライン接客との相性もよいとみている。

オンライン接客がうまく普及すれば顧客の裾野が広がる期待もある。例えば、近隣に百貨店がない地方居住者や若年層など従来取り込めていなかった顧客層との接点拡大だ。

首都圏にある三越伊勢丹の旗艦3店(伊勢丹新宿本店、三越日本橋本店、三越銀座店)では、40〜60代が主要な顧客層。一方、アプリ利用者では30〜50代がメインと一回り若返り、20代の利用も増えているという。とくに20〜30代では百貨店で買い物をしたことがない人が多い。若年層はデジタルサービスの利用に抵抗感がないため、百貨店で買い物をするエントリーツールとして期待される。

ただ、アプリの宣伝活動をほとんどしていないこともあり、現状のダウンロード数は数千件で利用者の大半が既存の店頭顧客だという。今後はSNSを活用したマーケティングなどで若年層へのアプローチを積極化する。オンライン接客の利用は一般的なECより心理的なハードルが上がるだけに、新規顧客が入ってきやすいサービスをいかに構築できるかが重要になる。

百貨店の活性化の一助となるか

近年、とくに地方都市の百貨店は閉店が相次いでおり、買い物を楽しむ“行き場”を失った百貨店ファンは一定程度存在するはずだ。地方の富裕層の中には東京の百貨店店舗まで出掛けて買い物を楽しむ人もいるが、コロナ禍ではそれも簡単ではなくなった。オンライン接客の認知度を高めることで、そうした人たちとのニーズをいくらか満たせるかもしれない。

オンライン接客で顧客と会話することで、「なぜこの商品を買ったのか」といったことも分かる。三部氏は今後の方向性について、「例えば、お孫さんのお祝いのためなら、家族構成など生活背景がわかってくる。こうした情報も顧客IDと紐付けてデータ化し、最適なタイミングで次の商品レコメンドにつなげられる仕組みを作っていきたい」と語る。

百貨店は従来、店頭での販売にこだわり、ネットの活用に積極的ではなかったが、コロナ禍で潮目は大きく変わりつつある。百貨店の強みである「質の高い対面接客」をオンライン上でも実現し、既存の顧客とのつながりを維持するだけでなく、新たな顧客層の開拓につなげられるか。長期低迷が続く百貨店市場の活性化を図る上で大きな試金石となりそうだ。