第19回のテーマは「トレーニング理論の性差」について(画像はイメージです)【写真:Getty Images】

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連載「女性アスリートのカラダの学校」第19回―「トレーニング理論の性差」について

 スポーツを習い始めたばかりの小学生、部活に打ち込む中高生、それぞれの高みを目指して競技を続ける大学生やトップカテゴリーの選手。すべての女子選手たちへ届ける「THE ANSWER」の連載「女性アスリートのカラダの学校」。小学生からオリンピアンまで指導する須永美歌子先生が、体やコンディショニングに関する疑問や悩みに答えます。第19回は「トレーニング理論の性差」について。

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 昨年、運動部に所属する中・高校生アスリート、保護者、そして指導者が参加する、女性アスリートのコンディショニング研修会にスピーカーとして登壇。そこで、クライミングの指導者の方と対談しました。

 クライミングはオリンピック種目になったこともあり、近年、中学生になると競技として始める女子が増えているそうです。中学生といえば、ちょうど体が急激に変わる時期。この研修会の参加者からも「成長期の女子選手がトレーニングで気を付けるべき点は何か?」という質問が出ました。

 これは、答えるのが非常に難しい質問です。

 成長の度合いや体の状態は個々によって異なるため、具体的に「○○をしたほうがよい」というアドバイスはできません。クライミングの指導者と私の間で一致した結論は、まずは「今までやってきたトレーニングは続けていく」こと。そのうえで、「今までの体と何が、どう違うのか」に気づき、「何を変えていく必要があるのかを考える」ことが大事、ということです。

 特に女性選手の場合、男子と同じトレーニング内容ではなく、別に補強トレーニングの必要性が生じる選手もいると思います。特にクライミングという競技は、思春期以降の体の変化を体感しやすい競技です。思春期以降、男子は筋肉がつきやすくなりますが、女子は初潮を迎える頃から体脂肪がつき始める。すると、子どもの頃は男女とも男子変わらず、身軽にひょいひょいと壁を登っていけたのに、女子選手はお尻が重くなるなど、体の扱いが難しく感じるようになるためです。

 実は、世のトレーニング理論は、男性の体をベースに構築されています。

 スポーツ界は、もともとは男性中心の世界でした。その歴史的背景から、トレーニングの裏付けとなるデータのほとんどは、男性アスリートの被検者から導かれています。一方、月経周期などを考慮されたスポーツにおける女性の体の研究はまだまだ不足しています。つまり、今あるトレーニングプログラムの多くは、性差が考慮されていないのです。

女性アスリートは男性アスリートに比べて「膝のケガ」はなぜ多い?

 しかし、あらゆるトレーニングプログラムは、個々の体に応じて組み立てられます。ということは、女性は女性の特性に合ったトレーニングを行うべきであり、そうすることで、ケガの予防やパフォーマンスの向上につながると考えます。

 例えば、女性アスリートは、男性アスリートに比べて「膝のケガ」が多いことはご存知でしょうか。これは骨盤の大きさに男女差があり、女性は動作によっては膝に大きな負担がかかることが理由です。

 骨盤と膝の位置関係は、「Qアングル」で測定することができます。

「Qアングル」とは、骨盤と膝を結んだ角度のこと(※)。女性は男性に比べると骨盤幅が広く、男性よりもQアングルが大きい。そのため、ジャンプの着地時や下半身で緩急をくり返す動き、切り返す動きなどの際、膝が内側に入りやすくなります。すると、膝周りにかかる負荷が大きくなり、膝の前十字靭帯損傷や膝蓋骨脱臼につながります。

 このQアングルの問題にはイギリスのサッカー女子代表が積極的に取り組み、女性の体の特性を考慮したトレーニングによって強化を成功させています。このように「女性の場合はどうすればよいのか?」を考えることも大事です。

 男性と女性とでは、骨格や筋肉特性も異なりますし、同じ運動をした場合でも体の反応が異なることもあります。月経に伴う周期的な体調の変化もその一つ。これらのように、見た目だけでなく、運動の刺激に対して体のなかで起こる反応にも、本当に様々な性差が生じることは、いろいろな研究によって報告されています。

 まだ具体的な種目やプログラムを提案できる段階ではありませんが、近年は女性アスリートの体の研究も進んでいます。今後、女性の体の特性を踏まえたトレーニングやコンディショニングが確立されればきっと、世界の女性アスリートたちはさらに素晴らしいパフォーマンスを発揮できる、と考えるのです。

(※)膝蓋骨の中央点と、上前腸骨棘および脛骨粗面に引いた2本の線のなす角を指す。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。

須永 美歌子
日本体育大学教授、博士(医学)。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本陸上競技連盟科学委員、日本体力医学会理事。運動時生理反応の男女差や月経周期の影響を考慮し、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発を目指し研究に取り組む。大学・大学院で教鞭を執るほか、専門の運動生理学、トレーニング科学の見地から、女性トップアスリートやコーチを指導。著書に『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)、『1から学ぶスポーツ生理学』(ナップ)