成長率の計算間違いで誤った数字を報道するも、知らんふりをするメディア……その訳とは?(写真:metamorworks/iStock)

例えば従業員数が100人、120人、200人の会社があったとして、その3社の平均の従業員数を計算すると、(100+120+200)÷3=140(人)である。これは「算術平均」という概念だ。しかし、実はそれ以外の「平均」の概念や計算方法もいろいろあり、日常でも使われている。ところが、メディアがそれを理解せず、誤った数字を報道したまま知らんふりをしていた、という事実がある。『AI時代に生きる数学力の鍛え方』の著者が「数学をハナから嫌わずに、その考え方に関心を持ってほしい」として、ニュースの裏側を明かす。

2種類の年平均成長率が報道された

新型コロナ感染症の経済への影響は読みにくく、2020年度のGDP(国内総生産)成長率も見通し難のようだ。政府と民間の成長率試算の隔たりも大きい。新型コロナが収まるときもいずれ来るのだろうが、今後数年間の経済成長率がどのような水準になるのか、まだ誰も確実なことは言えない。


そこで過去のデータを用いることにするが、経済の平均成長率の報道の誤りという“事件”を紹介し、数学的な考え方の必要性について述べてみたい。

2006年の秋に「今回の景気拡大の期間は、『いざなぎ景気』を超えた」と報じられた。2002年2月に始まった景気拡大が2006年11月で58カ月目となり、1965年11月から4年9カ月(57カ月)にわたって続いた「いざなぎ景気」の記録を破ったというのである。

そのときの新聞、テレビ等の報道で、「いざなぎ景気」の年平均成長率を「11.5%」とするものと、「14.3%」とするものの2つがあった。

「いざなぎ景気」の成長率がなぜ2種類あるのか。不思議に思って考えたところ、「11.5%」は「相乗平均」の発想で正しい答えであるが、「14.3%」は「相加平均」の発想で誤りであることがわかった。

平均成長率と平均身長は異なる

「いざなぎ景気」は4年9カ月続いたのだが、その間に日本経済は67.8%成長した。この事実を基に正答・誤答それぞれの計算方法をたどってみよう。

まず「いざなぎ景気」の年平均成長率は14.3%という誤答は、次のようにして求められている。4年9カ月は4.75年なので、

67.8÷4.75=14.27…

四捨五入して14.3というわけである。

この計算は相加平均という考え方に基づいている。相加平均とはn個の数値を合計してnで割って求めた平均である。「算術平均」ともいう。

例えば、5人の生徒の身長が、

152cm、147cm、159cm、143cm、154cm

であるとき、平均身長は、

(152+147+159+143+154)÷5=151(cm)

と、算出される。これが相加平均である。

「いざなぎ景気」の年平均成長率を相加平均で求め、検算してみると、おかしなことになる。もし年平均成長率が14.3%だとしたら、4年間での成長は前年比で毎年14.3%伸びるので、(1+0.143)の4乗になる。

だが、

1.143の4乗=1.143×1.143×1.143×1.143=1.70…

であり、4年間ですでに70%を超えてしまうのである。これは「4年9カ月で67.8%成長した」という事実と矛盾する。

一方、正答の「11.5%」はどのようにして導かれるのか。

まず、GDP成長率は、1年を1〜3月、4〜6月、7〜9月、10〜12月の4つに分けた各四半期データを基に算出されている。

仮に第1四半期で1%、第2四半期で2%、第3四半期で5%、第4四半期で3%成長したとしよう。その場合、その年の成長率を、

1+2+5+3=11(%)

だと考えることは誤りだ。

そうではなく、

1.01×1.02×1.05×1.03=1.1141613

なので、(1.114−1)×100と計算して、約11.4%成長したと考えるのが正しいのである。

四半期、すなわち3カ月ごとの単位で考えると、「いざなぎ景気」の4年9カ月は3カ月が、

4×4+3=19(個)

あることになる。

いま、19乗して1.678(67.8%成長)になる数値を求めると、

1.0276の19乗≒1.677

なので、4年9カ月で67.8%成長した「いざなぎ景気」の3カ月単位の平均成長率は約2.76%ということになる。

3カ月単位を1年単位にすると、

1.0276の4乗=1.115…

となる。「いざなぎ景気」の年平均成長率は11.5%が正しい答えになるのである。

私は2006年11月当時、年平均成長率について誤った報道をしたマスコミ数社に上記の説明を丁寧に伝えた。

しかしその後、「いざなぎ景気の年平均成長率14.3%は誤りで、正しくは11.5%」という訂正の記事やコメントを見聞きすることはなかった。

知っていると便利な「相乗平均」

上の例で誤答となったほうの考え方は、数学の世界では相加平均と呼ばれると述べたが、正答となったほうは相乗平均という考え方である。簡単な例を挙げるので、読者の皆さんにも相乗平均をぜひ理解していただきたい。

ある鳥の生息数を調査したところ、最初の1年間で3/2倍になり、次の1年間では8/3倍になった。それに関して、「3/2と8/3を足して2で割って、2年間を平均すると1年間で25/12倍になっている」と考えてよいだろうか。

実は、「2年間を平均してみると、1年間で〇倍になっている」という表現は、「2年目の結果を最初と比べてみると、毎年〇倍になっていく状態が2年間続いた結果と同じ」という意味である。

言い換えれば、期間全体の増え方を、毎年〇倍になっていく状態にならしているのである。

いまの鳥の例では、

3/2×8/3=24/6=4

であり、4=2×2なので、「2年間を平均してみると、1年間に2倍になっている」と考えるべきなのである。

なお、4=2×2というのは、「鳥の数が年平均で〇倍のペースで増えれば、2年間で(1から)4になる」という考え方を表したもので、「〇倍」の答えが「2」になるということである。4÷2=2と計算しているわけではない。

このような考え方が相乗平均である。上記の計算で気づいた読者もいるかもしれないが、この例では2個のデータ(3/2と8/3)を掛け合わせて2乗根(ルート2)を取ることで「2倍」という答えを算出している。

相乗平均はn個のデータを掛け合わせて、そのn乗根を取った数値なのである。

データが3個の例を挙げよう。5/4と6/5と9/4の相乗平均はいくつになるだろうか。

まずデータを掛け合わせる。

5/4×6/5×9/4=270/80=27/8

27/8の3乗根を求めるわけだから、

27/8=3/2×3/2×3/2

答えは3/2となる。

数学的な考え方を使える人とは

読者の皆さんは「こんなこと知って何になる?」と感じただろうか。そんなことはない、ビジネスパーソンはプロジェクトの売り上げやイベントの集客など、いろいろな項目で期間平均伸び率を計算する機会があるのではないかと思う。

数学嫌いの人は「数学は役に立たない」とよく言う。しかし、こんなふうにビジネスや生活ですぐ使えるケースも少なくない。

さらに、例えばここで挙げた例でも「相加平均と相乗平均のどちらを使うのが適切か」と考えること自体が、思考力を高めるレッスンになるのである。

筆者は東洋経済オンラインの記事で「定理や解答を導く論理を飛ばして、試験対策としてやり方の暗記だけをさせる『暗記数学』はダメだ」とたびたび批判してきた。

中学・高校生はもちろん、社会人で学び直す人も「暗記数学」ではなく、たとえ時間がかかっても数学の論理的な考え方を学んでほしい。そのようにしてこそ、社会に出てからも数学的な考え方を適切に使えるようになるのである。