再び緊急事態宣言が発出された新型コロナウイルスの影響。収束後も人の移動は縮小すると予想されるため、バス事業者は長期的な変化を見定め、今後を描く必要に迫られています。具体的に、どのような未来が考えられるのでしょうか。

再びの緊急事態宣言 しかし見えてきたウイルスとの付き合い方

 2021年1月7日、新型コロナウイルス感染症の再拡大に伴い、一部地域に再び「緊急事態宣言」が出されました。バス業界にも大きな影響が懸念されます。

 前回の「緊急事態」さなかの20年5月7日、筆者(成定竜一・高速バスマーケティング研究所代表)は、「『新型コロナウイルス感染症』危機以降のバス事業ロードマップ」を全国のバス事業者に向けて公表しました。今後の展開を、「緊急事態」「緊急事態は解除されたものの、感染が続く状態」「危機収束後」の3つに分け、事業分野(路線バス/高速バス/貸切バス)別に、具体的な対応策を列記したものです。

 当時は、手探りしながら展開を予測しました。しかし、半年が経過して、新たにわかってきたこともあります。ここであらためて今後の展開について整理してみます。


バス事業は社会の長期的な変化への対応に迫られている。写真はイメージ(画像:写真AC)。

 新たに判明したことの一つ目は、ウイルスの「急所」です。12月19日に開催された「日本モビリティ・マネジメント会議」での、大毛宏喜・広島大学大学院医学系科学研究科教授の講演(「YouTube」で視聴可能)によると、感染のほとんどが唾液の飛沫によるもので、会食時のリスクが大きい一方、日常生活では、マスクをしていれば感染をほとんど防げるそうです。

 もう一つ、ワクチン開発の進捗により、当初は雲をつかむようだった「どうなったら収束するのか」という点も、「イメージ」だけは見えてきたように感じます。以下の条件が揃うと「収束」と呼べるのではないでしょうか。

1:ワクチンの効果や供給体制が安定
2:新規陽性確認者、死者数などの指標が低下
3:政府による何らかの宣言

 このうち2を考慮すると、春、夏といった季節の可能性が高いと考えられるものの、その正確な時期はまだわかりません。

 ビジネス上の想定としては、最も楽観的な想定で今年の夏。逆に悲観的想定は、ワクチンに重篤な副反応が出て供給が止まるなどした場合で、4〜5年、自粛と緩和をダラダラ繰り返すケースと考えられます。なお、上記は医学や疫学の知見による予測ではなく、一般的な情報を整理し、各社の事業計画立案の前提条件として、筆者が今後を想定したものにすぎません。

収束しても需要は戻るか 「シナリオ」の準備を

「コロナ禍」には、地震や豪雨など過去の大災害と異なる点があります。東日本大震災における原発事故の影響を除くと、ふつう、災害そのものは比較的短時間に終息し、その後には、いったん急速に落ち込んだ地域経済が徐々に回復するプロセスが見られます。しかし、「新型コロナ」の問題は、1年になろうという長期間、継続的に被害が出続けています。

 そのうえ、危機は全世界同時に発生しました。従来の災害で見られたように「特定の地域の経済が、ガクッと落ち込み、ゆっくり回復」ではなく、日本全体、世界全体で落ち込んだ状態がしばらく続き、収束後には、以前とは少し異なる社会が到来すると考えられます。

 では、収束後にバスの需要がどこまで回復するかというと、これは、市場によって異なるでしょう。

 たとえば通学需要を見ると、既に高校生以下の需要は「コロナ前」の水準にほぼ回復している一方、大学生では、収束後も一部でリモート講義が残ると考えられます。通勤需要や、高速バスにおける出張、コンサート参加などの需要も、以前の水準まで回復しない恐れがあります。事業者としては、回復度合いが95%なのか、70%なのかで、対応はまったく異なります。

 したがって、今、バス事業者に求められていることは、これらの想定を織り込んだ今後のロードマップ(行程表)を準備しておくことです。むろん、想定外のことも多く起こるでしょうが、事前に多くの事態を想定し、対応策の「引き出し」を準備しておけば、そのようなイレギュラーにも対応しやすくなるはずです。

 その際には、「収束時期の想定」を「楽観的/中間的/悲観的」の3パターン、また「収束後の需要回復度合い」を同じく3パターンとして、「3×3=9パターン」をベースに考えることが重要です。


コロナ収束後のバス事業、メイン・シナリオとサブ・シナリオの例(2020年12月「公共交通マーケティング研究会」資料より。成定竜一作成)。

 9パターンのうち、筆者の考えとしては、まず「バス事業者の体力が持つ間にコロナ禍が収束し、かつ、自社の市場で需要がかなり回復した場合」を、「メイン・シナリオ」とします。高速バスでいえば、需要予測に応じ柔軟に運賃を変動させる「ダイナミック・プライシング」導入など、以前からの取り組みを強化することで乗り越えられるでしょう。

 しかし、うまく進まなかった場合の「サブ・シナリオ」にも備える必要があります。

赤字路線の「撤退ライン」も決めておく必要

 サブ・シナリオの一つ目が、「緊急事態が拡大、長期化する」ケースです。大規模運休の長期化に備え、従業員の出向先候補をあらかじめ調整しておく、といった準備が求められます。営業所でクラスターが発生し、多数の乗務員が出勤できなくなった場合に備え、他の営業所から応援に向かえる体制の準備も有効でしょう。

 二つ目が、ワクチン供給がうまくいかないなどして、事態が長期化するケースです。収束後の需要回復を期待して、赤字でも運行を継続する路線が多くなりますが、赤字を無限に垂れ流すわけにもいきません。自社の経営体力や路線維持の優先順位を考慮しながら、累積の赤字額や乗車人員などの指標によって「これ以上悪化すると、いったん路線を運行休止にする」といった、撤退ラインを決めておくことが重要でしょう。

 サブ・シナリオの三つ目は、国全体では正常に戻ったのに、バスの需要、または自社の市場だけが回復しない、というケースです。リモートワークの定着で、通勤通学や出張などの需要が減少する、あるいは日本の経済全体が不順となり移動が減る、といった背景が考えられます。


シナリオ作りは「事業別×分野・市場別×フェーズ別」で考えられる影響を書き記していくことが重要(2020年12月「公共交通マーケティング研究会」資料より。成定竜一作成)。

 筆者が特に重要だと考えるのはこの三つ目です。このような日本社会の新しい姿には、次に大きな変化がこの国に押し寄せるまでの長い期間、向き合っていかないといけないからです。

 まとめると、「収束まで/早期に収束/緊急事態が拡大/危機が長期化/収束したが自社の市場は需要が回復しない」という想定ごとに、加えて、運行計画やその情報提供、需要喚起、人事・労務といった領域ごとにマトリクスを作り、個々に考えうる対応策を列記すれば、今後のロードマップ(行程表)が出来上がります。

最も避けるべき「悲劇のシナリオ」は

 12月24日にオンライン開催された「公共交通マーケティング研究会」第7回例会で、おでかけカンパニーの福本雅之代表は「路線バス事業者は、ピーク(朝のラッシュ)に合わせて輸送力を保有しており、昼間はもともと輸送力が過剰だ。通勤通学需要だけが回復し、昼間の需要が回復しなかった場合、非効率さが増す『悲劇のシナリオ』になる」と指摘しました。

 逆にいえば、在宅勤務や時差通勤の定着で通勤ラッシュを分散させることができれば、運賃収入(売上)はコロナ前より減少したとしても、むしろ事業の効率化が進むことも考えられます。ただ、路線バスにおける「時間帯別運賃」、特にピーク時の値上げや、それによる時差通勤の定着は、バス事業者の工夫だけでは実現しません。制度改正など政策面の支援や、企業や労働者ら社会全体の理解が求められます。

 高速バスにおいても、ウェブ会議の普及や、自宅で楽しめる娯楽の多様化で、出張やイベント参加のための移動が減るリスクがあります。市場の縮小により、鉄道などとの競合が激化し、客単価が下落することで収益性が低下する恐れもあります。


日常的な路線バスの需要は、2020年秋の段階でコロナ前の7〜8割まで回復していた(中島洋平撮影)。

 もっとも、「通信環境の向上により、人の移動が減る」という考えはずいぶん前からありました。しかし、「インターネット元年」と呼ばれる1995(平成7)年と比べ、「コロナ前」時点で高速バスの輸送人員は2倍超に、東海道新幹線や国内線航空も2割以上増加していました。「失われた30年」と呼ばれる経済環境だったにもかかわらず、人の移動はむしろ大幅に増加したのです。

 今回の新型コロナが、日本人の生活様式に大きく影響を与え、収束後も移動の需要は低いレベルに留まるのか、それともワクチンや治療薬が安定供給されるようになれば人は再び活発に移動するのか、今の時点では予測がつきません。だからこそ、安易に予断を持つことなく、今後のロードマップ(行程表)を準備しておくことが重要といえるでしょう。