仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは、『ダイヤモンド 欲望の世界史』(日経プレミアシリーズ)だ--。

■なぜ「ダイヤモンド」は奢侈品の代表格となったのか

『ダイヤモンド 欲望の世界史』玉木俊明著、日本経済新聞出版(日経プレミアシリーズ)、2020/09 224p 850円(税別)

私たちの消費行動は、生活必需品のほかに、さまざまな奢侈品(贅沢品)にも向けられる。奢侈品は「なくても生きていけるもの」ではあるが、消費者の満足感、優越感を満たすとともに、物品の生産・流通を盛んにし、経済を回すことにつながる。

奢侈品の代表格といえるのが宝石、とりわけ「ダイヤモンド」である。

本書では、古代から現在に至るまでのダイヤモンドをめぐる世界の歴史を俯瞰し、人々の優越感への欲望のために、さまざまなプレーヤーがどんな策を講じてきたのかを明らかにする。

とくに19世紀末期から1990年頃までほぼ市場を独占してきたダイヤモンドの生産・流通会社「デビアス」に多くのページを割き、その栄枯盛衰を描く。デビアスは、中央集権的にダイヤモンドの供給量をコントロールし「ダイヤモンドは高価である」というイメージを維持することで繁栄してきた。

著者は、京都産業大学経済学部教授で博士(文学)。主な著書に『近代ヨーロッパの誕生』『海洋帝国興隆史』(いずれも講談社)、『逆転の世界史』(日本経済新聞出版)などがある。

目次
序.人々はなぜこの炭素物質に魅了されるのか
1.人類とダイヤモンドの出合い――古代から中世
2.大航海時代とダイヤモンド
3.帝国主義時代へ
4.グローバリゼーション時代のダイヤモンド
終.変貌するダイヤモンド取引

■主な産出地はインド、ブラジル、南アフリカと移り変わった

ダイヤモンドという宝石は、それ自体を使用することはできない。ダイヤモンドは、それを見てうっとりするか、他の人に見せびらかすことが最大の効用なのである。人々は、他の人よりも少しでも高価なダイヤモンドを購入することで、自分が他の人よりも贅沢をしているという優越感をもつ。

ダイヤモンドは、地表から120キロメートル以上深いところで生成される。揮発成分が多い特殊なマグマが、地表まで一気に噴出してきたものが、われわれが目にするダイヤモンドである。

(地表からマグマまでには)地下深くにまで行き渡るパイプ状の火道がある。ダイヤモンド鉱山では、このパイプを掘ってダイヤモンドを獲得する。

ダイヤモンドは18世紀にブラジルに鉱山が発見されるまで、もっぱらインドでしか産出されていなかった。

近世のインドで採掘されたダイヤモンドは、中東をはじめとするユーラシア大陸の商業で活躍したアルメニア人、セファルディム(イベリア半島を追放されたユダヤ人)など、国境を超えた国際貿易商人のネットワークを通じてヨーロッパに持ち込まれた。

18世紀にブラジルでダイヤモンドが発見されると、ブラジルでの採掘はポルトガル王室が独占することになった。そして、世界のダイヤモンド市場は、インドとブラジルによる競争の時代を迎えた。

その後、1866年に、南アフリカでダイヤモンドが発見された。その22年後、イギリス人の帝国主義者セシル・ローズがデビアス合同鉱山株式会社を設立。デビアスは、1900年には、ダイヤモンド原石の世界生産の90パーセントを支配していたとさえいわれる。

■供給量をコントロールすることで価格を維持したデビアス

セシル・ローズは、鉱山をコントロールできる資本力を蓄えた会社だけが生き残るだろうと直感していた。ダイヤモンドを販売する会社が多数あると、価格競争でダイヤモンドの価格は大きく低下し、会社の利益は大きく減少する。それを回避するためには独占が必要となると考えたのだ。

ローズの主要な目的に、未加工ダイヤモンドの供給をコントロールし、産出管理を中央集権化することで、市場経済に適合したダイヤモンドを供給することがあった。

未加工ダイヤモンドの供給を独占すれば、供給量を調節でき、需要が変動しても、ダイヤモンド価格を維持できると考えていたのである。単純にいうなら、供給量が多くなりすぎてダイヤモンドの価格が低下したら、供給量を減らすということである。ダイヤモンドは価格がある程度高いからこそ購入される商品だということを、ローズは熟知していた。

写真=iStock.com/JohnCarnemolla
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JohnCarnemolla

未加工ダイヤモンドの需要がピークに達したのは、1906年後半のことであった。南アフリカのダイヤモンド産出量は、530万8000カラットに達した。その一方で、デビアスが取り扱うダイヤモンドは、世界の産出額の40パーセントしか占めなくなった。これは、セシル・ローズが1902年に亡くなったため、デビアスがダイヤモンド採掘権の購入を怠ったためかもしれない。

当時のデビアス以外の重要なダイヤモンドビジネスのプレーヤーは、プレミア(トランスヴァール)鉱山会社、ドイツ南アフリカ会社であった。1914年3月に開催されたダイヤモンド生産会社の会議において互いに協力することが決められ、会社ごとの生産枠が決定された。1915年の生産額をみると、デビアス鉱山会社が48.5パーセントを占めている。

これが、最初のダイヤモンドのカルテル協定となった。カルテルを形成して未加工ダイヤモンド市場を集団として独占したため、産出を需要に応じて変化させることができた。

なお、1890年代においてデビアスは、デビアスグループが出荷する未加工ダイヤモンドの販売権を、いくつかのダイヤモンド貿易会社に委ねた。それが、デビアスグループのダイヤモンドシンジケート(※共同販売を行う企業連合)のはじまりとなった。

世界のダイヤモンド市場の販売経路を一つに絞るという方針は、ローズが考案したものであり、産出管理とともに、デビアスのもっとも重要なダイヤモンド戦略の一つである。

■転売不可、顧客に詳細な情報を提供させるなどのルールを定める

20世紀後半になると、ダイヤモンドの産出地も産出量も急激に増えた。アフリカにおいては南アフリカの産出量はあまり増えず、コンゴ共和国/ザンビア、コンゴ民主共和国、ボツワナの産出量が増える。さらに、ロシア(ソヴィエト連邦=ソ連)、カナダの産出量が増加し、世界の多くの地域で、ダイヤモンドが産出するようになった。

産出量が急速に増加したため、デビアスの価格管理は少しずつ困難になった。市場に流通するダイヤモンドが多ければ多いほど、1社が価格をコントロールするのが難しくなるのは当然のことである。

写真=iStock.com/solidcolours
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/solidcolours

だが、デビアスは、価格コントロールのルールを巧みに利用することで、ダイヤモンド価格を低下させなかった。ルールを決めたのは、デビアス貿易会社の重役のモンティ・チャールズである。彼が、おおむね戦後から1970年代まで、世界のダイヤモンド価格を決定していたといって過言ではない。

(そのルールの一つとして)デビアスの顧客(加工業者や中間商人、ブローカーなど)は、モンティ・チャールズの特別の許可がない限り、ダイヤモンドの転売は許可されない。転売されることによって、デビアスがコントロールできないダイヤモンドが増えてしまうことを、モンティ・チャールズは恐れたのであろう。

また、顧客はデビアスの質問に対して詳細な解答を準備しておかなければならなかった。ノーカットダイヤモンドの在庫数、カットしている最中のダイヤモンドの数、以前に販売したダイヤモンドの数、自分自身の事業に関するそれ以外に重要な事柄を詳細に述べなければならなかったのである。これは、いうまでもなく、ダイヤモンドのすべての供給をデビアスが独占したいという意思の表れである。

さらにデビアスは、顧客に対し、小売価格を低下させるような卸売商人や小売の宝石商人への販売を禁じたのである。価格破壊につながるとデビアスがみなすような行為を顧客がしたなら、その顧客へのダイヤモンド供給をとりやめた。

■ロシアの造反、反トラスト法違反の訴訟などでシェアを失った

デビアスは、1990年頃まではなんとか価格カルテルを維持できたが、それからは、維持に失敗した。

ロシアが社会主義国(ソ連)であるあいだは、デビアスはシベリアの鉱山からダイヤモンドを輸入していた。だが、1991年にソ連が崩壊すると、新生ロシアは、ダイヤモンドをデビアス以外に販売するようになった。2009年になると、ロシアの(ダイヤモンド鉱山)会社であるアルロサは、デビアスとの関係を絶った。

1994年には、反トラスト法(※カルテルなどの独占活動を規制する法律)違反の疑いで、米国がデビアスを告訴した。この訴訟は10年間争われ、デビアスは敗訴した。さらにEUも同様な訴訟をした。

20世紀末には、デビアスのシェアは、最盛期の90パーセントから60パーセントにまで低下した。それでもデビアスはダイヤモンド業界の大巨人であるが、かつてのような圧倒的な力は失われている。

写真=iStock.com/ryasick
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デビアスが考えた新しい経営戦略として、合成ダイヤモンドを宝石として使用することがあげられる。2018年、ラスベガスで開かれたJCKショーで、デビアスは合成ダイヤモンドのブランド“LIGHT BOX JEWELRY”を発表した。

ダイヤモンドは、地下深くで生成されるが、それと同じ条件が用意できれば、理論上、合成ダイヤモンドの製造は可能になる。1950年代にゼネラル・エレクトリック(GE)が成功した。

合成ダイヤモンドは、基本的に、工業用ダイヤモンドとして使われる。しかし、生産コストの低下と宝石としてのダイヤモンドの需要低下、さらには品質の向上により、一般の消費者が宝石として購入するようになってきた。デビアスは、その変化に対応したと考えられる。

もはやデビアスの戦略は、価格カルテルを形成し、ダイヤモンドの価格を自ら決定するというシステムから、価格メカニズムにもとづき市場での競争に勝利することを重視する方向に変化するほかないのだ。

■コメント by SERENDIP

本書を読む限り、ダイヤモンドが高価である第一の理由は、デビアスが、現代では多くの国で違法になるような競争排除の手法を使って価格をコントロールしてきたことにあるのだろう。しかしながら、宝石として加工されたダイヤモンドが、今も変わらず人々を魅了する美しい輝きを放っているのは間違いない。また、専門の職人による精緻な加工技術や、さまざまな装飾への使用が、人類に「宝石文化」をもたらしたのも確かだ。ダイヤモンドの価値は、こうしたあらゆる要素が組み合わさって出来上がったといえるのかもしれない。

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