9月にベイルートの大学のイベントに登壇したゴーン被告(写真:Ammar Abd Rabbo /ABACAPRESS.COM)

ちょうど1年前、日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告は楽器箱に隠れ、日本からレバノンに逃亡し世界を驚かせた。この逃亡以降、ゴーン被告の事案に関する日本国内の刑事手続きはすべて凍結している。

ゴーン被告の逃亡時、日本の検察は同被告が裏金と不正報酬により日産自動車の資金を騙し取った容疑で起訴していた。ゴーン被告のイメージは、日本、アメリカ、そしてフランスの法律の下で実際に罪を犯した可能性のある非常に貪欲な人物、となった。

検察、ゴーンとも立ち止まったまま

一方、ゴーン被告は自身の不正行為はおろか判断ミスさえも否定。検察による告訴に対し、日本の司法制度が「人質司法」を行っていると非難した。つまり、被疑者を組織的に監禁し、保釈と引き換えに、誠実な自白であれ虚偽の自白であれ、自白を強要していると主張したのだ。

海外逃亡から1年、ゴーン被告と検察は双方それぞれの主張が真実であることを確立しようと努力しているが、本件は実質的に手つかずの状態のままである。

日本での裁判を待っていた際、ゴーン被告は検察に勾留される恐怖により自身を弁護できないと主張していた。そして、保釈されれば同被告に対する告発は虚偽であり、告発の裏には経済産業省と日本政府の政治的陰謀があったことを証明すると誓っていた。

日本から逃亡してレバノン・ベイルートに戻ってきてから、1年その「誓い」を果たす機会があった。例えばゴーン被告は2020年1月8日に行った劇的な記者会見や、それ以降に行った複数のインタビューの中で、検察による告発に反論することができたはずだ。

しかし、ゴーン被告は告発内容に対し直接的かつ説得力を持って応じたことはなかった。過去12カ月の間にゴーン被告が受けてきたインタビューはほぼ、事件の細かい詳細を知らない外国人ジャーナリストによるインタビューである。そのため、彼を拘置所に送り込んだ原因である検察側の容疑を除き、ゴーン被告はすべての話題について話してきた(日産の運命、日本の司法制度の不公平さ、フランスのエリートらによる裏切り、新妻キャロルとの関係など)。

ゴーン被告はまた、11月中旬にフランス語で出版された480ページに及ぶ自身の著書『The time of the truth(真実の時)』で自身の主張を繰り広げることもできた。著書の中で、同被告は彼に対し敵意を持つと主張する人々(西川廣人氏やマスコミ)を激しく攻撃している。

しかし、ゴーン被告が自身の容疑に対し具体的に答えるため著書に割いた割合は30ページ程度、全体の6%程度であった。また、ゴーン被告は彼が主張する日本政府によって組織された「陰謀」を裏付ける証拠を何も提示していない。

裁判をしても「何も差し押さえられない」

日本の刑事司法制度には「欠席裁判」の制度がないため、ゴーン被告の公判は日本で開かれることはない。しかし、ゴーン被告の右腕であるグレッグ・ケリー氏と日産との間で現在日本で行われている裁判では、ゴーン被告に対し退職後さまざまな形で役員報酬の半分が後払いされる非開示の役員報酬制度を作ろうとしていたことが示された。ゴーン被告元側近で告発者であるハリ・ナダ氏と日産の前社長兼CEOの西川氏の証言は、ゴーン被告の行動を異なる観点から見直すことになるだろう。

さらにゴーン被告の「長年に渡る不祥事と不正行為」により発生した損害を取り戻すためとして、日産が100億円の支払いをゴーン被告に求める別の訴訟が11月13日に横浜地裁で始まった。これは民事訴訟となる。今回の訴訟に詳しい関係者によると、この裁判は2〜3年続く見通しだという。

しかし、この裁判で日産側が勝ったとしても、ゴーン被告は日本で差し押さえ可能な資産を保有していないため、おそらく何も差し押さえられないだろうという意味で、日産の法務部ではすでに今回の訴訟を絶望的と見ているようだ。しかし、日産はそれでも訴訟を続ける。「株主に対し日産の努力を示さなければ、株主は怒るだろう」と本件について説明を受けた関係者は話す。

ゴーン被告の運命に関するもう1つのエピソードは、逃亡を助けたとされるマイケル・テイラー氏とピーター・テイラー氏の2人が日本へ身柄が引き渡される可能性が非常に高いことから始まる。

親子である2人はゴーン被告の海外逃亡を組織した3人の準軍事組織の幹部のうちの2人である。もしテイラー親子の身柄が日本に引き渡された場合、2人はゴーン被告のように東京の小菅拘置所に送られ、ゴーン被告がそうであったはずのように、最終的に刑務所に送られることになる裁判を受けることになるだろう。言い換えれば、2人はゴーン被告の運命を背負うことになる。

フランス刑事当局も捜査を進めているが、フランス当局は中でも特にゴーン被告がルノーに対しオマーンの販売代理店に虚偽の業務に対する支払いとして約1000万ドルを不正に送金させたという疑いを持っている。フランスの検察官らは2021年1月18日にベイルートにいるゴーン被告を訪問する予定で、ゴーン被告は主任弁護士のカルロス・アブ・ジャウデ氏と共に検察官らの質問に答える準備をしているという。

さらに12月初旬には、フランスの新聞『リベラシオン』は、フランスでの納税を逃れるためオランダに偽の税法上の居住地を設けた疑いにより、フランス税務当局が、ゴーン被告が所有する資産約1300万ユーロを押収したと明らかにした。

これまでのところ、ゴーン被告は犯罪者としての判決を受けてはいない。しかし、金への執着が非常に強く、あらゆる手段を使って金を手に入れようとする人物というイメージがこの1年でより強まった。

日本の司法制度に対する批判も

一方で、日本の司法制度に関するゴーン被告の主張もまた、正当化されている。ゴーン被告は逮捕されるや否や、日本の司法制度における重大な欠陥、特に日本の司法による恣意的拘禁を糾弾した。同被告は、国内外の研究者や弁護士らによる数十年に及ぶ日本の司法制度に対する否定的なコメントだけでなく、彼自身の経験から主張することができた。

国連の恣意的拘禁に関する作業部会はこのほど、刑事拘禁の分野における日本の人権侵害を次のように列挙した。

「警察の拘置所を刑務所代わりにし長時間の勾留を続けていること(代用監獄)、警察の取り調べに弁護士の立ち合いを拒否していること、起訴前の保釈制度がないこと、証拠隠滅の危険性が不明であるにもかかわらず、証拠隠滅を理由として勾留を容認していること、外部との接触禁止を裁判所が容認していること、施設内での治療が行われていないこと、社会活動が不可能となるような残酷な保釈条件であること」など。特に外国人については、現在時間制限なしで勾留することができる。

ゴーン被告自身は、ベイルートにあるアパートと、自身が日産代表取締役だった時代に会社が購入した家の両方で時間を過ごしている。ドキュメンタリー番組とテレビ番組制作のため著書の権利を売却しており、アメリカの映像配信大手ネットフリックスは、ドキュメンタリー作品を独自製作中だ。

ベイルートでレストランに行ったり、スキーに行ったりと自由な生活を送っているゴーン被告は、ゴーン被告はレバノンの大統領を含むキリスト教コミュニティに守られ、身柄引渡しを免れている。しかし、四国の大きさの半分ほどしかなく、情勢も不安定なレバノンで、身動きが取れなくなっているのもまた事実だ。

ブルームバーグの推計によると、弁護士費用や個人的経費によって、ゴーン被告の資産は1億2000万ドルから7000万ドルに縮小している。逮捕されて日本に送り返されるのではないかという恐怖もいまだ抱えている。日本の司法から逃れたとはいえ、自身が描いていた優雅な引退生活とは正反対の生活を送っている66歳のゴーン被告の未来は明るいものではない。