中川大志さん(2019年5月、時事)、清原果耶さん

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 アニメ映画「ジョゼと虎と魚たち」が12月25日に公開されました。原作は田辺聖子さんの同名小説。2003年には、妻夫木聡さんと池脇千鶴さんの主演で実写映画にもなっています。今回、主役2人の声を担当したのは中川大志さんと清原果耶さん。両者とも役者としての実績は十分ですが、長編アニメ映画の主演は初めてです。

 しかし、本職の声優からもその演技は高く評価されています。主役2人と三角関係を展開する女性を演じた宮本侑芽さんは「中川さんと清原さんのお芝居がもうめちゃくちゃ繊細ですごくナチュラルなんですけど、とても人間っぽくて温かいような作品に仕上げてくれてるなあって、すごい思いますね」(「アニゲー☆イレブン!」BS11)と絶賛しました。

 また、「あさイチ」(NHK総合)では、東京国際映画祭でのジャパンプレミアムで一足先に見たという視聴者の「素晴らしかったです」という感想が紹介されました。

スタジオジブリの成功きっかけに

 さて、このように役者メインの人がアニメ映画の声優を務めるケースは最近、増加しています。きっかけはスタジオジブリの試みが成功したことでしょう。「風の谷のナウシカ」(1983年)で2番手に松田洋治さんを起用したのを皮切りに、木村拓哉さんを主人公に据えた「ハウルの動く城」(2004年)など数々の作品で主役や脇役に声優以外の人を使い、成果を上げました。

 中には「もののけ姫」(1997年)のように、主要キャストがほぼ役者メインの人たちだった作品も。また、「耳をすませば」(1995年)では当時14歳の高橋一生さんがヒロインの相手役を演じ注目されました。

 その後、細田守さんや新海誠さんといった監督もこの方法を取り入れていきます。例えば、前者の「バケモノの子」(2015年)は宮崎あおいさんと染谷将太さん、後者の「君の名は。」(2016年)は神木隆之介さんと上白石萌音さんがそれぞれメインの声を務めました。

 この方法の利点としては話題性のアップはもとより、テレビアニメとの差別化をしやすいということが挙げられます。声優スタイルではない演技を役者がすることで、一味違うテイストが醸し出されるのです。その代わり、アニメファンからは声優だけで固めてくれた方がいいのにという不満も聞かれたりします。

 とまあ、好みはいろいろでしょうが、役者にとって、アニメ映画の仕事はプラスになることが多いようです。昨年、新海監督の「天気の子」でヒロインを演じた森七菜さんも、パンフレットの中でそんな話をしています。

 森さんは自分の声が女の子としては低い方なので、元々好きではなかったそうですが、意識して声を変えたりして試行錯誤するうち、ヒロインの声が「自分の声として出るようになってきて」「自分の声も好きになりました」とのこと。さらに「声の演技を経験させていただいたことで発声や表現の幅も広がって」と収穫を口にしています。この感覚は大なり小なり、役者がアニメ映画の仕事をしたときに抱くものでしょう。

 そしてもう一つ、この流れは長年、アニメと実写の間に横たわる難題の解消にもつながるかもしれません。その難題とは、小説や漫画、アニメが実写化される際の根強い抵抗感です。キャラやストーリーを巡り、せっかくのイメージが崩れるからと実写化に反発する動きは、オリジナルや先行作品の人気が高いほど大きくなります。

 もちろん、やみくもに実写化すればいいってものでもありませんが、小説や漫画、アニメの世界とドラマや実写映画の世界とがクロスオーバーする面白さというものもあります。3次元の作品で活躍する役者が2次元の作品に関わることは、2つの世界の垣根を低くする効果をもたらしたりもするのです。

歓迎すべき、2次元と3次元のクロスオーバー

 そういえば、先日、「ネプリーグ」(フジテレビ系)で「もしも実写版『鬼滅の刃』で竈門禰豆子をキャスティングするなら誰?」というアンケートのベスト5が紹介されていました。その結果は「1位 橋本環奈、2位 浜辺美波、3位 今田美桜、4位 永野芽郁、5位 広瀬すず」というもの。このうち、1位の橋本さんや5位の広瀬さんは2次元キャラをも力技で自分のものにしてしまうタイプです。

 これに対し、2位の浜辺さんはキャラに自分をナチュラルになじませようとしている印象。その理由が垣間見える発言を最近見つけました。

 浜辺さんは現在公開中の映画「約束のネバーランド」に主演する際、実写化という話自体に驚いたそうです。というのも「元々、原作漫画を愛していて集めていた作品」だったため、「できるのかという不安が、他の作品の実写化よりもありました」(オリコンニュース)と語っています。

 かと思えば、昨年、ヒロインの声を演じた映画「HELLO WORLD」のパンフレットの中でアニメの演技の難しさに言及。「マイクに向かってしゃべる」ことや「ここから何秒後にせりふが始まると決められている」ことに戸惑ったといいます。このせいで焦り、「最初の一音が薄くなってしまったりした」と明かしています。

 こうした原作へのリスペクトだったり、演技の違いについての認識だったりというものが実写化に臨む際のスタンスにも表れているのでしょう。そこが、浜辺さんなら禰豆子もアリかなという信頼感を生むのかもしれません。

 そもそも、演技という意味においては役者も声優も同じです。吉沢亮さんも昨年の映画「空の青さを知る人よ」のパンフレットの中でそんな指摘をしています。

 彼はこの作品で主人公の声を担当するにあたり、いろいろなアニメを見て予習したとか。その結果、“うまい人”は「ただキャラと声が合っているだけじゃなく、表情とのマッチングも含めて、せりふに乗った感情がすごく伝わってくる」ことに気付いたそうです。そういうところは役者の演技と変わらないのだから、「声を作り込んだりするより、まずは『芝居』じゃなければダメ」というのが到達した結論だったといいます。

 そんなわけで、役者やスタッフが真面目に取り組むのであれば、2次元・3次元のクロスオーバーは大歓迎です。今はもっぱら、役者が声優もやるパターンが目立ちますが、その逆だって構わないわけですから。

 そういえば、松本まりかさんのように若くして壁にぶつかった後、声優の仕事で個性的な声の生かし方などを学び、女優としてブレークした人もいます。また、役者と声優とを自在に行き来するような人たちも。ベテランでは、アンパンマンの声から三谷幸喜さんの作品まで幅広くこなす戸田恵子さんがそうです。若手なら福原遙さん。わずか10歳にして、子ども向け料理番組のアニメパートと実写パートの両方を演じた才能は今も健在です。

 今年はコロナ禍により、エンタメ業界もさまざまな苦労を強いられました。が、その中で新たな試みも生まれ、楽しませてくれました。真摯(しんし)な葛藤はジャンルの成長や進化につながります。これからのエンタメ業界をますます面白くするためにも「ジョゼと虎と魚たち」のような試みには大いに期待したいものです。