前回(→こちら)、女性向けの妊活ビジネスに注意を呼びかけましたが、男性不妊方面でも、最近はトンデモ情報が飛び交っています。認定不妊カウンセラーの笛吹和代さんに、こちらの注意点を聞きました。

まだわからないことが多い男性不妊の原因

女性の不妊治療のめざましい進化と比べると、男性不妊に関しては、まだまだ解明はこれからという段階。わからないことが多すぎることが、トンデモ情報が出回る要因でしょう。

これまでは精子の質に問題がある男性に対して、医師は「生活習慣の改善」を求めることが多く、言ってみればそれが男性にできるメインの治療方法であることも事実です。(無精子症や精索動脈瘤など、原因が特定される病気は除きます)。女性のように定期的にクリニックに通って薬を投与する、検査するといった医療行為が乏しい。男性にとって不妊クリニックに通うことは、いまだ高い壁のようです。そこで手軽に出来る対策として、ついつい科学的根拠のない情報に手が出てしまうのかもしれません。

たとえば、トマトジュース。リコピンがたっぷり入った1本数千円する高価なトマトジュースが精子の改善に効果的……。そんな広告文句を目にしたことはありませんか? 

実はトマトジュースと精子の関係に関してはかなり以前から研究されていますが、有効であると言い切れるデータはまだ出ていないのが現状です。有効かもしれないし、そうでないかもしれない…。結局はバランスよく食べるのが一番という結論に至っているのです。

リコピンはポリフェノール(抗酸化物質)のひとつですが、たしかに適正範囲であれば体にいいものです。もっとも、それはポリフェノール全般に言えること。だからといって、「トマトジュースを毎日飲む=精子の質が改善する」とは残念ながら現段階では言い切れないのです。

トマトのリコピンにしても、シジミの亜鉛にしても、それ自体は体にいいものです。男性だけでなく女性の体にもいいものです。しかしあくまでそれは「食生活にうまく取り入れましょう」というレベルの話であって、それを毎日摂っていれば精子の質が必ずしも改善するわけではありません。こうした当たり前のことが、当事者には見えなくなるのが人間のふしぎです。だからこそ、「男性不妊に××が効く」という宣伝フレーズには注意が必要です。

何よりもそういうものに頼って、不妊検査をなかなか受けなかったり、人工授精や体外受精へのステップアップが遅れたりすることが一番の懸念事項です。

前回お伝えした女性向け妊活ビジネスの男性向けバージョンは、今後も盛り上がってくるでしょう。ますます要注意なのです。

基本は不妊検査とメタボ解消

一方、ここ数年、男性不妊の研究は着々と進んでいます。これまでは精子の不妊検査をしても、精子の数や運動率、形状などの異常しか見分けられませんでした。しかし近年、DNAレベルで検査できるようになってきました。

従来の精子の検査では異常が認められないのに、何度体外受精しても分割が途中でとまって胚盤胞にならない。もしくは胚盤胞にはなるのだが、移植しても着床しない。そこで精子のDNA検査をしてみると損傷が見つかった……という例が見られます。

これまでは精子の質に問題があると、すぐ「顕微授精をしましょう」という流れになりがちでした。しかし何度、顕微授精を行っても受精卵にならない、胚が成長しないということがあります。しかし原因がわからず、けっきょく断念せざるを得ませんでした。

DNA検査によって、顕微授精という高額で高度な医療に頼るだけでなく、精子の質そのものを改善が必要だということが、ようやくわかったのです。やっとスタート地点に付いたような、原点に戻ったような……気がします。

ただし現在のところ、DNAレベルの検査ができるクリニックはまだ少数です。それも首都圏に集まり、地方、特に関西は少ないようです。男性不妊の専門医もとても少なく、日本には70名ぐらいしかいません。

また、DNAに異常が見つかったところで治しようがないのだから調べてもしょうがないという見方をする人もいます。それももっともな話です。検査方法、技術は進化していますが、それとセットであるべき改善策が追いつかないという情況です。

というわけで、男性不妊にできることはたしかに限られています。基本は不妊検査を受けること。異常があれば男性不妊の専門医、それがむずかしければ男性不妊も診ている泌尿器科や不妊クリニックを受診すること。

特にメタボ、もしくはメタボ気味の男性はメタボ解消が重要な妊活になります。メタボと不妊にはある程度、相関関係があることがわかっています。高血圧、高脂血症、高血糖に要注意の人は、食生活、運動、睡眠などの生活習慣を見直していきましょう。コロナ禍においては生活時間、食事が乱れがち……タバコやお酒の量が増える……という人は要注意です! 

そうした生活改善策のひとつにトマトジュースやシジミとか取り入れるのは、ぜんぜんかまいません。ただそれらがメインなのでなく、あくまで栄養バランスの取れた食事、適度な運動などを実行した上で、併行して取り入れることを忘れないでください。

妊活は科学的に。宣伝文句につられないで!

■プロフィール

妊活の賢人 笛吹和代

働く女性の健康と妊活・不妊に関する学びの場「女性の身体塾」を主宰する「Woman Lifestage Support」代表。日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー。臨床検査技師でもある。化粧品メーカーの開発部に勤務中、29歳で結婚。30代で不妊治療を経て出産。治療のために退職した経験から、現在は不妊や妊活に悩む女性のための講座やカウンセリングを行なっている。