渋谷の井の頭通り沿いに開業した韓国発セレクトショップ「ALAND(エーランド)」の店内。アパレルのほか、雑貨やコスメも展開する(写真:アダストリア)

20〜30人の募集枠に対し応募したのは900人。選考を通ったのは、SNS上で数千人や1万人と多数のフォロワーを抱えていたり、ラップなどの特技や強烈な個性を持っていたりする若者たちだ。

求人に出されていた職は、なんとアパレルの販売員だった。

韓国発のセレクトショップ「ALAND(エーランド)」の日本1号店が10月、東京・渋谷の井の頭通り沿いに開業した。韓国人デザイナーらによる独創的なテイストのファッション商材や雑貨を取りそろえ、日本の若者の間でも根強いファンが多い。

「グローバルワーク」などを展開する大手アパレルのアダストリアが本国とパートナー契約を結んで運営する。

エーランドの誘致に携わったアダストリアの北村嘉輝取締役は、1号店の販売員の募集に応募が殺到したことに驚きを隠さない。「まさかここまで応募が来るとは想定外だった。『エーランドがすごく好きなのでここで働きたい』という熱心なファンが多かった」と振り返る。

店内で写真撮影やライブ配信ができる

通常の販売員の選考であればコミュニケーション力や人当たりのよさなどがポイントとなる。しかし、エーランドが特に重視したのは、SNSを活用した発信力だった。


インスタグラムの公式アカウントでは、SNSでの発信に慣れた販売員が画像を投稿。通常のアパレル販売員と比べ、スタイリングや商品のポイントなどが上手く伝わるような撮り方に長けているという

エーランドの店舗では「話しかけないも愛」という独自の方針の下、来店客に販売員が熱心に声掛けする様子はそこまで見られない。一方、多くの販売員はエーランドの公式サイトやインスタグラムなどの個人アカウントを使って、自社の商品や着こなし例を積極的に発信している。

また、販売員と顧客がいつでもSNSに画像を投稿できるよう、店内での写真撮影やライブ配信は自由。SNSを通じて特定の販売員の趣味やファッションスタイルに共感し、その販売員に会うことを目的に来店する顧客も多いようだ。

SNSでの発信に重点を置いたのは、アパレル販売でもデジタルの重要性が増す中、エーランドの主要顧客層である10〜20代への効果的な訴求の仕方を考えた結果だった。

北村取締役は「今はネットで服も買えるので店舗に足を運ぶ意味は薄れつつある。YouTubeやインスタグラムなどを日常的に見ている世代をきちんとつかむには、デジタルでの販売員の発信を通じてリアル(実店舗)とつなげていく必要があると考えた」と語る。

新型コロナウイルスの感染拡大以降、アダストリアの展開する既存ブランドでも店舗への来客は激減したが、自社ECでは「スタッフボード」を経由して商品が買われるケースが急増した。これは各店舗の販売員が個人のスタイリングを投稿するという、アダストリアが2018年から運用しているコンテンツだ。

顧客ニーズを的確に捉えた商品説明や写真の撮影が上手な販売員はフォロワー数も多い傾向にある。こうしたコロナ禍でのデジタル活用の手応えも、エーランドでの新しい販売スタイルの実践を後押しした。

コロナ禍でアパレル各社が採用を縮小する中でも、デジタルに関するスキルを持った人材は業界全体でニーズが高まっている。パーソルキャリアが運営するアパレル・ファッション業界専門の転職支援サービス「クリーデンス」の事業責任者を務める河崎達哉氏は、次のように指摘する。

「SNSの活用に長けていたりインフルエンサー的な要素を持っていたりする、デジタルの販売手法に強みがある人材のニーズは高まっている。具体的な応募要件にSNSの運用を加えるアパレルも増えている」

パーソルキャリアによると、新型コロナの感染が拡大した今年3月以降、アパレル企業の求人数は激減。6月頃に底打ちしたものの、11月時点でも新型コロナの感染拡大前の水準には回復していないという。

職種別にみると、大幅に求人数が減ったのが販売員やパタンナーだ。特に販売員は、深刻な人手不足を背景に売り手市場が続いていたが、コロナ禍で大量閉店や新規出店抑制を決める企業が一気に増えたため状況が一変した。

EC関連の求人は引き合いが強い

求人が底堅い職種もある。コロナ禍で急速に利用が伸びているEC関連は引き合いが強く、サイト運営にかかわるエンジニアなどの人材の求人数は3月以降も唯一堅調に推移する。

ただ、エンジニアやデータサイエンティストなどのIT人材は業界を問わず求人倍率が高く、給与水準が高騰する中で多くのアパレル企業は獲得に四苦八苦している。マーチャンダイザー(商品の企画・販売管理などを行う職種)やデザイナーも、求人数の減少幅は比較的小さい。

河崎氏は「EC強化や在庫管理の効率化など、アパレル各社が抱えている課題感が足元の採用動向に表れている」と分析する。

これまで店頭接客のみに対応してきたアパレル販売員も、コロナ禍で来客が減ったことにより生まれた時間を活用して、ライブ配信での商品紹介などに挑戦するケースが増え始めた。

アダストリアの北村取締役は「ITリテラシーの高さが必須なわけではないが、販売は裏方ではなく表に立つ仕事。店頭でもデジタル上でも、恥ずかしがらずに自分を表現できて、顧客ニーズに合った提案ができるかが重要だ」と話す。

実店舗とECの垣根がなくなりつつあるアパレル業界では、販売員をはじめ働き手の意識の変革も求められそうだ。

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