今いる会社の将来に不安を感じる人は、どのような会社に転職すればいいのか。人事コンサルタントの平康慶浩氏は「人材需要が高く売り手に交渉権がある状態で、なおかつ市場が伸びている業界に転職するべきだ。今なら『DX』と『人材多様化への対応』というキーワードで探すといい」という--。

※本稿は、平康慶浩『給与クライシス』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

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■どんな状況でも転職に向いている業界の条件は大きく変わらない

今いる会社の経営幹部たちに変化に対応してゆけるスキルがあるのなら、仮に業界動向や会社の業績に不安があったとしても、そこで出世していくことを考えるのが一番効果的だ。しかしそうではなかった場合には、咲くべき場所を変えなければいけない。

では、どんな業界のどんな会社に移るべきだろう。そして、そもそもそれらの会社に受け入れてもらうにはどう備えればよいだろう。

2019年までの外部労働市場は、基本的に売り手市場だった。DX(デジタルトランスフォーメーション)やAIの発展に沸くIT業界や、インバウンド景気による小売り、飲食、宿泊業などでは、需要に対して供給が追い付かず、求職者にとって有利な条件での転職も可能だった。

しかし脱メンバーシップの不透明な状態では、新卒採用、中途採用のいずれにおいても人材の需要が減っている。買い手市場になっていては、なかなか転職も難しい。求められるスキルのハードルも高くなりがちだ。

ただ、どんな状況であったとしても、転職に向いている業界の条件は大きく変わらない。それは、人材需要が高く売り手に交渉権がある状態で、なおかつ市場が伸びている業界だ。一見人材需要が高いことと市場が伸びていることは一致しそうだが、案外そうではない。たとえば離職者が極めて多い業界の場合、常に人材需要は高いが市場は伸びていない場合もあるからだ。

■「○○Tech」といわれる業界に注目すべき理由

現時点でいえば、目指すべき企業は「DX」と「人材多様化への対応」というキーワードで探すべきだ。

DXとも略されるデジタルトランスフォーメーションとは、ITを活用してビジネスモデルそのものを変えようとする取り組みだ。つまりこれまでの常識を、ITの力で大きく変えてしまおうというものであり、その先には成長率と収益率改善が意識されている。時には、業界そのものを破壊して作り直すようなことを考えている企業もある。

具体的にどんな企業を目指すべきだろう。企業ごとのIR資料など、公開されている情報を見てもあまり詳しいことはわからない。企業の実態についても、経営分析に慣れている人ならいざ知らず、普通のビジネスパーソンにとってはなかなかハードルが高い。ではどう探せばいいのか。

それは、DXに取り組もうとする企業を顧客にするような会社をまず探せばよい。そしてそれらの会社が、どこの業界、どこの会社をターゲットにし、どんな実績を上げてきたのかを確認すべきだ。DXに取り組む企業を顧客にする会社、DXを支援する会社の探し方でわかりやすいものは、○○Techといわれる業界を探すことだ。

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たとえば教育業界のDXとしてEdTech(エドテック)がある。経済産業省が「未来の教室」などの取り組みを進めたことでも有名だが、多くの先進的な教育関連企業が、教育サービスのデジタル化を促進している。おりしも2020年初頭のコロナショックの折、いち早くリモート教育に転換できた会社はそもそも早い段階からEdTechに取り組んできていた。

■電子マネーもFinTechの一部

FinTechも聞いたことがある人が多いだろう。ブロックチェーン技術をベースにしビットコインなどの暗号通貨が知られているが、もともとは国際間の送金サービスなどから広まっていった。現在広がっている電子マネーもFinTechの一部として考えることができる。今後、現金流通が激減するという予測もある中、実物の金銭ではない、デジタルな通貨を当然とする社会が到来するとすれば、成長可能性が極めて高い。

弊社セレクションアンドバリエーションが手掛ける、人事領域でのHRTechも現在広まりつつある。現状ではまだ採用業務プロセスの効率化や、人事評価領域のプロセス改善、評価結果の分析などの活用にとどまっているが、業績に貢献できる優秀人材を可視化するタレントマネジメントや、コミュニケーション促進によるモチベーション向上に寄与するアプリなどの浸透が期待されている領域だ。

■IT関連以外で伸びている会社の探し方

これらの業界に行こうとするとき、ITの素養がないと二の足を踏む人も多いだろう。しかし仮にITに詳しくないとしても、Techの前の部分、たとえばEducationやFinance、Human Resourceについての課題意識と知見があれば十分可能性はある。

デジタルトランスフォーメーションの目的は、そもそもITを浸透させることではない。ITを活用して、ビジネスや業務の課題を解決し、社会そのものや人々の生活をよくすることが目的なのだ。だからITを活用してどんな課題を解決したいのか、ということについて明確な意見を持っているのなら、ぜひチャレンジしてみてほしい。

もちろんDXを提供する側でない会社に移りたい、という場合もあるだろう。その際には、先ほどあげた○○Techを提供している会社の中でも、特にB to Bのサービスを提供している会社の実績欄を見てほしい。逆にB to Cの○○Tech会社は避けた方がよい。

たとえばFinTechでいえばキャッシュレスを支援するスマートペイメントの会社やクラウドファンディングを進める会社ではなく、法人向けサポートを進める会社を調べてみることだ。それらの会社の導入実績ページには様々な規模の企業が掲載されている。仮にそれらの企業の中に興味を惹くものがなかったとしても、それらの企業が属する業界の課題意識を読み取ることができるはずだ。

■B to BでAI対応している会社もねらい目

また、AI対応を進めている会社もぜひ考慮すべきだ。そのような会社も、やはりB to Bでサービスを提供している会社の実績ページから探すことができる。たとえばAidemyというAI教育についてのEdTechスタートアップがある。この会社の実績ページを見ると、空調機メーカーや損保系システム会社などの大手から、社員数十名規模のベンチャーキャピタルやコンサルティング会社まで幅広く掲載している。技術的なことがわからなくても、AIをビジネスに活用していくことはできる。そのような思考をいち早く進めるためには、AIについて語ることが特別ではない会社で経験を積むことが有利に働くだろう。

これからの変革を乗り越えていくならば、デジタルトランスフォーメーションに対応できていない企業の先行きは不透明だと言わざるを得ない。クラウド対応も進む中、企業規模が小さかったとしても、コスト的に対応は可能だ。だからこそ、DXやAIをキーワードに転職先を探してみることを勧めたい。

■人材多様化に対応している会社の探し方

DX領域以外でこれから伸びる会社を探すのなら、人材多様化に対応している会社をお勧めしたい。マイケル・オズボーンが示す変化のトレンドに含まれつつも、日本企業が苦手とする領域の変化があり、それに対する対応度合いは、人材多様化への対応度で測ることができるからだ。

それは「グローバル化」と「不公平感の増大」、そして「政治的不確実性」だ。つまり日本人と同じように諸外国出身の従業員を活用し、様々な違いがあってもチャンスを公正に与え、政治的な偏りにおもねらない企業を探すことが望ましい。

戦前から戦後の高度/安定成長期にかけ、日本人は日本人であるということにこだわり続けてきた。ジャパン・アズ・ナンバーワン、という言葉に胸を高鳴らせた人も多かった。

個人としての信条はそれでよいかもしれない。しかしビジネスとして考えるのであれば、もはや日本だけを市場にする会社の将来性は明るいとはいえない。世界市場で活躍することは必須課題なのだ。そして世界市場で活躍するには、それぞれの国のそれぞれの文化を尊重することは当たり前のことだ。

その点、欧米企業が世界に展開した際の対応は優れていた。それぞれの国の法人のトップにはなるべくその国の出身者を据えるか、あるいは本社がある国以外の異なる国出身者をえていった。一方で日本企業は相変わらず海外現地法人トップを日本人に任せている。

また、世界の半数は女性であり、優秀な人材の割合も男性と変わらない。だから女性活躍はあえてとりあげるまでもなく、当たり前に対応すべき事柄だ。しかし日本では戦前の家制度における男性家長の戸主権へのあこがれをひきずり、女性には主婦化を促してきた。

これらを前提に考えるならば、例えば役員や管理職における外国人、女性の比率を見ることは重要だ。またSDGsへの対応から読み取ることもできる。

■あなたを高く売るためには、市場より「取引」を目指す

DX対応であっても多様性対応であっても、これから伸びそうな業界の伸びそうな会社は、自分で探さなければいけない。就職とは投資先を決めることだ。ベットするのはあなたのスキルと経験と人生。リターンは外的な報酬、内的な報酬など様々だ。

だからもしあなたが本気でこれからの時代に大きなリターンを得たいのなら、人材紹介会社のマッチングページを流し読むだけでは不十分だ。

平康慶浩『給与クライシス』(日経プレミアシリーズ)

そもそも、そこには就職という投資を求めている会社が掲載されている。伸びるために投資を求める会社の中に、浪費するための投資を求める会社が混ざっている。

そしてもしそこに本当に投資に値する魅力的な会社が掲載されていたとしても、その時点ですでに買い手市場になってしまっている。転職を考えるライバルたちを乗り越えて面接にたどり着いたとしても、あなたにとってはあくまでも人材紹介会社のページに記載されている多くの企業の中で有望に見えた、というだけの言葉しか伝えられない。

しかし自分で探し自分で発見した企業であれば、なぜ興味を持ちなぜここで働きたいと思ったのかを、自分の経験と言葉で語ることができる。人材紹介会社があなたに提供するのはマッチングのための市場だが、あなたが自分で探せばそこでは交渉による取引の場が生まれるのだ。あなた自身を高く売りたいのであれば、あなた自身を市場に並べてはいけない。取引の場で交渉することで、あなたの価値はより高く見えるのだから。

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平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
人事コンサルタント
1969年、大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。日本総合研究所などを経て、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。150社以上の人事評価制度改革に従事。『逆転出世する人の意外な法則』など著書多数。
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(人事コンサルタント 平康 慶浩)