バブル崩壊後の雇用環境の厳しい時代に社会に出た30代半ばから40代を中心とした「就職氷河期世代」。国の試算では非正規雇用など不安定な雇用状況にある人が全国で約54万人いる。しかしそれだけではない。日本総合研究所の下田裕介氏は「就職氷河期世代自身だけでなく、彼ら・彼女らのきょうだいも困難を抱える恐れがある」という--。

※本稿は、下田裕介『就職氷河期世代の行く先』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

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■きょうだい自身に余裕がないと支えられない

就職氷河期世代は、経済的な理由で結婚や子を持つことをあきらめざるを得ないケースが少なくないことを踏まえると、自分が高齢を迎えた際に支え手となることが考えられる配偶者や子どもといった家族がそもそもいないという事態もありうる。そこで支え手になる可能性として挙げられるのは、自身のきょうだいである。

しかし、きょうだいの人数はかつてと比べて減っている。国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」によれば、結婚持続期間15〜19年の初婚同士の夫婦を対象にした最終的な平均出生子ども数をみると、1940年には4人を超える子どもを持つことが一般的だったが、その後、1970年代前半にかけて減り続け、2000年代前半までは2人程度と横ばいで推移している(図表1)。就職氷河期世代の親がもうける子どもの数、すなわち、就職氷河期世代のきょうだいはおおむね2人が平均的であるといえる。同世代では、一人っ子というケースも珍しくないだろう。

また、少ないながら、きょうだいがいる場合でも、助けによって就職氷河期世代が抱える問題が好転するかというと難しい面が少なくない。きょうだい自身に余裕がなければ、例えば親を頼って同居により生活を送る就職氷河期世代にあたる別のきょうだいを支えるどころか、共倒れする恐れも十分に考えられるからだ。

就職氷河期世代と大きく関わる「きょうだいリスク」

こうした状況に陥る問題は「きょうだいリスク」とも呼ばれている。2015年の『AERA』の特集を機に、翌年、社会学者の平山亮氏とノンフィクションライターの古川雅子氏による共著で書籍化された『きょうだいリスク 無職の弟、非婚の姉の将来は誰がみる?』で、きょうだいに関連した問題が注目された。家族である兄弟姉妹を「リスク」に位置付けることにせつなさを感じる部分もあるが、一方で、背景にある格差問題や社会が抱える課題の根深さを表しているといえよう。

きょうだいリスクは、就職氷河期世代と大きく関わっているといえる。同世代は非正規雇用や長期無業者が多いほか、ひきこもりが続く人も少なくない。そして、経済的理由から結婚をあきらめざるを得ない、親と同居しているといったケースが多いのも特徴だ。

写真=iStock.com/Sviatlana Lazarenka
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就職氷河期世代当事者のきょうだいからすれば、親が介護を必要としたり、亡くなったりした際には、代わって親の介護にあたるだけでなく、同居する親に支えられることで生活が成り立っていたきょうだいの面倒もみる必要に迫られる可能性がある。きょうだいはほぼ同じ世代、すなわち、就職氷河期世代を支えるきょうだいもまた、就職氷河期世代である可能性は高い。

同世代のなかにも、正規雇用者として働いている人はそれなりにいる。しかしながら、正規雇用に就いているからといって、生活を送るうえで十分すぎる収入を得ているというわけでもない。自分の家族のことだけで精一杯というケースが多いのだ。そうした状況で、負担が急増すれば担いきれずに潰れてしまうことが十分考えられる。

■「40歳の独身の妹の将来に不安が尽きない」

こうしたリスクが、就職氷河期世代の高齢化によって顕在化するのは先の話になるが、ここでは将来そうした事態につながりかねない、実際に不安や困難を抱える家族・きょうだいの現状をみてみよう。

「九州在住の42歳の女性は、親と同居している40歳の独身の妹の将来に不安が尽きない。妹は大学を卒業して以来、実家で年金暮らしの両親と同居しながら、契約社員として働いている。(中略)いまは両親ともに元気だが、介護が必要となれば、いずれは妹と同居をすることも選択肢に考えている。しかし、『自分の子どもたちに迷惑はかけたくない』という思いももちろんある。万が一の場合、女性が経済的に支えられるかは心もとない」(日経電子版、2019年9月1日、「自立難しいきょうだい『トリプルケア』どう避ける」)。家族を思う一方で、いまの家庭への心配を募らせる様子が伝わる。

就職氷河期を背景に、中高年の間でも懸念される「ひきこもり」が続くきょうだいの場合は、より不安は大きい。

■6年間引きこもりが続く46歳の兄

「北海道の42歳の男性は、4歳年上の独身の兄がいる。兄は大学を卒業して会社勤めをした後に、独立したがうまくいかず、いまは71歳の母が住む実家で6年間引きこもりが続いている。母と兄の生活費は、亡くなった父の遺族年金の月8万円ほど。母からは生活に困っていると訴えられ、子どもと共に帰省するたび生活費を渡し、一方で兄からも頼まれ10万円を貸したままだという」(北海道新聞、2018年8月2日朝刊、「『きょうだいリスク』を考える 兄弟姉妹の将来が不安 希薄な家族関係 親の年金頼りに」)。こうした問題やケースを知って、「一人っ子でよかった」と思う人もいるとのことだ。

もっとも、このような困難を抱えるなかでも、「これまで家族としてともに生きてきたのだから、親やきょうだいを支えたい、守りたい」と考える人は多い。実際に、前述の北海道の男性は、ひきこもりの兄を「『その時』になったら助けてしまうかもしれない」といっている。

できる範囲で家族を助けていくことは、一つの手ではあるだろう。しかし、より重要なのは、就職氷河期世代への支援を通じて彼ら/彼女らの経済的・社会的自立を進めることで、同世代本人が身を置く厳しい状況ときょうだいなどへの困難の連鎖のいずれも解消していくことである。

■現役時代の負担は2050年代にかけてピークに

団塊ジュニア以降の世代の人口が細る状況下、一方高齢の就職氷河期世代を支えることに関して、よりマクロの視点からみてみよう。就職氷河期世代を支える足許の現役世代の人口は少なく、将来世代も人口ボリュームがますます細っていく。この点から考えても問題はより深刻である。

現役世代が高齢者や年少者をどの程度支えているかを比率で表す従属人口指数は、40%強だった1990年代前半以降上昇が続き、足許は70%弱まで高まっている(図表2)。

つまり、かつては、10人の現役世代が4人の子ども・高齢者を支えていたが、それがいまは、10人の現役世代で7人の子ども・高齢者を支えなければならない状況に変わったということだ。そして、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」などを基に先行きを見通すと、就職氷河期世代の年長者である団塊ジュニア世代の、65歳の老年人口入りが迫る2030年代半ば頃から、従属人口指数は上昇ペースが加速し、2050年代にかけてピークを迎えると見込まれている。その間、就職氷河期世代が自身の高齢化により生じる問題などもあって、社会保障費歳出の膨張圧力や、財政の悪化圧力は高まる恐れがある。

就職氷河期世代を襲う「高齢貧困」への不安

ちなみに、従属人口指数をみると、足許と比べて2020年代には上昇ペースが和らぐ見通しとなっている。これは、年少人口と生産年齢人口が一貫して減少するなか、老年人口の増勢が鈍化することによるものである。つまり、この間の支える側と支えられる側のバランス悪化のペースは、マクロ全体でみればやや抑制されることになる。

下田裕介『就職氷河期世代の行く先』(日経プレミアシリーズ)

しかし、世帯や家族を単位とするミクロの視点でみれば、前述したような就職氷河期世代の厳しい状況が影響して、マクロでみた姿だけではうかがい知れない問題が、無視できないインパクトで生じる可能性が大きいといえる。

就職氷河期世代は将来への脆弱な備えにより、自身が老後を迎えた際には経済的に立ち行かなくなり、高齢貧困に陥る恐れがある。親の介護による負担増が加われば、その可能性はさらに高まることになる。

そして、就職氷河期世代の貧困問題は、生活保護の増加などを通じて、わが国の財政面にも大きな影響を与えかねないのだ。

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下田 裕介(しもだ・ゆうすけ)
日本総合研究所 調査部 主任研究員
2005年東京工業大学大学院修了、同年・三井住友銀行入行。06年日本経済研究センターへ出向後、08年日本総合研究所 調査部。14年〜17年および19年より国内経済グループ総括(現・国内経済グループ長)。17年〜18年三井住友銀行経営企画部金融調査室(兼務)。専門は内外マクロ経済、世代間問題。
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(日本総合研究所 調査部 主任研究員 下田 裕介)