広告収入が大幅に減り厳しい状況に陥る中、放送局は大胆な放送制度の見直しを迫られているようです(写真:flyingv43/iStock)

11月に出そろった在京キー局の2020年度上期決算では、広告収入が軒並み大幅に減り、放送局単体の営業利益ではテレビ朝日とTBSが赤字に転落。フジテレビもわずか1億円と赤字寸前まで落ち込んだ。広告収入では各局ともスポット収入が前年比マイナス30%前後というかつてない大減収だった。


(筆者作成)

キー局でもこのありさまなので、元々厳しかったローカル局は悲惨な状況に陥っているはずだ。

そのローカル局をさらに追い詰める、規制改革がじわじわと進み始めている。「行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打ち破り、規制改革を全力で進める」--。菅義偉総理が就任直後から繰り返し発言し、多少強引にでも次々実行に移しているのが規制改革だ。菅政権の規制改革で、放送も大きく変わっていかざるをえないと思う。

規制改革の行方を「推進会議の答申」で読み解く

規制改革とひと口にいっても、さまざまな規制の裏には担当省庁や族議員がおり、その背後には業界が存在し頑強な抵抗勢力となっている。そのうえ、複数の省庁間にまたがる規制は、役所の縦割りが障害になり改革は容易ではない。

こうした岩盤規制を破るためのエンジンとなっているのが内閣府に置かれた「規制改革推進会議」だ。菅総理も官房長官時代には、この会議を通して農業、保育などに深く関与。放送・通信に関しても、第1次安倍内閣の総務大臣だったこともあり、積極的に関わってきたという背景がある。

菅政権が規制改革をどう推進するのかは、規制改革推進会議の答申を読めばわかる。なぜ菅政権の規制改革が「ローカル局をさらに追い詰める」のか。この「規制改革推進会議の答申」をひとつひとつ紐解き、説明してみたいと思う。

7月2日の答申には、刺激的な記述がある。

(NHKの配信について)「利用者の利便性の観点から、敢えてコストをかけて地域制御などを行うことは不適切であり、様々な地方向け番組を積極的に全国配信することが望ましい」

民放の配信についても、在京キー局が行った今年2月の同時配信実験について以下のように言っている。

「利用者の利便性やローカル局の番組を全国展開する機会を潰さないためにも、地域制御をかけない方向でのビジネスモデルの展開は評価に値する」

現在、テレビ放送は関東や中京、関西など広域圏をのぞいて、原則的に県ごとに放送局が1系列ずつという県域免許制度のもと、放送番組は県域でしか見られないよう地域制御がなされている。だが答申では、「配信では地域制御をすべきではない」としているのだ。

国民からすると、今は首都圏だけで放送されている番組が地方でも同じタイミングで見られるのはありがたいことだ。例えば、TBSの系列局がない秋田県で『半沢直樹』は首都圏の1週間後の日中に放送されていたが、配信ではこういったことがなくなるということを示している。

しかしこれはローカル局にとっては深刻な事態となる。すでにローカル局は、人口減と高齢化によって活力を失った地元企業からの広告収入の減少で、経営基盤が脅かされている。

そのような中で、これまで見られなかった東京の番組がネットで見られるようになったらどうなるか。当然、ローカル局が放送する番組の視聴者はさらに減り、CM収入も減ってしまう。2〜3局しかテレビ局がない県では、ネットで全系列の番組が見られるようになるダメージは大きい。

7月2日の報告書では「ローカル局の番組を全国展開する機会」としているが、実際にローカル局の制作した番組を全国に配信したとしても、広告収入が得られるほどの視聴数を稼ぐのは至難の業だ。

そうは言っても、放送局は公共の電波を使わせてもらい、競合もごく少数という恵まれた環境に置かれている規制業種。日々、厳しい生存競争を生き延びている一般の企業からしたら、嫌なら電波を返上すればいいと思われるだけだろう。では、民放ローカル局はどうなるのか。

近づくローカル局再編の波

7月2日の答申では、大胆な方針転換が示されている。

「従来のキー局との縦系列だけでなく、所在都道府県の場所にとらわれないローカル局同士の横系列での連携等、ローカル局が取り得る経営の選択肢を増やすため、より柔軟な規制の在り方を検討するべき」

「関係者からの具体的な要望を把握し、ローカル局の経営基盤の在り方について、放送事業者の経営の自由度を高める規制・制度改革を資本に関する取扱いを含め、幅広く検討する」


これまでは放送法で規定された認定放送持株会社制度で、キー局がローカル局を子会社にしたり、ローカル局同士が資本関係を結ぶなどは可能になっていた。しかし、もはやこれでは足りない。

県域という縛りを解き放ち、例えば東北圏や九州圏の複数の系列放送局が合併する。あるいは、狭く人口も少ない県域で4つの系列の放送局が1つの放送局にまとまり4系列の放送を1つの放送局として出したりする。

シェアの奪い合いをするのでなく、これまでよりはるかに自由な放送局のあり方が実現できるよう、資本関係の縛りを見直すことをこの答申は示唆している。

つまり、昭和30年代に当時、郵政相だった田中角栄氏がメディアを支配するために確立し、以後60年以上も続いてきた県域免許制度の見直しだ。

もともと県域免許には無理があった。地震や台風など全国一斉に伝えなくてはならないニュースを出す場合、県ごとに異なるローカル番組の放送中には困難がともなう。

また地形による負担の格差も深刻だ。平坦な地形にあるテレビ局圏内のテレビ塔は2本で済む一方で、入り組んだ山間部の局は200本も必要なところがあり、維持コストが経営を圧迫。番組制作もままならない。これに加え近年では、放送対象地域が狭い放送局は、人口減と高齢化、動画配信の普及でさらに経営基盤が脆弱になっている。

今後も現行のままなら、IoTの進展でますます貴重になる電波を、こういった放送局にまで広く割き続けなければならない。キー局を頂点に、県ごとに独立した企業であるローカル局を系列として組み合わせる県域免許制度は、もはや構造的限界にきている。

放送局の形態を根本から変える「地殻変動」

複数の放送局が1つになれば、送出などのインフラコストや販売管理費の大幅な削減が期待できる。4つの放送局が1つになれば、高額な年俸をとっている経営者の数も4分の1になる。

しかしこれは放送局が誕生以来続けてきた存在形態を根本からひっくり返す、まさに地殻変動ともいうべき大変化だ。当然ながら、当の本人たちの考えなしには事は進まない。そのために答申には、「関係者からの具体的な要望を把握し」という文言が入れられている。

つまり答申は、放送局のみなさんが望むのであれば、非常に大胆な放送制度の見直しもやりますよと、どでかいボールを放送局側に投げつけているのだ。

TBS以外のキー局はすべて新聞社が大株主になっている。またローカル局もそれぞれの地方で大きな力を持つ地方紙が大株主になっていることが多い。放送局の株主となっている新聞社は、放送局の将来についての責任がある。今、テレビ局、ラジオ局という放送だけにとどまらず、新聞社も加えたオールドメディアは、加速する大変革時代にどう対応するのかを厳しく問われている。

答申は、テレビ局から電波を召しあげることまで示唆している。

「今後、ブロードバンドがユニバーサルサービス化され、ブロードバンドを経由してインターネット同時配信が全国あまねく届けられるようになった時、地上波4K放送を含めた地上波の高度化に当たって、放送ネットワークだけでなく、ブロードバンドでも伝送できる可能性が高い。このため、放送波でサービスが全国民に届けられる必要があるのか検証する必要がある。放送のユニバーサルサービスの整備や維持には多大な費用を要する」

「放送波による全国網を、ブロードバンドのユニバーサルサービス化と並行して別途整備する前に、上記の国民負担との関係や放送事業者の経営環境や投資余力にも配慮しつつ、コストとベネフィットをしっかり比較考量し、国民に説明する責務がある」

つまり、維持整備に金がかかる電波を「番組を届ける」というだけの目的のために使う必要があるのか? と強烈に問いかけているのだ。

放送局存続より国民の利便性向上

政府が第一義に考えているのは、放送局の存続ではない。国民の利便性向上だ。視聴者にとっては、ニュースやドラマや情報番組は、見えさえすれば電波だろうが配信だろうが関係ない。

配信網が全国に整備され、放送と同じように番組が全国あまねく届けられるようになったら、貴重で有限な放送用の電波は、IoT、ロボット、AI、ビッグデータ等をあらゆる産業や社会生活に取り入れた未来の生活として政府が掲げる「Society5.0(ソサエティ5.0)」を実現するために使うべきではないのか。

電波をどう使うのか、どちらが国民の利便性向上に役に立つのかしっかり考えるべきだ--答申の内容を意訳するとこういうことになる。

この電波の返上は実現するにしても、まだ先のこと。しかし規制改革推進会議の答申に書かれたということは、政府の将来の大方針としてしっかりと位置づけられたと受け止めるべきだ。

これまでテレビ局経営者は、ネット配信は重要と言いながら、面倒な権利処理を言い訳に少しでも先延ばししようとしてきた。衰えつつあるとはいえ、まだ巨額な収入を得られるテレビ広告の存在があったためだ。

だが、コロナ禍によってテレビ広告市場はシュリンクし、広告収入はかつてないほど減少している。このまま変化から目を逸らし逃げていれば、テレビが国民から見捨てられる日はそう遠くないだろう。