コカ・コーラ社が狙うコークの顧客は意外にも、たまにしかコークを飲まないライトユーザーである。その理由とは?(写真:BlakeDavidTaylor/iStock)

「マスマーケティングの時代は終わった。これからはターゲット(顧客)を絞り込め」と言われるが、現実にはコーク(コカ・コーラ)のように成功している商品はターゲット顧客を絞り込んでいない。

いったいなぜなのか? ターゲットマーケティングの落とし穴とマスマーケティングのポイントとは。マーケティング戦略コンサルタントであり、『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』の著者でもある永井孝尚氏に語ってもらった。(本記事は、同書の一部を再編集したものです)

ターゲットマーケティングよりも、マスマーケティング

あなたはコーク(コカ・コーラ)を年何回飲むだろうか? 年に1回程度という人が多いかもしれない。かくいう私もそうだ。

「そう言えば、周囲でもコークをよく飲んでいる人はあまり見かけない。コカ・コーラ社はテレビCMや広告に大金かけてマスマーケティングしているけれど、ペイするんだろうか?」と思ってしまうが、実は彼らが狙うコークの顧客は、そんなたまにしかコークを飲まないあなたなのである。

現代マーケティングの常識は、「マスマーケティングは古い。ターゲットマーケティングで顧客を絞り込め」だ。しかし「消費者の購買行動を研究すると、むしろマスマーケティングこそが重要」と主張するのが、2010年に『ブランディングの科学」を出版して世界のマーケティング界に大きな影響を与えた、豪アレンバーグ・バス研究所のマーケティング・サイエンス・ディレクターであるバイロン・シャープ教授だ。

本書でシャープ教授は、消費者行動をデータで細かく検証したうえで、これまでの常識を大きく書き換える方法論を示している。この考え方を活用すれば、私たちのビジネスでも大きな効果を発揮するのだ。


これはコーク購入者の分析である。横軸は年間購入回数、縦軸はその購入回数の人数が全体に占める比率だ。過半数を占めるのは、年0〜2本飲む人であることがわかる。

また年1回以下の購入者が約50%もいる。実はコークの購買客のほとんどは、滅多にコークを飲まないライトユーザーなのだ。もしあなたが年に1回程度しかコークを飲まないとしたら、あなたは典型的なコークユーザーだ。

コークにとってヘビーユーザーとは、1年に3回(4カ月に1回)以上飲む人だ。

よく「上位20%の購買客が売り上げの80%を占める」といわれる。よく知られている「パレートの法則」だ。しかし現実には、長期間にわたって調査してみると、上位20%の購買客は売り上げの80%ではなく50%しか占めない。残り50%の売り上げは稀にしか買わないライトユーザーだ。彼らは買う頻度が低いうえに、他社ブランドも買う。

また長期間調査すると、ヘビーユーザーがライトユーザーやノンユーザーになったり、逆にノンユーザーやライトユーザーがヘビーユーザーになることも多い

これをわかりやすくたとえると、レストランA店が長年の行きつけだったあなたが、近所にもっと美味しいB店があるとわかって、行きつけの店をB店に変えるようなものだ。これはA店から見ると「ヘビーユーザーが急に消えた」ということだし、B店から見ると「ノンユーザーがいきなりヘビーユーザーになった」ということだ。

私たちはヘビーユーザーを中心に攻めようと考えがちだが、ヘビーユーザーはそもそも数が少ないうえに、ライトユーザーに変わることも多い。結果として努力が徒労に終わることが多いのだ。むしろライトユーザーからノンユーザーまでを広く攻めれば、成功の可能性が高まる。

似たような自社商品を、同じ顧客にどんどん売れ

「ターゲットを絞り込め」とよく言われる。例えばダイエット飲料は女性を対象に広告を出している。しかし実際にレギュラー飲料とダイエット飲料の顧客層を分析すると、ほぼ同じ顧客層に売れている。男女比率もほぼ同じだ。

わかりやすくたとえると、バニラアイスクリームを買う人とショコラアイスクリームを買う人は、同じ人なのだ。同じ人がそのときの気分次第で、バニラを買うときもあれば、ショコラを買うときもある。「そんなの当たり前だ」と思うかもしれない。しかしあなたの会社は、2つの商品の顧客ターゲットを、分けて考えていないだろうか。

コカ・コーラ社がコーク、ファンタ、スプライトなど多くの飲料ブランドを売っているのは、消費者ニーズにきめ細かく応えるためではない。実際に調査すると、飲料ブランドはどこも最も売れているコークと7割の顧客を共有している。つまりコークと各飲料ブランドの顧客はほぼ同じなのだ。どんな製品カテゴリーでも、顧客の多くを最大シェアのブランドと共有する。これを「購買重複の法則」という。

ではコカ・コーラは数多くの自社ブランドを同じ顧客に売って、問題はないのか?

脊髄反射で「同じ顧客に自社商品をいくつも売り込むと共食いになるので、絶対ダメ」と思いがちだが、実はまったく問題はない。要は、どれかが消費者に選ばれればいいのだ。大切なのは市場でブランドが目立つことだ。

もしあなたがまったく新しいソフトドリンク会社を設立して、その会社でブランドを自由に2つ選べるチャンスがあったとしたら、選ぶべきは「コークとファンタ」ではない。世界で最も売れている「コークとペプシ」なのである。同じコーラ飲料でも、まったく問題はない、ということだ。

アップルの新商品の発売前日に徹夜で店に並ぶファンの人だかりや、アメリカでハーレーにまたがった熱狂的バイカーが一堂に集まる光景を、私たちはニュースなどでよく目にする。アップルとハーレーダビッドソンは、熱狂的な顧客が多いと思われているブランドの筆頭だ。そこで多くの人たちが「わが社もアップルやハーレーのような熱狂的顧客を作り出すべきだ」と考える。しかしこれは大間違いである。

実際にパソコンの反復購買率(同じブランドを再購入する比率)を調べると、シェア1位のデルは71%、HPは52%、アップルは55%。アップルは他社パソコンとの互換性がない割には、反復購買率はとくに大きくない。熱狂的顧客の影響は見られない。

では、ハーレーの所有者はどうか? 熱狂的ハーレーライダーは全体の10%だが、売り上げは全体のわずか3.5%だ。彼らは低所得で収入を部品に注ぎ込み、しかもバイクを買い替えないので、売り上げ貢献度は低い。

実際にはハーレー所有者全体の40%は不満足で、車庫にバイクを入れっぱなしだ。またハーレー所有者の反復購買率は33%。顧客ロイヤルティ指数としては平均値だ。

つまりアップルもハーレーも、熱狂的信者は少数派なのが現実だ。実は売り上げの面で最も重要なのは、ブランドのことをあまり深く考えずに商品を買って売り上げに大きく貢献してくれる「ブランドにさほど興味がない」人たちなのである。

「差別化」ではなく「独自性」を追え

よく「ブランドを差別化して、消費者にわかりやすく示せ」と言われる。差別化はブランドでは必要不可欠と思われているが、実際に調査すると、消費者は企業が仕掛ける差別化にほとんど気づいていないのが現実だ。

「差別化」というと真っ先に思い浮かぶアップルでさえ、ユーザーの77%は「アップルは他ブランドと異なる」「ユニークだ」とは認識していない。マックは独自のシステムだが、多くのユーザーは技術に疎い。他社パソコンと同じメールや文書作成作業をするためにマックを買っている。つまり現実には、大成功したアップルでさえ差別化には成功していないのである。

本書の著者・シャープ教授は、「消費者に製品の違いを納得させる必要はない。消費者の購買を促す仕組みづくり、つまり独自性があるブランディングに注力すべきだ」と言う。製品の機能の違いである差別化はいずれライバルに追いつかれるので長く続かないが、独自性があるエッジが立ったブランディングは、一度構築すれば長続きする。

ブランド・ロイヤルティを育てるには、消費者にブランドがすぐわかるように目立たせることだ。例えばマクドナルドの金色のアーチ、コカ・コーラの赤、ナイキのスウォッシュマークと「Just do it.」のメッセージ、アップルのリンゴマークは、他ブランドとの違いが一目瞭然だ。

現代の消費者は、情報過多に陥っている。ブランドが独自性をもち、一目でわかれば商品についてあれこれ考えたり、探し回る必要がなくなり、消費者自身の生活も快適になる。

「すぐに思い出し、かつ買いやすい」ブランドが強い

顧客を獲得するために、ブランドで何よりも重要なのは、「メンタル・アベイラビリティ」と「フィジカル・アベイラビリティ」の2つである。

メンタル・アベイラビリティとは、何かを購入する際に、そのブランドが思い出されやすいことだ。例えば「ランチにしよう」と思ったときに、消費者が真っ先に「吉野家」を筆頭に思い浮かべれば、吉野家というブランドが選ばれて、売れるようになる。

もう1つのフィジカル・アベイラビリティとは、消費者が商品が欲しいときに店頭に商品があってすぐ買える状態にすることだ。例えば吉野家の場合、「吉野家で牛丼を食べたい」と思ったときに、すぐ近くに店があることが重要だ。もし吉野家がなければ、「吉野家で牛丼食べたい」と思った消費者は、松屋かすき家などのライバルに流れてしまう。

市場シェアが大きいブランドは、このメンタル・アベイラビリティとフィジカル・アベイラビリティがともに大きいのである。

『ブランディングの科学』は従来のマーケティングの常識に真っ向から挑戦している。

しかしあなたはここまで読んで、「消費者として自分の感覚とこの理論は、意外と合っている……」と感じたのではないだろうか?

私たちがアイスクリームを選ぶとき、気分次第でバニラを選んだりショコラを選ぶ。しかし従来のマーケティング理論では、「ターゲット顧客は、つねにどちらかを選ぶ」と想定しがちだ。また私たちはお気に入りのレストランがあっても、近所に美味しい店があれば気兼ねなく店を変えてしまう。しかし従来のマーケティング理論では、「お得意様は、つねに自分たちを選び続けてくれる」と考えがちだ。


従来のマーケティング理論では説明できなかった私たちのこの日常的な感覚を、著者のシャープ教授は本書で実に明快に説明してくれている。だからシャープ教授には著名な大企業からコンサルティング依頼が殺到しているし、この新しい理論を活用した企業は、大きな成果を上げているという。

マーケティングの考え方は、つねに進化し続けている。新しいマーケティング理論を知ってビジネスで活用することでライバルに半歩先んじれば、つねにビジネスで勝つことができる。

最新のマーケティング理論を自分のビジネスに即してわかりやすく学ぶ意味は、まさにこの点にあるのだ。