新型コロナウイルスの感染拡大で、アパレル各社は苦しい状況に追い込まれている(撮影:今井康一)※写真はイメージです

「希望退職の募集結果に関するお知らせ」「人員削減プログラムの実施」――。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、赤字決算が相次ぐアパレル業界。青山商事、オンワードホールディングス、ワールドなど、今年は大手アパレルの間でもリストラに関するリリースが後を絶たない。

帝国データバンクの調査では、新型コロナの影響を受けた関連倒産744件のうちアパレル小売店は48件。業種別では飲食店とホテル・旅館、建設・工事業に次いで多い(いずれも11月27日までに判明分)。

外出自粛の長期化でファッションの需要自体が低迷しているうえ、在宅勤務の浸透やEC(ネット通販)の利用拡大など、消費者のライフスタイルは急激に変化した。大半のアパレル企業は店頭への来客が大きく回復する見通しを立てられず、企業存続のために大規模な構造改革が避けて通れない。

リストラは収益改善の近道だが…

紳士服最大手の青山商事はスーツ需要の急減を受け、不採算店の大量撤退と正社員の約1割に相当する400人の希望退職者の募集を発表。「ナノ・ユニバース」などを展開するアパレル大手のTSIホールディングスも、本部のスリム化のため300人規模の希望退職者を募集中だ。

同社の上田谷真一社長は10月の決算会見で、「クリエイティブ系や顧客サービスにかかわらない業務は、極力自動化するか外注にしたい。販売員も、リアル店舗とデジタル空間のハイブリッドで接客や発信ができる人材に切り替えていく」と強調した。


希望退職などによる人件費の大幅削減は一時的な収益改善につながるものの、会社の次世代を担う有能な人材の流出は必至だ。アパレル業界では長年にわたる構造不況下で、過去にも社員のリストラで危機を乗り越えてきた企業が珍しくない。

「リストラのたびに実力のある中堅らがごっそりと会社を離れ、その後のブランド力や販売力の低下につながった。他社で通用する実績や手腕のある社員ほど辞めていく」(複数のアパレル幹部)

2019年の消費税増税に暖冬、そしてコロナ禍と三重苦に見舞われた多くのアパレル企業は採用を一気に抑制し、再就職市場は冷え込んでいる。アパレル・ファッション業界専門の転職支援サービス「クリーデンス」の調査によると、新型コロナの感染が拡大した2020年3月以降の求人数は、EC関連の業務などを除いてほぼすべての職種で大きく減少した。

それでも、40歳以上を対象に希望退職者の募集を今年行ったオンワードHD(募集期間は1月)やワールド(同9月)では、募集人数を大幅に上回る社員の応募が集まった。希望退職の場合は通常の退職金とは別に特別金が支払われるとはいえ、これほど厳しい市場環境のさなかだ。別の大手アパレルの社員は「アパレル業界や会社の先行きを不安視している社員たちの心情の表れでもある。業界外への転職を考える人も多いだろう」と推察する。

下着の名門も人件費削減が課題に

消費環境の激変に直面し、リストラを実施していない大手でもコスト構造の見直しは待ったなしの状況だ。国内下着メーカー最大手のワコールホールディングスは新型コロナの感染拡大以降、ECは伸びているものの、稼ぎ頭である卸売りは百貨店を中心に販売不振が深刻化。売り上げの落ち込みに固定費圧縮が追いつかず、今2021年3月期は創業以来初の最終赤字を見込む。

「固定費の中でも人件費の高さは以前から課題認識していた。採用人数の抑制や自然減で対応する予定だったが、コロナ禍でそれでは済まない状況になってきている」と、同社の安原弘展社長は危機感をあらわにする。中でも抜本的な見直しを迫られているのが、社員の大部分を占める販売員の配置のあり方だ。


販売員時代の経験を生かして、ワコールの自社ECでチャット接客を行う(写真:ワコールHD)※こちらのフォームではアパレル業界に関する情報をお待ちしています

国内の売り場で働くワコールの販売員約3400人のうち、およそ7割は正社員。主力商品である中〜高価格帯のブラジャーの販売では、専門知識を持つ販売員が採寸や体型の悩みに応じたカウンセリングを行い、その接客が売り上げに大きく貢献してきた。

が、ここ最近は主販路である百貨店と量販店の集客力が衰え、販売員1人当たりの販売高も徐々に減少。人件費が収益を圧迫するようになり、消費税増税や新型コロナの影響で売り上げが大きく落ちた2020年3月期は、同社の百貨店売り場の3分の1が不採算となった。

ワコールは約1年前、社内の人員再配置を推進するため、販売員がECの部署に移籍し、自社EC上でのチャット接客にも対応できるようにする体制を構築。コロナ禍でECの売り上げが急増したことも受け、現在は社員6人が専従で業務に当たる。

膨大な種類の下着を取りそろえる同社では、EC上でも「自分に最適な商品やサイズはどれか」といった相談が多数寄せられる。店頭と同様に顧客の個別ニーズに沿った商品提案ができるよう、今後も随時、販売員からの転換を進めるという。

収益改善に向けた課題は山積

もっともこれだけの配置転換では、売り場の収益改善に向けたハードルは高いままだ。採算悪化が著しい百貨店は売り場ごとに取引条件の見直しの交渉も進めているが、安原社長は「販売員の役割を見直し、セールスマン(営業社員)を含めた人員の効率化を進めていく」と話す。

卸売り先の百貨店と量販店では、本部の営業社員が売り場を頻繁に訪問し、得意先との商談のほか、販売員から商品の売れ行き動向などを聞き取り、課題を吸い上げてきた。それを今後は小売店の店長のように、販売員自らが売り場の採算管理などを行えるよう能力開発を強化していく方向で考えているという。

営業社員の担ってきた業務の一部を販売員に任せられるようになれば、販売組織全体の業務をより効率的な人員体制で回し、余剰となった社員を他の強化部署に転換させることもできる。ただ配置転換や業務の見直しは社員の意識変革も必要となり、スピード感と一体感をもって進められるかが成否を左右しそうだ。

コロナ禍は多くのアパレル企業にとって、従来のコスト構造を見直す転換点になった。たとえリストラで危機をいったん脱しても、”人”の力がなければ、次の成長へと向かう道のりは険しさを増す。大きく変化する消費者の購買行動や衣料品への需要にどう機動的に対応していくのか。リストラに踏み切った企業も、そうでない企業も、それぞれ難しい舵取りを迫られている。

【情報提供のお願い】東洋経済では、アパレル業界が抱える課題を継続的に取り上げています。こちらのフォームではアパレル業界で働く方、業界を離れた方からの情報提供をお待ちしております。