「3密」回避のため出社拒否、認められる?

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 11月中旬以降、北海道や東京都、大阪府で新型コロナウイルスの新規感染者数が過去最多を更新するなど緊迫した状況が続いています。しかし、このようなコロナ禍でも、在宅勤務に否定的で出社を義務付ける会社もあります。もし、そうした会社に勤めていて感染の危険性を感じた場合、出社を拒否して在宅勤務に移行することはできるのでしょうか。また、出社を強制されて感染した場合、労災申請はできるのでしょうか。社会保険労務士の木村政美さんに聞きました。

感染拡大期は処分理由にならない

Q.在宅勤務が可能な業務であるにもかかわらず、コロナ禍でも出社を強制する会社があります。その場合、従業員は新型コロナウイルスの感染防止を理由に出社を拒否し、在宅勤務にすることはできるのでしょうか。

木村さん「国は新型コロナウイルス感染症の防止対策として、テレワーク(在宅勤務など)の積極的な活用を呼び掛けています。しかし、『在宅勤務が可能な業種は必ず在宅勤務にしなければならない』という法律上の義務はなく、あくまで『お願い』ベースになっています。従って、会社には労働者への安全配慮義務などを鑑みる責任があるものの、在宅勤務制度を導入する義務はありません。

感染が拡大傾向ではない時期に会社が在宅勤務制度を導入しない場合、労働者の判断で出社を拒否し、また、会社から出勤命令があったにもかかわらず出社拒否を続けると、就業規則などに規定があれば懲戒処分の対象になる可能性があります。また、会社の許可なく在宅勤務に切り替えることは業務上のセキュリティー確保など複数の問題があるため難しいかと思われます。

しかし、現在のような感染拡大傾向にある時期は事情が異なります。通勤による感染リスクを避けるために出社拒否をした場合、あくまでも感染リスクを減らすために取った行為であり、解雇など懲戒処分の客観的・合理的理由にならないと考えられます。また、使用者の安全配慮義務の観点から見ても、懲戒処分や労働者が了承していない配置転換などの不利益変更を行うことは認められないことが多いでしょう。

上記理由で懲戒処分を行い、その有効性に対して裁判や労働審判での争いとなった場合、処分は無効となる可能性が高いと思われます」

Q.在宅勤務が困難な業務の場合、時差出勤や時短勤務などを会社側に求めることはできるのでしょうか。

木村さん「医療、介護職や接客業など内容によっては在宅勤務が困難な業種があります。また、会社内で在宅勤務が可能な業種と難しい業種が混在している場合もあります。しかし、一般的に在宅勤務が困難とされている業務に従事している労働者でも、新型コロナウイルスの感染防止の目的で時差出勤や時短勤務を会社側に求めることは可能です。要望を出した後に労働者と会社との間で話し合いの上、どのような扱いにするのかを決めることになります」

Q.もし、会社が在宅勤務や時差出勤などを断った場合、会社側が法的責任を問われる可能性はありますか。

木村さん「労働契約法5条では『使用者の安全配慮義務』が定められており、会社側は働く労働者の健康などに危害が生じないよう、安全な就労環境を提供する義務があるとされています。

新型コロナウイルス感染が拡大している状況下であるにもかかわらず、会社が感染防止のための対策や措置を取らずに労働者を出社させていた場合、使用者の安全配慮義務違反になる可能性があります。会社側は通勤途中や業務中において、労働者の感染リスクをできる限りなくすための適切な措置(在宅勤務や時差出勤はその一例)を行う必要があるからです」

Q.会社に在宅勤務や時差出勤などの要望を出したものの、認められない場合の対処法はありますか。

木村さん「まずは会社に対して、『どうして在宅勤務や時差出勤などが認められないのか』を聞くことが必要です。その上で話し合いの結果、双方の認識が一致せず納得できない、または、そもそも会社側が話し合いに応じないときは主に次の対処法が考えられます。

(1)労働組合(労働組合がある職場の場合)に相談する(2)労働組合がない場合は、労働局や労働基準監督署、都道府県にある労働関係の問題を扱っている窓口などの行政機関に相談する(3)労働問題を扱っている弁護士などの専門家に相談する――です」

感染したら労災は申請できる?

Q.もし、出社を強制する会社に勤務していて、新型コロナウイルスに感染した場合、会社側に治療費を請求することはできるのでしょうか。また、この場合、労災が認められるのでしょうか。

木村さん「会社の業務中に新型コロナウイルスに感染した場合、会社、もしくは感染した労働者本人が会社を管轄する労働基準監督署に労災を申請することになります。

感染により、労災が認められるケースとしては(1)新型コロナウイルスの感染経路が判明し、業務が原因で感染したものとして認められた場合(2)感染経路が判明しない場合でも、個別の事案ごとに感染経路、業務、または通勤との関連性などの実態調査を行った上で、業務、または通勤が原因で発症したと認められる場合――とがあります。労災認定を受けると治療費や休業補償(給料の一部)は労災保険から支給されます。

これに加えて、会社が感染防止の適切な措置を取らなかったことが原因で労働者が新型コロナウイルスに感染したことが明らかとなった場合は、感染した労働者は会社側の安全配慮義務違反を理由として損害賠償(労災給付がされない部分の休業損害や慰謝料など)を請求することが可能です」

Q.正社員には在宅勤務を認めるのに、派遣社員には認めないというケースもあったようです。こうした差別は法的責任を問われないのでしょうか。

木村さん「改正された労働者派遣法(2020年4月1日施行)では30条の3第1項において、派遣労働者と通常労働者間での均衡待遇を求めています。

また、この件に関して厚生労働省が作成した『短時間・有期雇用労働者および派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針』の内容を要約すると、派遣元事業主は派遣労働者が、派遣先で雇用されている通常の労働者と同じ業務環境で仕事を行っている場合は、通常の労働者と同一の安全管理に関する措置、および給付をする義務があるほか、派遣先、および派遣元事業主は労働者派遣法45条などの規定に基づき、派遣労働者の安全と健康を確保するための措置を履行する義務があります。

今回の在宅勤務の目的は『新型コロナウイルスの感染防止』であり、職場の安全管理上必要な措置です。そのため、派遣労働者のみ在宅勤務を認めない行為は先述の法律、および指針に対する違反となります」

Q.在宅勤務に否定的な経営者は「組織力の低下」「業績低下」などを理由に挙げます。そうした経営者はコロナ禍でどのようなことを心掛けるべきなのでしょうか。

木村さん「確かに(1)在宅勤務を導入するのに必要な業務手順やセキュリティー確保など運営上必要な事項を構築するのが煩雑(2)従業員同士がお互いに職場で顔を合わせることがないため、コミュニケーション不足となり、特に上司は部下の指導が難しくなるため、その結果として、仕事の質、業績の低下につながる――などの理由で在宅勤務を導入しない会社もあります。

しかし、在宅勤務は新型コロナウイルスのような感染症の予防につながるだけではなく、『台風、地震などの災害時でも事業が継続しやすい』『オフィスの規模を小さくすることでコストが削減できる』『人材確保がしやすくなる』などのメリットもあります。今後の会社運営を考えると、会社に合った形での在宅勤務制度を導入することを検討する余地はあるでしょう」