前回、生物を由来とするバイオ燃料や、廃油などの廃棄物から精製する代替ジェット燃料の話を取り上げた。そこで今回は関連する話題として、昔話をひとつ取り上げてみよう。

ドイツは石油が出ない

今でこそ「北海油田」の存在が知られているが、第2次世界大戦の頃、北海における石油採掘は行われていなかったようだ。もっとも、第1次世界大戦でも第2次世界大戦でも、その北海が戦場のまっただ中なのだから、そんなところに掘削リグを据え付けて石油を汲み出すわけにも行かない。

さて。ドイツは第2次世界大戦における当事国のひとつだが、ドイツ国内で石油は産出されない。しかし、第2次世界大戦を左右した要素のひとつは石油である。機械化が進んだ地上軍を動かすにしても、海軍の艦艇を動かすにしても、空軍の飛行機を飛ばすにしても、みんな石油系の燃料が必要である。

アメリカなら自国で石油が出るが、まさかドイツが敵国のアメリカから石油を買ってくるわけにもいかない(そういえば、アメリカから石油の禁輸措置を受けて、別のところに石油を求めて出ていった国があったが)。

そこでドイツ軍を支える源となっていたのが、ルーマニアのプロエスティ油田。ここからの石油の供給がなかったら、ドイツ軍があれだけの戦争を実施できたかどうか。しかし、プロエスティはソ連(当時)に近い場所にあるし、実際、大戦末期にはソ連軍に占領されてしまった。それより前に、米軍の爆撃機がプロエスティの油田を襲ったこともあった。

そんな調子だったので、ドイツ軍は「なんとか石油燃料を確保できないか」と知恵を絞り、そこから「石炭を使用する合成燃料」という策を編みだした。ドイツには、油田はないが、炭田ならあったからだ。

ただし、生成するのは当節のようなジェット燃料(つまり灯油系)ではない。第2次世界大戦中のドイツ軍では、戦車はディーゼル・エンジンではなくガソリン・エンジンを使用していたから、航空機ともどもガソリンを合成することになった。

2種類の合成燃料

石炭がどんなものかは御存じだろう。津軽鉄道の「ストーブ列車」に乗れば、現物を生で見ることもできる。その見た目は正に「石」である。それがどうやってガソリンの代替品に化けるのか。

これが石炭。津軽鉄道では、釧路産の石炭を使っていると聞いた


そこで、ドイツは燃料を合成するにあたって、ベルギウス法とフィッシャー・トロプス法(FT : Fischer-Tropsch法)の2種類を用いた。石油燃料とは煎じ詰めると炭化水素系の物質だから、それをいかにして製造するかという話になる。

ベルギウス法は、タールや重油を加えてペースト状にした褐炭粉末に対して、触媒として錫、あるいはニッケルのオレイン酸塩を添加する。それを400〜450度まで加熱して反応を起こさせることで、石油燃料の基本である各種の炭化水素を生成することができる。

対するFT法は、次のような手順で燃料を合成する。石炭を原材料として使用する場合、その石炭に水蒸気を吹き込んで一酸化炭素と水素に分解する。次に、比較的低い温度・圧力の下で、コバルト系や鉄系の触媒を用いて反応させることで、各種の炭化水素を生成することができる。ちなみに、FT法の名前は、考案した二人の科学者(フランツ・フィッシャーとハンス・トロプシュ)の名前を並べたものだ。

これらの合成燃料は、石油精製で得られる燃料よりも高かったという。だが、石油の供給に限りがあるのだから、コストのことなどいってはいられなかったのだ。

ドイツではこれらの手法を用いて石炭から燃料を合成して、それを軍事作戦を支える血液としていた。それに気付いた連合軍が、ドイツ国内にある合成燃料工場を爆撃するようになったことが、ドイツ軍の作戦行動を阻害して、さらには敗戦につながる要因になった。

なにしろ、プロエスティ油田がソ連軍に占領された後は、ドイツ軍が使用する燃料の8割がこの手の合成燃料だった、なんていう数字が残されているぐらいだ。その8割の供給源をつぶせば、ドイツ軍にとっては大打撃である。

燃料がなければ、作戦行動を阻害するだけでなく、訓練も十分に行えない。訓練が不十分なままでパイロットを戦場に送り出せば、たちまち撃墜されてしまい、それがまた戦力減少につながる。実は、ドイツにおける航空機生産がピークに達したのは1944年だが、飛行機ができてもそれを飛ばすための燃料が足りなかった。

ガソリンの品質という問題

石油由来にしろ、石炭からの合成にしろ、ガソリンができても「品質」という問題がついて回る。今でも、ガソリンスタンドで売ってるガソリンには「レギュラー」と「ハイオク」があるが、ハイパワーの高性能車はたいてい、ハイオク指定である。

そして戦闘機のエンジンになると、それはハイパワーの高性能車が搭載するエンジンと似たところがある。スーパーチャージャーやターボチャージャーで過給して馬力を出していたからだ(しかもインタークーラー付きである)。

当然、ノッキングを起こすような燃料では困るので、相応に質のいい燃料が求められる。そこで有鉛ガソリン、つまり四エチル鉛を添加するようなことが普通に行われていた。

ところが、燃料の供給に事欠くようになると、質のことなどいっていられなくなる。それより前の問題として、まず燃料があるかどうかの方が問題になってしまうのだ。燃料があっても質が悪いのでは、センシティブな高性能エンジンは回せない。

ところが、第2次世界大戦の末期にはすでに、ジェット戦闘機を実戦投入する事例が出てきていた。ジェット・エンジンが使用するガソリン(当時はケロシン系ではなかったらしい)は、高性能のレシプロ・エンジンが使用するガソリンより質が悪くても「なんとか使えた」という。

Lockheed Martinが開発したアメリカ軍初の実用ジェット戦闘機「F-80 シューティングスター」の試作機「XP-80」 写真:U.S. Air Force


だから、質の悪いガソリンしか手に入らなくなった時に、ジェット戦闘機がある種の救世主として期待された部分がある。といっても、エンジンの寿命が短い上に信頼性が低く、しかも機体の数がそんなにそろわなかったから、それだけで戦局を逆転するわけにはいかなかった。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。