「なかしゅんべつ未来牧場」で搾乳に励む池田さん(手前左)。牛の一命を取り留めた経験は人生の財産になっている(北海道別海町で)

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 北海道別海町の中春別地区で、移住してきた都会の若者が続々と酪農家として育っている。道外の移住者が新規就農できる環境を地域ぐるみで整え、「田園回帰」の流れをつくってきた。今では酪農家160戸のうち、4分の1が移住者だ。「よそ者」を受け入れる土壌が、家族経営を希望する酪農家を育て、その姿に憧れた次の移住者を呼び込むという好循環が芽生えている。(尾原浩子)

基本は家族経営 研修・環境整える


 人口1万5000人に対し牛の頭数12万頭という、全国屈指の酪農地帯の同町。中春別地区の「なかしゅんべつ未来牧場」では、東京都目黒区出身の研修生、池田早保美さん(24)が毎日黙々と牛の乳搾りをしている。都会の暮らしより、自然がある生活に憧れていた池田さん。今では早朝の搾乳にも慣れた。池田さんのパートナーで、同じく研修中の宮本真之介さん(23)も「酪農家になると覚悟を決めて移住したが、実際やってみても楽しくて仕方がない。つらいことも含めて楽しい」とやりがいを感じている。

 2人は大学時代に同町の酪農家の下で研修を受けたことが縁で、同町を生涯の場所に決めたという。研修は残り2年。いずれはJA中春別の仲介で離農予定者から経営を引き継ぎたい考えだ。

 同牧場は、2017年にJAの酪農研修センターとして稼働を始めた。コンセプトは「家族経営の酪農家を育てる」こと。地域ではロボット牛舎など大規模・機械化が進むが、移住希望者は「家族の時間を大切にしたい」「人を雇用するのではなく、自分が管理できる範囲内で牛を飼いたい」という思いを持つ人が多いという。そうした声を尊重し、家族経営をモデルにした研修をする。

 札幌市出身で元会社員の竹田全(あきら)さん(29)も新規就農を目指し、今年から同牧場で働く。移住した6年前は同牧場はなかったが、移住者を地域ぐるみで育てる人々の温かさに引かれたという。「酪農家になりたいという都会出身の同世代はいるけれど、お金が要るし、農業は世襲だと思っている。酪農が仕事の選択肢になる移住場所はとても貴重だ」と語る。

 酪農を新規に始めるには牛の導入、農地取得などで10億円超の資金がかかる。そのハードルを下げようと、同地区では離農予定者からのバトンタッチを後押ししている。

 JA、農業改良普及センター、町など関係機関が一丸になって、経営や技術の面でも支援。作業受委託組織、哺育育成センター、酪農ヘルパーなど、酪農家が搾乳に専念でき、休みも取りやすいシステムを確立している。

 同地区では道外の大学に協力して研修する学生を受け入れるなど、幅広い酪農体験で関係人口を育んできた。同牧場の研修生も、フェアなどで呼び掛けるだけでなく、口コミで評判が広がった。

 近年は離農しても地区にとどまる人が増えているため、移住者の住居の確保が今後の課題だ。同牧場の友貞義照専務は「この地区には『よそ者』という言葉は存在しない。多様な人がいるから、移住者でも異業者でも入りやすい大らかさがある」と強調する。