妻の美咲が口をきいてくれなくなって3日。平静を装いつつ会社に通い続ける夫の誠だが、理由もわからないまま月日は流れ……。

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 集英社のノンフィクション編集部サイト「よみタイ」で最新話が更新されるたび、「うちの家庭を覗かれているみたい」とネットを騒然とさせたコミックエッセイ『妻が口をきいてくれません』が11月26日に発売された。そこで、著者の野原広子さんに、連載の経緯や40歳を過ぎてデビューすることのメリットなど前後編に渡って話を聞いた。(全2回の1回目/第2回を読む)


『妻が口をきいてくれません』(集英社)より

謎ときから始まった『妻が口をきいてくれません』

――『妻が口をきいてくれません』おもしろかったです! 夫視点と妻視点の2部構成になっていて、両者のリアルな感情の変化もさることながら、夫パートの伏線が妻パートで次々に回収されていくのが気持ちよくて。終盤の展開にも驚かされました。全体の流れや最終回を決めて始められたんですか?

野原 この作品、謎解きとして始めたんです。というのも、「何年も前から妻が口をきいてくれないんだ〜」と言っている知人がいて。ついに「離婚しよう」と切り出したら、奥さんに「イヤだ」「別れたくない」と言われたそうなんです。ずっと口をきいていないのにどうゆうこと?と。描いていくうちに、「こういうことだったのかな」と理由が見えてきて、最後まで描くことができました。

――誠が離婚を切り出したとき、美咲の口から出た気持ちとは裏腹のセリフ! あのシーンはインパクトがありました。そこにご自身なりの考察が入っているんですね。

野原 色々本も読みました。夫側に関しては、ネットで検索すると、「妻が口をきいてくれない」という悩みが結構出てくるんです。悩みは深いけれど、表面上はそう見えなくて、淡々と日常を過ごしているんだろうなぁという部分も埋め込んでみました。

――SNSでは、女性読者の「美咲の気持ちがわかりすぎる」「自分の父と母がそうだった」といった意見が目につきました。

野原 エゴサーチはしないんですけど、女性陣が深く、真剣に怒っている空気感は伝わってきています。

――妻パートになって初めて、事の起こりは5年以上前だったことが明らかになります。誠の行動ひとつひとつがあるあるの宝庫で、男性読者はかなりヒヤヒヤしたんじゃないかと思うのですが。

野原 そうですね。私が幼かったころ両親がケンカして、母が「子供たちが大きくなったら離婚してやる!」と言ったことがあるんです。それを思い出しながらエピソードに入れてみたんですけど、どの立場でも皆さん経験があることかもしれないですね。

――確かに、妻側、夫側だけでなく、子どものとき同じような体験をした方も多そうです。登場人物は全て少しずつご自身の要素が入っているんですか?

野原 最初、美咲の気持ちだけは本当にわからなかったんですけど、徐々にかわいい人だなと思えてきました。私はドライなので、離婚準備を進めるなかで旦那に離婚を切り出されたら、「よし!」となりますから。

――私もそっちです。実は離婚経験がありまして。

野原 私も離婚したのですが、そこで初めて誠側の気持ちもゆとりを持って見れたと思います。自分が渦中に居たら、客観視できなかったと思うんです。

 雨のなか外出しようとする誠の背中を見て、美咲があるセリフをつぶやくシーンがあるんですけど、それは今まさに渦中にいる人から聞いた話で。心の奥底からでたセリフだなぁと、今回使わせていただきました。

――そういったリアリティーもそうですが、セリフが必要最小限にまとめられていて、テンポもいいので、サクサク読み進められますよね。ネームには時間をかけていらっしゃるんですか?

野原 実を言うとそうでもなくて。特に前半の誠は単純な人なので、ぽこぽこネームが出てきた感じです。

「そのままでいてほしい」夫・誠に対して思うこと

――ちなみに、美咲や誠に対して、どのような感情をお持ちなんでしょう?

野原 誠にはそのまま抜けている感じのままでいてほしいですね。美咲からしたら腹がたつんでしょうけれど、このぐらいがちょうどいいというか、重くなくいてほしい。美咲は意地を張っちゃったみたいですけど、素直に生きていってほしいです。でも、知人の話がもとになっているからそう思うだけで、妻目線からスタートした話だったら、違っていたかも。

――では、先に妻側からこの話を聞いていたら、どんなアドバイスをされますか?

野原 難しい質問ですね。うーん、それでもやっぱり、「素直になってみなー」ですかね。誠もそこまで意地の悪い男ではないので、ちゃんと話せばわかると思うんです。

 ただ、育児や、家庭や、学校のことでいっぱいいっぱいになって余裕がなくなると、夫に鬱憤をぶつけるしかないというのは分かります。子育て中の余裕のなさは、自分で思い返してもびっくりするぐらいですから。美咲の場合、夫にぶつけられなかったのでこうなっちゃったのかなという気がしますね。

――外であたりちらすわけにもいかないですし。

野原 そうそう。夫にあたりちらす代わりに無言という形で表れたのが美咲なんだろうなと思います。誰が言ったかは忘れちゃったんですけど、ある仲良し夫婦が「夫婦円満の秘訣は何ですか?」と聞かれて、夫が「土下座して謝ることです」と答えていたんです。妻をうまく怒らせてあげるのが、夫婦円満の秘訣なのかなと。

同じ空間にいるはずなのに、この2人はどこに居るんだ?

――ガス抜きということでしょうか。

野原 じゃあ、夫はどうすればいいんだ?という話ですが、取材中に「今は奥さんより、アイドルに夢中で」とか、「別のことに走ろうと思ってるんだー」という旦那さんが結構いて。不和を解消するため時間を割くのではなく、別のことにシフトするのが利口な解決法なのか……。妻は家に居て、延々怒っているわけですから。

「同じ空間にいるはずなのに、どこに居るんだ、この2人は?」と思ったのがきっかけで、今回、夫パートと妻パートの2つに分けたんです。

――なるほどですね。アイドルにしろ、なんにしろ、男性の方が外に目を向けている人の割合が多い気はします。それは、経済を握っている側の強さでもありますよね。誠がCDを大人買いする一方で、美咲が毛玉だらけのセーターを着ているのを見て、「美咲ちゃーん!」ってなりました。

野原 不憫ですよね。がんばってほしい!

――ちなみに、最後にすごいシーンがあるじゃないですか。あのシーンは何から着想したんですか?

野原 『探偵!ナイトスクープ』って番組があるじゃないですか。過去に、「23年間会話のない夫婦」って回があったんですけれど。

――覚えてます! 探偵と子供たちが、2人が会話するのを離れた場所から見守って。

野原 覚えてます? あの旦那さん、拗ねてただけで、奥さんのことが好きだったんですよね。それがすごく印象に残っていて。

 私には妹がいるんですけど、彼女が結婚するとき、母に「もうみんな大人になったから離婚するの?」って聞いたんです。そうしたら父が、「そんなことないよな⁉︎」って冗談半分なんですけど泣いたんです。その時、母は何も言わなかったし、私も何も聞かなかったんですけど、その後も離婚しなかったところをみると、「お母さんは嬉しかったのかな」と。それを思い出しながら描きました。

――おぉ! やっぱりリアルな話はすごいですね。

野原 ですよね。それこそ皆さん、いっぱいネタを提供してくれますし。ただ、夫婦のどちらかが口を聞いてくれないという話に関しては、解決した人は教えてくれますけど、渦中の人は教えてくれないですね。そりゃそうなんですけど。

 最初の知人の話もまさか!でした。あなたたち、手を繋いで仲良さそうに歩いていたよね?って。夫婦って、本当にわからないですね。

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「子育て中は『クレしん』しか読めなかった」…『妻が口をきいてくれません』作者がコミックエッセイを描く理由 へ続く

(山脇 麻生)