ブルーライトメガネ」のヒットは行動経済学的にも正しかった(写真:Ushico/PIXTA)

2017年にノーベル経済学賞を受賞したことから注目を集める「行動経済学」。今も多くの関連書籍の出版や記事が発信されるが、いまいち社会に普及しない理由とは?

「ブルーライトメガネ」や「アメリカンスピリット」など行動経済学を用いたマーケティング戦略の複数の成功例と併せて解説。HR Design Lab.代表の楠本和矢氏による『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』から一部抜粋・再構成してお届けします。

今、最もホットなビジネス理論の1つである「行動経済学」。2017年にリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞(2002年にもダニエル・カーネマン教授が行動経済学で同賞を受賞)したのをきっかけに、改めてクローズアップされ、行動経済学の各種理論を解説する書籍も数多く刊行されるなど、今もなお継続的に注目されています。

そんな中で、政府も行動経済学を政策に採り入れようとする動きがあります。2019年に、経済産業省内に「METIナッジユニット」が組成され、セイラー教授が提唱している「ナッジ」の政策導入検討が始まったり、新型コロナウイルス対策の専門委員会メンバーに、日本の行動経済学の権威である、大阪大学の大竹文雄教授が任命されたりと、ようやく脚光が当たり始めた感があります。

なぜ「行動経済学」が普及しないのか?

注目が集まり始めている行動経済学。理屈が何となくイメージできたならば、次に考えるのは「マーケティング戦略」への活用です。それが、人間の心理を踏まえて人を動かしていくアプローチならば、概念的にマーケティングが最も近い場所にあります。逆にここにブリッジがかからないと、活用の範囲は大きく狭まります。

行動経済学の教科書やWebサイトに載っている、わかりやすい事例をみると、転用することは何となく簡単なように思えます。しかし、それが十分にマーケティング領域において活用されているかどうかと言えば、正直まだまだ十分でないと考えます。今の時代において非常に重宝しそうな反面、十分に普及していないのはなぜでしょうか。

その阻害要因として、以下の3つの仮説が考えられます。

,修發修盡斥佞難しいから

行動経済学では、とにかく1つひとつの理論に難解な名前が施されています。「ツァイガルニック効果」「エンダウド・プログレス効果」「ヴェブレン効果」……など、一度それを聞いただけでは到底覚えられません。さまざまな学者が理論を発表しているがゆえ、仕方ないことかもしれませんが、あまり現場での運用を考慮している印象はありません。

体系化されていないから

いろいろな理論はありますが、部分と全体、総論と各論の関係などでうまく整理されておらず、たださまざまな理論が野放図に並んでいるだけ……という印象があります。さまざまな理論を体系的に纏める人がいなかったということが要因でしょうか。さまざまな理論の中で、どれが「より確からしい」と認められているのかもやや不安です。

8‘ぅ侫譟璽爛錙璽になっていないから

もちろん、行動経済学は、マーケティング戦略のためだけに存在しているものではないので、文句を言っても筋違いですが、「これを順に検討していけば、一通りの何かが完結する」という検討の流れになっていないので、個別の理論を1つひとつみていかなければならず、結果として検討のとっかかりをつかみにくいのです。

実務家としてのそのような考えを踏まえ、行動経済学をマーケティングに活用するために、以下のような作業を行ってみました。

・現実的に、マーケティング戦略に使えそうな理論だけ抽出する
・マーケティング施策の検討ステップと同期させ、各理論を当て込む
・各理論について、複雑な名前は排除し、直感的にわかる名称とする

その作業の結果、以下で示す「5つのカテゴリー」に、4〜7つずつ行動経済学の理論をプロットし、最終的に「26の切り口」にまとめることができました。

々ゴ暁知をつくる
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Lノ賄に感じさせる
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これらはすべてを網羅して検討するための「フレームワーク」ではありません。あくまでマーケティング施策アイデアを創発するための「ツール」であるという前提でご活用いただくためのものです。本稿では、マーケティング戦略で特に重要な、【⊃靴燭淵法璽困鯀禄个垢襦曚箸いΕテゴリーについて、一部をご紹介したいと思います。

ヒットの理由は「敵」を作ったから

今やすべての市場は成熟化が進んでいます。多種多様な商品/サービスがあふれかえり、生活者の欲求もかなり細かいレベルで満たされているなか、調査等を通じて、まだ手つかずのニーズを探し当てるというのは至難の業。そんな難しい時代を突破するためには、「ニーズ自体を新たに創り出す」「ニーズがあったように思わせる」アプローチが不可欠になります。

切り口例1:新たな「敵」の紹介(活用理論:損失回避性)

誰もがそう思える「新たな敵」を紹介し、認識を作った後、その敵から身を守る手段として、その商品/サービスを紹介する方法です。

非常にわかりやすい事例として、「ブルーライトカットメガネ」の戦略があります。PCなどから出る目に有害な光について、「ブルーライト」という言葉や、その危険性を世間に紹介し、社会が認めるわかりやすい「敵」に関する認識を生み出したうえで、それを防止するメガネをリリースし、普及に成功しました。

ベースにある理論は、「損失回避性」です。得をすることよりも、損をすること、リスクにさらされることについて、過大に反応してしまう傾向を指します。本アプローチについては、紹介された「新たな敵」によって、自分の何かを脅かされている状態から回避したい、という気持ちを作ることを狙うものです。

切り口例2:いい言い訳の提供(活用理論:確証バイアス)

ホンネとして何らかの「罪悪感」を持ってしまいやすい商品/サービスの利用に際し、それらを利用しても、気持ち的に救われる理由を提供する方法です。

こちらも事例をご紹介します。タバコのブランド「アメリカンスピリット」です。当該ブランドはメッセージに、「農業」や「オーガニック」などの、社会善的な内容を込めました。タバコには不健康イメージが伴いますが、ユーザーに「社会につながっている」「農家に貢献している」という、利用の言い訳を提供することに成功したと考えます。

ベースにある理論は「確証バイアス」です。自分の考えを正当化するために、それを証明する情報ばかりを探してしまい、ネガな情報に注目しない傾向を指します。本アプローチについては、それを選択する際のわかりやすい「大義名分」を与え、通常生じている「少しの罪悪感」を払拭することを狙うものです。

「婚約時にはダイヤモンドの指輪を」のスゴさ

切り口例3:節目需要の創出(活用理論:アンカリング効果)

ライフステージや日常生活における、ある「節目」において、その商品/サービスを購入することが定番である、というイメージを形成する方法です。


本アプローチを最もわかりやすく理解できる事例として、「ダイヤモンドの需要創造」の取り組みがあります。ダイヤの需要が落ち込んだ時代、「婚約時にはダイヤの指輪を」という、需要創出型のキャンペーンを展開し、婚約時の必須アイテムという認識を生み出し、大きな成功を収めました。

ベースにある理論は、「アンカリング効果」です。与えられた情報や数値が、何かを判断/評価する際の「基準」となって影響をもたらしてしまう傾向を指します。本アプローチについては、明確なタイミングを購入のアンカーとして機能させることで、自然にそのタイミングにおける需要を生み出すことを狙うものです。

今回はほんの一部のご紹介でしたが、いかがでしたでしょうか。お気づきのとおり、難しそうな理論でも、わかりやすくカテゴリーを整理したり、少し角度を変えてみたりするだけで、ぐっと活用のイメージが湧いてくるものです。ぜひ参考にしてみてください。