「私のことアリじゃなかったの?」オトせたと思っていた男の態度が、翌朝になって急変したワケ
彼のことが、好きで好きでたまらない。…だから私は、どこまでも追いかけるの。
好きすぎるせいで、何度も連絡してしまう。愛しいから、絶対に別れたくない。彼を離したくない。
こんな愛し方は異常だろうか…?だけど恋する女なら、誰だってそうなる可能性がある。
「私の方を振り向いて。ちゃんとあなたの、そばにいるから」
これは、愛しすぎたゆえに一歩を踏み間違えた女の物語。
―寝顔、カッコいいな。佐伯さんと、まさかこんな風になれるなんて夢みたい。
スッと通った鼻梁も長いまつ毛も、佐伯の全てが愛しく思えてきて、仁美はにんまりと微笑んだ。
佐伯は仁美にとって、なかなか手が届かない“憧れの会社の先輩”といった存在だった。
だから、そんな彼が自分の部屋で寝ていることが信じられず、自分の家であるはずなのに、なんだか別の人の部屋にいるような感覚がする。
カシウエアのブランケットを手繰り寄せながら、そんなことをぼんやりと考えていたそのとき、ふと彼が目を覚ました。
「仁美ちゃん、おはよう」
彼は慣れた手つきで優しく仁美の腰を抱き寄せると、左手で頭を撫でてくる。ゴツゴツとした男らしい手に髪を撫でられ、仁美は思わずうっとりとした表情になった。
「ねえ、佐伯さん」
仁美は佐伯に抱きしめられたまま、甘えたような声を出す。
「んー?」
「次、佐伯さんが大阪に来たときも、またこうやって会えるかなあ?」
佐伯の真似をするように、彼の柔らかい黒髪をそっと撫でながら、仁美は問いかける。
「…うん、会えるよ。毎回は無理かもしれないけどね」
佐伯がそう言った瞬間、仁美は目の前が真っ暗になったような気がした。
仁美が絶望したワケ
彼と初めて出会ったのは、社内研修でのことだった。
仁美が新卒から6年勤めているのは、誰もが一度は耳にしたことがある有名な大手保険会社の大阪支社。
そこで月に一回行われる社内研修には、毎回東京本社から担当者がやってくる。ここ数回は、本社で営業成績がトップだという佐伯が、研修の講師を担当しているのだ。
佐伯は30代半ばくらいだろうか。28歳の仁美にとって、彼の落ち着いた大人の色気は魅力的に思えた。
それにスラリとした体型と、こちらを見据える大きな瞳。物腰柔らかだが聡明な話し方。さらに飛び交う質問にもサッと答える、頭の回転の速さ。
そのどれもが素敵で、仁美は一瞬にして佐伯に心を奪われてしまったのだ。
そして彼が研修をするようになってからというもの、“面倒くさい”としか思えなかった時間が楽しみになった。
むしろ仁美たちの前に立つ佐伯を見つめ、口元が緩むのを必死に我慢しているぐらいだ。研修中に目が合うたび、胸の高鳴りは加速していくばかりである。
しかし仁美のひとめぼれで始まったこの恋。佐伯とは、なかなか研修以外で接点を持つことはできなかった。
そんなとき仁美の身に、ある“ラッキーな出来事”が起きたのだ。
「それでは、本日の研修はこれで終了です。お疲れさまでした」
それは、昨日の研修終わりでのこと。
佐伯が研修終了の合図を告げた瞬間、室内はざわつきはじめ、皆は順番に会議室を出て行く。
しかし仁美だけは席を立とうともせず、ネクタイをほんの少し緩めながらパワーポイントを終了する佐伯の姿を見つめていた。
スクリーンに一瞬だけ佐伯のデスクトップ画面が表示されたのを見て、仁美はプライベートを覗き見たような気持ちになり、なんだか照れくさくなる。
すると研修を終えた佐伯の前に、数人の女子が集まりだした。…何やら先ほどの講義について質問をしているようだ。
―これってもしかして、佐伯さんと距離を縮めるチャンスかも?
このチャンスを逃すまいと、仁美はその輪の方へ向かって行く。すると、彼女たちが踏み込んだ質問をしているのが聞こえてきた。
「…佐伯さんって、彼女とかいるんですか?」
「いや、彼女はいないけど?」
ほぼ初対面の社員からプライベートなことを聞かれているのに、佐伯は怒るでもはぐらかすでもなく、淡々と答えている。
その優しさにうっとりとしながらも、佐伯が発した「彼女はいない」という言葉を噛みしめた。
―あんなに素敵な人なのに、彼女いないんだ。
一方、佐伯を取り囲む女子たちも「本当ですか〜?」と茶化しながらも嬉しそうにしている。…これはライバルが多そうだ。
仁美は彼女たちを少しでも出し抜くため、勇気を出してこんなことを言ってみた。
「…あの、佐伯さん!営業のことで詳しく聞きたいことがあって。もしよかったら今夜、飲みに行きませんか?」
「へえ。夏川さんって仕事熱心なんだね。いいよ、行こう」
佐伯が快諾してくれたこと以上に、名前を覚えてくれていたことに驚き、仁美の心臓は大きく跳ね上がる。
結局、その場にいた女子数名も一緒に食事に行くことになったが、そんなことが気にならないほど、仁美は浮かれ気分でいたのだった。
ドキドキしていた仁美に、佐伯は…?
その日の夜。
佐伯と仁美、そして数名の同僚女子で、大阪・北新地の街に繰り出した。東京在住の佐伯は大阪のお店にも詳しくて、紳士的に振る舞う彼にさらにドキドキしてしまう。
そんな佐伯と急激に距離が縮まったのは、二軒目に訪れたバーでのことだった。
周囲の女子に気圧されて、一次会では佐伯とほとんど話せなかった仁美。そんな自分を気遣ってか、バーでは佐伯が仁美の隣に座ってきてくれたのだ。
「夏川さん、せっかく仕事の相談をしたいって誘ってくれたのに、全然話せなくってごめんね?」
薄暗いバーとはいえ、至近距離で佐伯に顔を覗き込まれ、仁美は緊張のあまり押し黙ってしまう。
オシャレな間接照明のおかげで、照れて赤い顔をしていることが彼にバレていなさそうなことが、せめてもの救いだと仁美は思った。
ひと通り仕事の話を終えた後、仁美はずっと気になっていた疑問を口にした。
「…そういえば佐伯さん。どうして私の名前だけ、ご存じだったんですか?」
大勢いる社員の中で、自分の名前だけを覚えていたことが、不思議でならなかったのだ。
「いや。以前の研修から、夏川さんとは本当によく目が合うなって思ってて。…正直、俺のタイプだったから気になって名簿見たんだよね」
…そう言って佐伯にジッと見つめられた瞬間、「もう逃げられない」と仁美は悟ったのだった。
◆
仁美は、佐伯が帰った後の寝室でひとり、物思いにふける。
あの後、終電間近になって佐伯はホテルに戻ろうとしたが、仁美が「もう少し飲みたい」とこっそりお願いし、自宅に誘い込んだのだった。
昨日の食事でも、家に誘い込んでからも、自分のことを“アリ”だと思ってくれていたと思う。
佐伯だってそう捉えられてもおかしくない発言や行動をしていた。それなのに朝になって急に、その雰囲気が佐伯から消えていたのだ。
―やっぱり展開が早すぎたよね。それより実は彼女がいたりして。
仁美は頭の中でグルグルと考え、ひとりで勝手に落ち込む。そのとき、佐伯が帰り際に発した言葉をふと思い出した。
「まあでも、なるべく会えるようにするよ。仁美ちゃんすっごく綺麗だしね」
こういうタイプの男性は、ハマるとヤバいということは仁美も自覚している。
だけど佐伯と一晩を過ごして、もっともっと彼のことが好きになってしまったのだ。
「ここからもっとがんばって、彼に見合う女になろう…!」
そう自身に言い聞かせた仁美は、心の奥でひっそりと、佐伯への片思いを続ける決意をしていた。
…だが、数日後。仁美は重大なことに気付いてしまったのだ。
それは、佐伯のプライベートな連絡先を一切教えてもらえていなかったということ。普段は社用アドレスで事が足りていたから、そのことに気付くまで時間がかかってしまった。
しかもそれに気付いたのは、佐伯が東京本社に戻ってしまってから。
もしかして本当に「もう次はない」と思われていたのだろうか。そう考えると、仁美の中には急激に焦りが出てきた。
―佐伯さん、次はいつ大阪に来るんだろう?
このままでは本当に“一晩だけの関係”で終わってしまう。…そんなのは、絶対にイヤだ。
なんとしても佐伯とコンタクトを取りたいと思った仁美は、彼の社用アドレスにメールを送ってしまった。
パッと見ただけでは内容が分からないように、メールのはじめはビジネスライクな文章にしてカモフラージュさせて。
それなのに1週間経っても、佐伯から連絡が返ってくることはなかったのだった。
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メールが返ってこなくて不安になった仁美が、とった行動とは…?