【書評】『アートにみる身ぶりとしぐさの文化史』 作品の意味、深層に迫る

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 かのナポレオン皇帝が胸を張り、膨らんだベストのなかに右手を深々と入れて立つ肖像画に見覚えのある人は少なくないだろう。

 本書によれば、そのように手を隠すしぐさは当時、「堂々として見える」という理由で高い地位を誇る要人の肖像画としては一般的だった。

 と同時に、利き腕を服の中に入れることで、相手に対して「悪意も攻撃の意思もない」ことを、さらに言えば「自分は完全に優位な立場にあり、(中略)守りの姿勢に入る必要もない」と強き指導者であることを誇示する意味があった。

 芸術作品で表現された身ぶりやしぐさ、いわゆるボディーランゲージは、いろいろなことを鑑賞者に教えてくれる。目や口に負けず劣らずものを言うということだろう。表現されているさまざまなボディーランゲージを通して、時に「馴染(なじ)みのない伝統や慣習」など作品の隠れた意味、深層に本書は迫る。

 欧米やアジア、アフリカなど地域を限定せず、民芸品や現代アート、ストリートアートなど幅広いジャンルを対象に多彩な作品を挙げて例証する。東洲斎写楽の《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》もよく知られた作品だろう。いかにも悪人面(づら)をした男が懐から両手を突き出し、今にもつかみかかろうとしている絵だ。このつかみかかる手というボディーランゲージは、専門的には意図運動と呼ばれ、その人物が次にどんな行動に出るのかを示しているという。さしずめ悪人面の男は、相手の首を絞めようとでもしているのだろう。

 ちなみにつかみかかる手が怒りや復讐(ふくしゅう)心を表すという本書の説明は容易に理解できても、特定の文化においてのみ発展したしぐさゆえにわかりづらいものもある。古い例として、手袋でたたくというのがある。はめていた手袋を外して相手の顔を軽くたたく。ただのけんかのように見えるが、17世紀のヨーロッパでは「無礼を働いた者に対して決闘を申し込む際の正式な示威行為の形」だった。騎士が籠手(こて)を脱ぐ、あるいは地面に投げ捨てるなども同様の意味があったようだ。

 ボディーランゲージに隠された意味、深層に触れ、作品がいっそう輝いて見えるのは言うまでもない。(デズモンド・モリス著、伊達淳訳/三省堂・3600円+税)

 評・石川健次(東京工芸大教授)