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現在75歳、サラリーマンならとっくに定年だが

「素顔のタモリさんは普通の人。面白い話をするわけではないので、知らない人が彼と会話をしたら、おそらく間が持ちません。それが、サングラスをかけ、髪をセットすると、『エンターテイナーのタモリ』に変わる。こんなタレントはほかにいませんよ」

そう語るのは元テレビ朝日取締役制作局長・皇達也氏(79)である。1986年に始まった『ミュージックステーション』の初代総責任者で、87年にタモリを2代目司会に起用した。ちなみに初代司会者は関口宏氏(77)だった。

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『Mステ』登板時には41歳だったタモリも既に75歳。後期高齢者だ。サラリーマン社会ならとっくに定年を迎えている。引退の可能性はあるのだろうか。

「ありませんよ。健康状態に問題が生じない限り、現役を続けます」(皇氏、以下断りがない限り同じ)

タモリは自分からは仕事を降りない人なのだ。それはタモリの個人史が証明している。

例えば2014年まで32年も続いた『笑っていいとも!』(フジテレビ)はタモリの生活をかなり制約したが、降板したいと言ったことは一度もないとされている。

かといって仕事への執着があるわけでもない。『いいとも』が終了した際も淡々としていた。レギュラー出演陣が涙し、視聴者が強くロス感を訴えようが、涼しい顔だった。

「タモリさんと付き合った人なら誰でも同じことを言うでしょうが、彼には欲というものが一切ないんです。お金についてだけでなく、仕事面もそうで、任せされた仕事はきっちりやってくれるものの、自分を売り込むようなことは決してしない」

「私じゃなくてもいいんじゃないですか」

仕事面で欲がないことを表す格好のエピソードを紹介したい。タモリのテレ朝での本格的な初レギュラー番組は1981年に始まったバラエティー『夕刊タモリ!こちらデス』。好評だったものの、編成上の都合により1年間で終了を余儀なくされた。
代わりに皇氏が用意したのが1982年にスタートした深夜番組『タモリ倶楽部』だった。

「タモリさんには『しばらく深夜で遊んでいてくれ』と頼みました。本当に彼が好きに遊ぶ番組になったので、とても喜んでくれた」

その5年後、皇氏が『Mステ』の2代目司会者への就任を打診すると、タモリから意外な言葉が返ってきた。「「『タモリ倶楽部』があるし、私じゃなくてもいいんじゃないですか」

制作費が安く、視聴率を取りにくい深夜番組を優先し、花形であるゴールデンタイムの番組への出演を渋るタレントはまずいない。本当に欲が見られない。

かつてタモリは「やる気のあるものは去れ」と口にしていたが、これも欲のなさを表している。望まれたらやるが、そうでなかったら、やらない。良い意味で流されて生きることを信条としているのではないだろうか。

芸風にもそれは表れている。1976年のメジャーデビューからしばらくは「4カ国語麻雀」「イグアナのモノマネ」など今のタモリからは考えられない芸を見せていたが、話題にならなくなると、ピタリとやめてしまい、封印した。

1980年代にはさだまさし(68)と小田和正(73)が嫌いであることをギャグにしたものの、ファンから反発の声が上がり始めた途端、やめた。ファンの声に抗おうとはしなかった。やはり流されることを選んだ気がする。

信頼される人

そもそも、早大を除籍になり、郷里の福岡に帰って就職し結婚までしていながら、ジャズピアニストの山下洋輔氏(78)のラブコールに応じて再上京したのも、流されたように思える。

最初から芸能界に色気があったら、おそらくUターンなどしない。また、結婚後の再上京という選択も大抵の人は躊躇うだろう。

それは不真面目とは違う。タモリの番組のリハーサルと本番を初めて見た際、脚本に忠実に従う姿勢に驚いた。「任せた仕事はきっちりやってくれる」と信頼されるのもうなずける。安心して一緒に仕事が出来る人に違いない。

健康面の不安は現時点ではないようだ。若いころから不摂生をしていないのが大きいはずだ。

「タモリは昔から一切遊びません。銀座のクラブでハシゴをしたり、西麻布で飲んだりすることが全くない」

新型コロナ禍の前はたびたび自分のヨットの係留先である静岡県沼津市へ通っていた。タモリが1級小型船舶操縦士の免許を持っているのは知られている通りだ。

ヨットに乗らなくても沼津でのんびり過ごすことが多かかった。銀座で飲み歩くより、ずっと健康的だろう。

「タモリさんと話していると、『じゃあ、この後は飯に行こうか』と誘う気にもならないんです。そう言わせない雰囲気がある。かといって話していて不快な思いをしたことは一度もない。やはり常識のある普通の人なんです。ビートたけしさんは遊び人のインテリですが、タモリさんは遊ばないインテリ」

ちなみに皇氏は『ビートたけしのTVタックル』の初代総責任者でもある。

存在感は強いが、アクは感じられない

ほかに皇氏はタモリの特異性について、「芸人でもありながら、ゲラゲラと笑わせるタイプではないこと」を挙げる。確かに例え若いころであろうが、「R-1グランプリ」を勝ち上がるのは難しいかもしれない。

にもかかわらず、どうして45年近く第一線で活躍を続けられてきたのか。

「まず、嫌われないからではないですか。『タモリなんて嫌い』という人はほとんどいないはず」

これも常識をわきまえた普通の人であることと関係するだろう。まだある。

「存在感は強いが、アクは感じられないところがいいんでしょうね。これも欲のない人だから、そうなれる。また、知的なオーラが出ているものの、インテリであることをひけらかさないのもいい」

さらに皇氏が感服するのは『タモリ倶楽部』で一生懸命に遊んでいるところ。

「もともとタモリが遊ぶ番組ですが、一生懸命に遊んでいる。見る側にも楽しんでもらうためです」

確かにタモリが番組内で嬉々としていると、見ている側まで愉快な気分になる。やはり任された仕事は本気でやってくれる人なのだ。

結果、『タモリ倶楽部』は開始から38年が過ぎても色褪せず、『Mステ』を33年間も背負い続けている。『ブラタモリ』(NHK)も最初の放送から12年が経過した。

「大学時代にジャズマンだったので、アイドルたちも登場する『Mステ』には当初、戸惑いもあったようですが、楽しんでやってくれるようになりました」

もっとも、タモリの本心を知るのは簡単ではないという。サングラスを掛けているので目の表情が読み取れず、もともと感情が顔に出やすい人ではないからだ。

「『Mステ』の司会に就いてもらった当初は楽しそうに見えず、『もっと番組を楽しんでくれよ』と頼んだものです。ところがタモリさんからは『いや、私は十分楽しんでるんですけど』と言い返されました(笑)」

見る側はまだまだタモリに楽しませてもらえるだろう。