―もしあなたが、 ”善人の顔をした悪魔”と仲良くなってしまったら…?

世の中には、こんな人間がいる。

一見いい人だが、じわじわと他人を攻撃し、平気で嘘もつく。そうして気がついた時には、心をパクッと食べられている…

そう、まるで赤ずきんちゃんに出てくるオオカミのように、笑顔の裏には激しい攻撃性を隠しているのだ。

◆これまでのあらすじ

ユリアとは距離を置くと決めた途端、誰かから結衣の上司宛に“愛人をしている”と事実無根の嫌がらせのメールを送られた結衣。真っ先にユリアを疑うが…?

▶前回:「奥さんが傷ついているので、やめてください」会社に届いた一通のメールで、女の日常が壊れ始め…




「どうして私なの…」

“私が愛人をしている”という事実無根のメールが、クライアント宛に送られてから一週間。

配慮のある上司のお陰でそこまで大事にはなっていないものの、一部には漏れているのか、会社へ行ったらヒソヒソ話が聞こえる。

本当のことだったら仕方がない。それは自分が蒔いた種だから。

だが全く身に覚えのない噂で、しかも仕事とは何の関連もない理不尽なことで足元をすくわれたのが悔しすぎて、雨が降りしきる赤坂の街を、唇を噛みしめながら歩く。

なんとか涙をこらえていたけれど、精神的にはすっかり参っていた。

段々と雨脚が強くなり、傘に当たる雨の音が大きくなる。不意にどこかから、カツカツというヒールの音が聞こえた気がした。

ーあの女が、やってくる…。

この都会のどこかに潜む黒くて大きな闇に呑み込まれそうな恐怖を覚え、慌ててタクシーに飛び乗った。


一度ハマったら地の果てまで追いかけられる、黒ずきんの罠


翌日。目を覚ますと、頭が割れるように痛い。

とにかく現実が嫌になり、普段は飲まないウイスキーを昨夜飲んだせいだ。

SNSを開けばユリアの投稿がすぐに目に入ってくるので、見る気にもならない。あの漆黒の長い髪を見るだけで、気分が悪くなるのだ。

ー相当堪えてるな、私…。

何もする気にならず、カーテンも開けていない暗い室内でぼうっとしていると、LINEが入った。健人からだった。

-健人:しつこくてごめんね。急だと分かっているけど、今夜忙しいかな?行きたいお店があって、結衣ちゃんに付き合って欲しいなと思って(^^)


「健人さん…」

そう、こんなところでくじけている場合ではない。このまま泣き寝入りしていたら、こちらの負けになる。戦わなくては。

私は健人の誘いに“行きます”と返信をし、シャワーを浴びるために立ち上がった。




「結衣ちゃん、なんか痩せた?」
「え、そうですか?最近ちょっと忙しかったからかなぁ」

お店に着くなり、健人は心配そうに尋ねた。人の良さそうなこの笑顔を見ると胸がキュッとなるが、それよりも今日は確かめたいことがある。

ふと彼の様子を伺うと、妙に神妙な面持ちでシャンパンを飲んでいる。しかし次の瞬間、信じられない言葉を放ったのだ。

「ごめんね、結衣ちゃん。結衣ちゃんに結婚を約束している別の男性がいることを知らずにしつこく誘ってしまって…今日で最後にするから」

いつもは笑うと目尻が下がり、急に幼くなるところが印象的な彼だが、今日はとても悲しそうだった。

「え…どういうこと??私、そんな人いないんだけど…」

元彼のことを言っているのかとも思った。だが出会った日に、別れたことは既に伝えているはずだ。

「え?この前ユリアちゃんから急にLINEが来て。“結衣ちゃんが迷惑がっているのでやめてあげて下さいって”言われてさ…」

心臓がバクバクする。

ーまた、このパターンなの…?

「そ、そのLINE見せてもらえる…?」
「あ、うん。あまり人にLINE見せるのは好きじゃないんだけど…まぁ二人、仲が良いからいいよね?」




「違う…こんなの全部嘘なのに…」

悲鳴にも似た叫び声が、思わず出ていた。


果たしてユリアの本当の目的とは…


本当に怖い、いばら姫。


当然の如く、とりあえず弁明をして愛人疑惑は晴れたものの、その日のデートは妙に気まずい感じで終わってしまった。

「結衣ちゃん…何かあれば、僕を頼ってね。大丈夫?」
「大丈夫!せっかく楽しい夜だったのにごめんね」

必死に笑顔を浮かべていたが、本心では泣きたかった。

仕返しに、ユリアの悪口でも言えば良かったのだろうか?それは絶対に違う。

そんなことをしたら彼女と同じレベルに成り下がるし、私は人を蹴落としてまで幸せになろうとは思わない。

ただ、普通に楽しく生きたいだけなのだ。

放心状態で帰宅した私は、手洗いうがいをしてとりあえず窓を全開にした。ソファーへ倒れ込むと、また携帯が鳴っている。

出る気にもならなかったが、なかなか鳴りやまない。

ー誰…?

その電話の主は、10年前から仲良くしている男友達・源太だった。




「お、結衣やっと出たな。元気か〜」

元気なわけがない。源太の能天気な声が、ガンガンと耳に響く。

「その真逆だよ。ってか、何どうしたの?」
「何お前、機嫌悪いの?酔ってんのか?あのさ、俺結婚することになって。すごい少人数だけど、ちょっとしたパーティーの誘いをFBで招待しているから、見といて!」
「おめでとう!分かった、見てみるね」

-あの源太が結婚ねぇ…。

10年前、バイト先のカフェの常連だった源太。当時は外資系金融に勤めていたが今は独立し、数年前には会社の上場まで果たしたと聞いている。

当時20歳くらいの私には、源太はとても大人に見えて、そして惹かれていた。あの頃は源太も、5歳年下の私に好意を寄せてくれており、一時期デートを繰り返していたのだ。

結局私がまだ若かったこともあり、社会人になって別れてしまった。でも今はお互いに良い思い出で、こうしてまだ友達として繋がっている。

「えーっと、どれどれ」

久しぶりにFacebookを開き、源太から招待されていたイベントをチェックするついでに、 ふと共通の知り合いは誰がいたかと気になって見てみた。

「あれ…ユリアも繋がっていたんだ」

そうだ。10年前、確かにユリアも源太と出会っていた。

すぐにユリアがバイトを辞めてしまったためすっかり忘れていたが、よく考えれば二人が繋がっていても不思議ではない。

だが二人が話していた記憶もなく、源太の口からユリアの名前を聞いた記憶もない。

「え…まさかだよね…??」

サァっと血の気が引いていく。

10年前、私たちは出会った。そこで一体何があったのか?

一生懸命当時のことを思い出そうとするものの、肝心の何かが欠けている気がする。

身震いをして、慌てて窓を閉める。窓から見える満月は、奇妙なほどに青白い光を放っていた。

「そんな、10年前のことだから何もないよね…」

でもどうしても、よく思い出せない。

-源太、バイト先のカフェ、10年前…

事実を羅列してみるが、その先は闇の彼方で記憶がぼんやりしてしまうのだ。

ただ、この失われた記憶の中に、今回の事件の最初のキッカケがあったことを私が知るのは、もう少し経ってからの出来事だった。

▶前回:「奥さんが傷ついているので、やめてください」会社に届いた一通のメールで、女の日常が壊れ始め…

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10年前から始まっていた?ユリアとの因縁とは