もはや『銀河英雄伝説』は古典である。SFの基礎教養というレベルさえ超え、ミームとして浸透・機能している。本書は、『銀英伝』の設定を活かして、六人の作家がオリジナル・エピソードを繰り広げる競作アンソロジーだ。

 参加した作家の傾向か、それとも『銀英伝』がもともと備えているベクトルなのか、ミステリ的味わいの作品が多い。

 石持浅海「士官学校生の恋」は、士官学校生だったヤン・ウェンリーのもとへ、友人クラインシュタイガーから相談が持ちこまれる。クラインシュタイガーには意中の女性がおり、その彼女が気に入るお菓子をつくりたいという。しかし、その条件が奇妙なのだ。彼女は帝国からの亡命貴族の子孫(クラインシュタイガーも同様)で、祖父から伝え聞いた思い出の味を求めている。しかし、彼女自身はその味を食したことがない。そんな味をどうやって再現するというのだ? この謎解きで探偵役を務めるのはヤンではなく、彼の先輩アレックス・キャゼルヌの恋人オルタンスだ(『銀英伝』本篇では賢妻として登場する)。この作品が面白いのは、オルタンスの名推理もさることながら、なぜヤンが自ら謎解きしなかったのかという人間関係上の事情と、お菓子の謎の背後にもっと大きな事件が立ちあがる展開だ。

 表立って語られる謎解きの背後で、ずっと大きな事態がひそかに進行している。そうした語りの妙という点では、太田忠司「レナーテは語る」も負けてはいない。この作品で探偵役を務めるのは、レナーテ・ヴァンダーリッヒ。のちに帝国参謀としてラインハルトを支えるオーベルシュタインが情報処理課課長だったときの部下である。事件はレナーテの同僚の不審死だ。捜査官は自殺と断定するが、レナーテは釈然とせず独自に調べはじめる。オーベルシュタインも「殺人だ」と見抜いていた。しかし、彼はレナーテに助言もするが、別なときには突き放すようなことを言う。いっぽうで殺人事件の解決、もういっぽうにオーベルシュタインの真意の究明。素人探偵であるレナーテにとっていささか荷の重い課題だが、彼女は健気に取り組む。

 小前亮「ティエリー・ボナール最後の戦い」は、ヤンやラインハルトが頭角をあらわすよりも少し前の時代の物語。自由惑星同盟の深部にある補給基地衛星が、帝国軍の急襲を受ける。本来ならば帝国軍が到達できる位置ではない。と言うことは、航路情報が漏洩しているのではないか? これもまた「謎」をめぐる物語であり、広義のミステリと言ってよい。また、このアンソロジーのなかでは唯一、艦隊戦を描いた作品でもある。しかし、眼目は派手な戦闘ではなく、あくまで情報をめぐる複雑な駆け引きにある。ただスパイをあぶりだしてすむという次元ではなく、自治領フェザーンの政治とビジネスが絡んでくるのだ。しかもフェザーン内もけっして一枚板ではない。

 小川一水「竜神滝(ドラッハ・ヴァッサーフェル)の皇帝陛下」は、なんと銀河帝国皇帝ラインハルトが魚釣りをする話だ。彼がヒルダとの新婚旅行で、惑星フェザーンの景勝地を訪れたときのことである。なにしろ皇帝の身なので、随伴する護衛も大袈裟だし、現地の受けいれも気を遣う。そうしたひと騒動と、悠然と釣りに赴くラインハルトの平静さのコントラストが面白い。そして、ラインハルトが釣りと言いだしたのには、ひとつの目論みがあった......。皇帝の身のまわりの機微がさらりと描かれた、洒落た一篇。

 高島雄哉「星たちの舞台」は、若きヤン・ウェンリーがその才覚を発揮する(まだ「ミラクル・ヤン」と言われるほどではないが、片鱗がうかがえる)、ファンにとっては堪えられない物語。士官学校の卒業を控えたころ、ジェシカ・エドワーズの仲介で、ヤンは音楽学校の学生ヒュパティアが企画した学生寮存続キャンペーンに協力することになった。そのキャンペーンというのが、素粒子理論をめぐる対話劇なのだ。しかも、ヤンが女性役、ヒュパティアが男性役を演じるという、性別逆転の趣向である。この作者らしい、みずみずしい青春小説。

 藤井太洋「晴れあがる銀河」は、『銀英伝』本篇よりもずっと以前、ルドルフ帝が銀河を手中に収めた時代の物語である。連邦の文官組織がじわじわと帝国軍に組み入れられつつあり、主人公シュテファン・アトウッドが勤務する航路情報管理室にもその波が押しよせてきた。ルドルフの命で銀河航路図(新首都オーディンを中心としたタペストリー)を作成せよというのだ。そのためには、まず、正確な航路データの入手、実際の航行による検証、さらには二次元表示の工夫が必要である。そのプロジェクトの子細もさることながら、航路データの手配業者ローレンス・ラープ三世の一筋縄ではいかない振る舞い、急速に全体主義の程度を強めていく体制の圧力なども絡めつつ、歴史のひそかな(しかし重要な)転換点を描くところが、藤井作品ならではの読み応え。アイザック・アシモフの《ファウンデーション》シリーズ初期短篇を、ぐっとスマートにブラッシュアップした味わいだ。

 さて、『銀河英雄伝説列伝1』とナンバーが振られているところをみると、続巻があるのだろう。『銀英伝』は魅力的な題材の宝庫だから、「自分にも書かせろ!」と手ぐすね引いている作家も多いはずだ。

(牧眞司)