氷河期世代の38歳無職の男性は、年金暮らしの70代の両親と同居し、すねをかじっている。大卒後に不動産会社に就職したが営業の厳しさについていけず、1年で退職。その後に入った企業も「ブラック」ばかり。ここ数年は一切働いていないが、コンビニなどには毎日行けるマイルドなひきこもり状態。倹約を重ね、自分たちの死後に息子が生きていけるか心配する両親にファイナンシャル・プランナーがかけた言葉とは--。
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■氷河期世代の就職難に加え、やっと入った会社はみな「ブラック」

相談者から家計の状況を伺い、将来のシミュレーションや改善策をアドバイスするのがファイナンシャル・プランナーの仕事です。最近はコロナ禍で、オンラインでの相談が多くなってきました。

しかし、高齢の相談者の場合はそうはいかず、直接お会いすることになります。特にひきこもりのお子さんを心配する親御さんは70代、80代の方が多く、3密を避けながらの面談となります。今回、30代後半のお子さんの将来を心配される、70代の夫婦の相談も、感染対策に配慮しながら行いました。

【家族構成】
・父親:72歳(年金生活) 年収180万円
・母親:70歳(年金生活) 年収85万円
・長男:38歳(無職)
【資産】
・預貯金:1500万円
・自宅:戸建て持ち家

お話を伺うと、お子さんは息子さん1人ですが、今は無職で親の年金収入で暮らしています。いわゆる氷河期世代で、大学卒業後になんとか不動産会社に就職できたものの、営業の厳しさについていけず、1年で退職してしまいました。それだけでしたらまだやり直しがきくのですが、その後の就職先がブラック企業ばかりで、短期間のうちに転職を繰り返すことになってしまいました。何度目かの転職先を退職した後には就職活動に慎重になり、無職の期間が長くなってしまいました。

ブラック企業が続けば、就職に慎重になる気持ちもわかります。しかし無職の期間が長引くと就職はますます厳しくなり、面接に応じてくれるのはブラックの気配がする会社ばかりになってしまいました。すっかり転職の悪循環にはまり込み、本人は就職活動に嫌気がさしてしまったようです。

■「コンビニには毎日のように行ける」マイルドなひきこもり38歳の肖像

けっして、部屋にひきこもっているわけではなく、普通に会話はできますし、近くのコンビニなど外出もよくするそうです。ただ、こと就職となると腰が重くなってしまうようでした。今ではすっかり無職の生活が長くなってしまいました。こうなると、正社員での就職は簡単ではありません。

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両親も、初めの頃は何かと就職活動をするように声をかけていましたが、当面の生活費に困っているわけではなく、いつしかこの状態に慣れてしまったようです。

「重いものの買い物に付き合ってくれるし、車で病院に送ってくれるので、家にいてくれて助かることもあって……」

と、母親は現状に満足してしまっているようです。父親は父親で、

「実は私もかつては、わりと転職を繰り返していたこともあって、あまり強くは言えなかったんですよ」

と苦笑いです。

■「年1回温泉ももやめなければいけませんね……」

お話を伺う限りでは、お子さんは他人とコミュニケーションが取れないわけではありませんので、何かのきっかけがあれば、正社員は無理でも仕事に就くことができるように感じました。ただ、私は就業支援の専門家ではありませんので、安易なアドバイスはできません。

「わかっています。今回相談させていただきたいのは、もし、このままの状態が続いて、息子が生活していけるかどうかということです」

との父親の希望ですので、さっそく私は、家計状況を詳しく伺って、将来の状況をシミュレーションしました。

「う〜ん。ご両親がお元気の間は問題ないのですが、ご長男お一人になるといずれは生活費が足りなくなる可能性が高いでしょう」

と私は、分析結果を見ながら答えます。

「そうですか。ではもっと節約をしなければなりませんね」

と母親は肩を落とします。父親は残念そうにつぶやきました。

「年に1回は、夫婦で温泉に行っていたのですが、それもやめなければいけませんね」

■「最悪、貯金が底をついても、それはそれでご長男の人生ですよ」

聞けば、長男の将来が心配で、リタイア後も大きな旅行はせずに、倹約に努めてきたそうです。それを聞いて私は言いました。

「確かにシミュレーションではそうなのですが……。いいじゃないですか、温泉ぐらい行きましょうよ。いままで一生懸命働いて、一生懸命倹約してきたんですから!」
「息子はどうなるんですか?」
「貯金が乏しくなってきたら支出を抑えるでしょうし、それでも足りなくなれば自宅を売ることもできますから、何とかするでしょう。最悪、貯金が底をついて生活保護申請することになったとしても、それはそれでご長男の人生ですから」

ファイナンシャル・プランナーとして、こんな答えはほめられたものではありません。それでも私は言わずにはいられませんでした。両親は、懸命に働いて貯蓄をし、長男のためにできるだけ使わずに貯めてきました。老後に多少使っても罰は当たらないでしょう。

普段、働けないお子さんがいる家族からの相談では、お子さんの平均寿命まで貯蓄が維持できるように改善策を考えます。節約を勧め、できる限り多くの財産をお子さんに遺すこともお勧めしています。

■無理して財産を遺すことはない。まずは親の老後の生活が優先

しかし、無理をしてまで財産を遺さなければならないとは考えていません。まずは親の老後の生活が優先です。介護に費用がかかることもあります。たまには楽しみがあってもよいでしょう。その上でお子さんの家計維持を考えたのでよいのではないでしょうか。

実際、貯蓄がかなり少なくなれば、自然と支出を抑えるようにもなります。状況によっては働き始めるかもしれません。はじめからアテにしてはいけませんが、どうしても生活していけないようであれば、公的な支援を頼ることもできます。

このような動きによる変化はシミュレーションに反映できませんが、本人の自覚を期待して、ある程度は突き放すことがあってもよいのではないでしょうか。できれば子供が安心して生活していけるように環境を整えてあげたいものですが、子供の老後の生活保障までが親の義務とは言えないでしょう。

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そう思うからこそ、私はご両親に「お子様のことも心配ですが、ご自身の生活を優先してください」と申し上げています。ファイナンシャル・プランナーとしては、改善策をご提案して、お子さんが生涯生活に困らないような資金計画をご提案したいと考えていますが、それがすべてではないとも思っています。ときには生活費が不足するシミュレーションのままで相談を完了とすることもあるのです。

「そうですね。息子の生活は心配なのですが、このぐらいの楽しみは許されますよね」
「もちろんです」

シミュレーションの結果を見たつい先ほどとは違って、夫婦には笑顔がありました。

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村井 英一(むらい・えいいち)
ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」メンバー。大手証券会社で個人顧客の投資相談業務を長年行い、ファイナンシャルプランナーとして独立後は、資産運用に限らず、家計の見直し、住宅購入、老後資金など幅広い相談を受ける。特に、長期にわたる家計のシミュレーション分析を得意とし、ひきこもりや障害を持つお子さんとそのご家族の資金計画を行っている。
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(ファイナンシャルプランナー 村井 英一)