作者クックはイギリスの作家。ミステリおよび怪奇小説・映画の研究家でもあり、関連の学術著作がある。フィクションは、2017年に出版された本書が最初の単行本だ。四つの作品を収録する短篇集で、表題作「図書室の怪」が原稿用紙換算で300枚を超える中篇、のこり三篇は30〜70枚弱の短篇という構成である。

「図書室の怪」は、その分量に見合うだけの題材が詰めこまれ、物語も複層的だ。

 主人公ジャック・トレガーデンは若き中世史学者。大学時代の友人サイモン・ド・ベタンコートからの依頼により、彼の家の蔵書目録を請け負うことになる。サイモンの家は没落しているが由緒ある貴族で、その屋敷も十六世紀に建てられたカトリック修道院を増改築した荘厳なたたずまいだ。図書室にも稀覯書が多く収蔵されている。しかし、その図書室にただならぬ気配があった。サイモンの妻ジニーが亡くなる前に書いた記録によれば、その部屋で騎士の幽霊を見たという。画家であったジニーはまた、騎士の様子を四枚の絵にして残していた。顔に傷を負い、恐怖の表情を浮かべ、指で一冊の本を示している姿。

 古い屋敷に出る幽霊。まさに怪奇小説の常套である。作者クックがみごとなのは、まず、古い稀覯書でいっぱいの薄暗い空間、亡くなった者が残した手記、絵に描かれた戦慄と謎――これらの道具立てを組みあわせた効果的な演出である。そして、クラシックなゴーストストーリーのモードから、エドガー・アラン・ポオばりの暗号ミステリへ、さらにはヒッチコックを思わせるサスペンスへと、滑らかにギアチェンジしていくストーリーテリングも素晴らしい。

 また、あくまで学究的なジャックと、没落貴族として世俗的事情に患わされているサイモンとのコントラストにも注目だ。両者の噛みあわない、しかし離れることもできない関係が、かすかな不協和音のように物語の底を流れている。

 併録の三篇について、以下、簡単に紹介しておこう。

「六月二十四日」は、奇しき巡りあわせを描く鉄道怪奇小説。露店の古書商から購入した珍しい詩集が、重要なギミックとして用いられている。

「グリーンマン」は植物綺譚。キリスト教信仰以前のアニミズム世界が、逞しい生命力で主人公を引きずりこむ。物語の内容のみにとどまらず、文章表現によって現実が違うものへと変貌していくさまをあらわす、迫真的な作品。

「ゴルゴダの丘」は、イングランド南西部の片田舎にある丘にまつわる因縁話。17世紀初頭、そこで理不尽かつ残忍な処刑があった。その怨恨がいつまでも消えることなく、その場所を支配しつづける。

 いずれの作品も、伝統的な怪奇小説の骨法を自家薬籠中のものとしたうえで、現代的なテンポと抑揚で語られている。なによりも雰囲気の出しかたが抜群だ。

(牧眞司)