ムダを改善しさえすれば、超時短かつ超効率的に勉強を進めることができます(画像:Ystudio/PIXTA)

東大生の親の世帯年収は、半数超が950万円を超えているという。東大に受かる学生は実家に余裕があり、多くの時間を勉強に捧げられる環境にあったということだ。

しかし、そうでない東大生も一定数存在する。実家の世帯年収が300万円台のため、受験生でありながら家計を助けるためアルバイトをするかたわら、ガンの治療中だった母親の看護をしていた布施川天馬氏もその1人だ。彼はそのとき編み出した勉強法を、著書『東大式節約勉強法』(扶桑社BOOKS)にまとめている。

今回は、そんな布施川氏が受験生になって真っ先に改めた「ムダな勉強法」を解説してもらう。

「母の看病、バイト、勉強」のかけもちで東大合格

「東大に入るような人は、きっと1日中勉強しているに違いない!」

そう思われている方、多いのではないでしょうか?

たしかに東京大学といえば、日本最難関の大学ということで有名です。そんな東大に受かるには、1日中ずっと勉強しなければいけないのでしょうか。東大生は、みんな高校生の時には脇目もふらずに机にかじりついて勉強ばかりしていたような人ばかりなのでしょうか。

僕も東大に来てから初めて知ったことですが、実は皆さんが想像しているような、いわゆる「ガリ勉」だった東大生というのは意外と少ないのです。

それどころか、多くの人は部活や生徒会など勉強以外のことについて精を出しながら、その傍らで勉強をして合格したといいます。

かくいう僕もその1人です。

高校の時は吹奏楽部と生徒会の活動に没頭しており、受験生時代も週3回、ドラッグストアでアルバイトをしていました。

アルバイトについては9時から17時まで働いたこともしばしばでしたし、そうでない日も朝から夕方の17時頃まで勉強した後に、そこから23時の終業まで働いて家に帰るというスケジュールでした。当然、次の日も朝から勉強やバイトが待っています。

さらに、受験生時代に僕の母親のガンが発覚したため、通院や手術の度に病院まで電車とバスを乗り継いで片道1時間以上の道のりを付き添ったり、母が入院中の家事をこなしたりもしていました。母の入院する病室で東大古典の過去問を解いたのは、今となってはいい思い出です。

このようにいろいろなことに手を出していると、肝心の勉強にはなかなか手が回りません

他の受験生たちは今この瞬間も勉強しているというのに、自分は洗濯洗剤の品出しをしている。レジ打ちをしている。このときの焦りは言葉では表すことができません。

受験勉強はレーンに仕切りがされたマラソンのようなもので、長距離をたった1人で走り続けなければいけません。それでいて、残酷なのは隣を走っているであろうライバルの姿が見えないということです。

当時の僕は受験生として、いつも見えない相手に怯え続けなければいけませんでした。だからこそ、少ない時間でライバルたちを追い抜くために、効率を追い求める勉強をしようという強い意志が生まれました。

僕が「少ない時間で効率的に勉強する」と決意してから最初に行ったのは、ムダな時間を切り捨てることでした。

もともとの僕の勉強は、ムダな点が多く、最適化できていなかったのです。だからこそ、いくら時間をかけても効果が薄く、成績が伸び悩んでしまっていました。これを意識して直し始めた瞬間から、僕の成績は一気に上昇していきました。

そして、塾講師として働くうちに、僕の行っていた「ムダな勉強法」は案外みんなが犯しがちな過ちなのではないかと思えるようになりました。

逆に言えば、そのムダを改善しさえすれば、超時短かつ超効率的に勉強を進めることができるはずです。というわけで今回は、「みんながやりがちなムダな勉強法」「改善ポイント」を3つ紹介させていただきたいと思います!

ゴールを定めない勉強は「目的地のない旅」と同じ

ムダな勉強法の1つ目は「ゴールがない」勉強法です。

「資格試験合格!」や「TOEICで○○点取る!」のような具体的な目標でなく、「頭をよくするために勉強する!」といったようなフワッとした目標だけで勉強すると、まったく身につかないということがよくあるのです。

「せっかく何時間も勉強したのに、全然身につかず時間をムダにしてしまった!」なんてイヤですよね。

なぜ目標を設定しないと効率が悪くなってしまうのでしょうか。

それは、「自分の進捗が漠然としか把握できないから」です。これは、旅に例えることができます。

例えば、東京駅から旅に出るとしましょう。

同じ100km歩くとしても、例えば宇都宮のあたりまで行こうと目標が定まっていれば、着実に前に進むことができます。一方、目標が定まっていない場合には、極端な話、駅の周辺をずっとぐるぐると回っている可能性もあるのです。

目標が定まるということは、その目標を達成するまでに何を行うべきなのかが定まるということです。

ですから、目標の伴った勉強や仕事には、自身の進捗について、それがかんばしいものかどうかという判断がつきます。

一方で、目標の定まらない状態での仕事や勉強というものには、達成度や行うべきタスクという概念自体がありません

そもそも勉強や仕事などは目標から必要なことを逆算して行うべきですから、その目標が存在しないと次にすべきことがわからないというのは、当然のことであるといえます。

「自分が何のために勉強しているのか」を忘れてしまい、「頭をよくするために勉強する」となってしまうと、自分が達成するべき目標から遠ざかってしまうかもしれません。

効率よく時間を使うためにも、ムダな寄り道や立ち往生は防ぎたいところですね。

なので、自分の行うべきことと同時に自分が何を成し遂げたいのかということについては常に敏感になっておいたほうがいいのです。

「考えてもしかたないこと」はすぐに調べる

2つ目のポイントは「わからないことを調べない」勉強法です。

知らない単語を知ったかぶりして場を乗り切った経験、僕も含めて多くの人があると思います。

しかしこれはいけません。この世には「考えて答えが出る問題」と「考えても答えが出ない問題」があるからです。

前者はともかく、後者に対して頭をひねっても時間の浪費にしかなりません。「それは考えてもわからないだろう」という事柄について考え続けるのは、やはりムダです。

もっと具体的に見てみましょう。

例えば、ここに英語で書かれたレポートがあるとしましょう。ある程度すらすらと読んでいけましたが、途中でわからない単語に突き当たってしまった。

そんな時は、いったいどうすればいいでしょうか?

大抵の人は辞書を引くなりGoogleで検索するなりして、どうにかその単語の意味を調べようとするでしょう。まさか、単語の意味を考えて導き出そうとする人はいないはずです。だって、調べたほうが速いのですから。

ここまでは当然の話のように思えますが、実は案外ここで「考え込む」という選択をする人が多いのです。

例えば、エクセルやワードなどのソフトウェアを使っていて、やり方がわからない操作をしなければいけないような時に、画面上部のタブを切り替えまくったり、一生懸命いろいろな場所を右クリックしたりして正解を探すなんて経験、したことありませんか? 僕は何度かあります。

そんなもの、探したらいつまでかかるかわかりませんが、Googleの検索タブに行いたい操作を入力して検索すれば、30秒以内に答えに辿り着くことができます。どう考えても調べたほうが効率的ですよね。

「調べればわかるのに考え込んでいる時間」は間違いなくムダです。

その問題を解決するために、自分が何をすればいいのか。それを自覚していないままに問題の解決に乗り出しているからこうなるのです。

考えるというのは「万能のツール」ではありません。答えまでの道筋を大まかにでも引いた後で役に立つものです。ムダが多い人には、このような「目標を達成するための思考」が身についていないように思えます。

僕は昔から自分の頭で考えようとする癖がありました。しかし時間の節約を意識するようになってからは、逆に「考える時間をなくそう」と意図的に思考時間をカットするようになりました。

その結果、非常に多くの時間を節約することができたので、この選択は正解であったと考えています。

考えることには一定の価値がありますが、だからといってずっと自力で考えようとするのもまた、「考えもの」です。

ある物事に使える時間には限りがあるからこそ、その限られた時間の中で一定以上の成果を出した人が成功するのです。

「できること」と「できないこと」を切り分ける

3つ目は「挑戦しない」勉強法です。

これは、「自分の苦手な分野に挑戦していかない」という意味です。

すでにできることを過剰に確かめることは、まったくの時間のムダです。自分にできないこと、苦手なことに挑戦することにこそ価値があるのです。

「失敗は成功の母」というように、人は失敗や苦手な分野を克服してこそ成長することができます。特に勉強などは典型的なトライ&エラーで成長できる物事です。

だからこそ、実は0点のテストには非常に価値があります。なぜならば、そのテストによって明らかになった自分の問題点を改善すれば、とてつもない成長が見込めるからです。「できなかったこと」を表してくれる0点のテストは、そのまま伸びしろを表します

逆に言えば、100点のテストにはさほど価値がありません。そこに書いてあることが一通り理解できていることの確認にはなりますが、伸びしろがないことを表してもいるからです。自分の努力や実力を確認するための指標としては扱えますが、2回目以降の100点は「その場に留まると成長の機会が失われる」ことを示します。

だからこそ、勉強するときには「自分が何をわかっていて、何をわからないのか」に敏感である必要があります。十分に理解していることをいくら復習しても、時間のムダにしかなりません。

しかしながら、勉強している人の多くは、自分がいったい何をしているのかについて自覚的でない場合が多いように見受けられます。自分の得意なことばかりを行って、苦手なことに取り組まない場合さえもあります。例えば、学生時代などについつい得意な教科ばかり勉強して、苦手科目を後回しにした経験はありませんか?

自尊心を満たしたいのならよいのですが、成長したいのであれば、これは最低の方法であると言わざるをえません。

それでは、具体的にどのような勉強法を行えばよい結果が望めるのでしょうか?

例えばビジネスパーソンの方々など、社会人になってから英語などを勉強しなおされる方がいらっしゃいますが、ここでのコツは「覚えた単語は一切無視する」ということです。

単語帳で単語を覚えるときなどに、毎回毎回頭から丁寧にさらっていく人がいますが、すでに覚えている単語を見返す時間はまったくのムダです。また、問題集に取り組むときなども、2回目に解きなおす場合には、初見で解けた問題を相手にする必要はありません。

復習するのは間違えたところや不安なところだけでいいのです。毎回答えられる問題をあえて復習する意義は、ほとんどないと言っていいでしょう。

勉強の本質は「知らないことを吸収してレベルアップすること」にあります。だからこそ「自分は何を知っていて何を知らないのか」を常に把握していなければ、成功は遠ざかるでしょう。

「時間の価値」に敏感になろう

ここまで3つの「勉強に潜むムダ」を見てきましたが、これらすべてに共通して当てはまるある特徴があります。


それは、「時間の価値を意識していない」ということです。

勉強というのは筋トレなどと一緒で、どんな無茶苦茶な方法だとしても、ある程度やり続ければ必ず結果が出てしまうものです。

結果が出てしまうからこそ、自分の勉強方法の誤りに気づきにくい。効率の悪い方法に固執してしまい、勉強の本質を見逃してしまうということになりかねません。

自分が今からそれに費やす時間と労力に対して、いったいどれほどのリターンが得られるのか。これについて自覚的であれば、上記のような「ムダな」勉強方法はとらないはずです。

この機会にぜひ、効率の良い方法を取り入れてみるのはいかがでしょうか?