大麻所持逮捕、楽曲の自主回収そしてネットでの活動へ…再起を図る元KAT-TUN・田口淳之介が語る偽らざる心境「僕ってもうテレビとか出れないと思うんです」

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 「僕ってもうテレビとか出れないと思うんですよ」――

 元KAT-TUNメンバー・田口淳之介氏はインタビューの場で穏やかにこう言った。

 13歳でジャニーズ事務所の門を叩き、KAT-TUNメンバーとして『Real Face』でCDデビュー……そこからはメンバーと共にスターの階段を駆け上り、東京ドームでぶち抜き8日間ライブを実施するなど芸能界のある種頂点にいた人物であることは誰からも異論はないだろう。
 しかし2016年、「自分自身の人生を歩きたい」というコメントと共にKAT-TUNから脱退。以降はソロ活動に進むことになるが、2019年5月に大麻所持罪により逮捕。保釈時に、報道カメラのフラッシュを浴びながら深々と土下座で謝罪をおこなう姿に衝撃を受けた方も多いのではないだろうか。

 事件から一年あまりが経過した今、彼は初音ミクといったボカロ曲とのコラボをはじめとした自身の音楽活動をネットに投稿し続けている。

 田口氏だけではなく、いわゆる“テレビで活躍する芸能人”がYouTubeを始める取り組みは近年活発になってきている。その一方で、不祥事・地上波での人気低迷など様々な事情で“テレビに出られなくなった芸能人”がネットに活動の場を移すことへの批判の声も少なからずあるのも確かだ。

 テレビからインターネットへ活動の場を移し、まさにそのような批判も受けたであろう田口氏本人にニコニコニュースではインタビューを実施。かつて表現者としてひとつの頂点に立った身でありながら逮捕騒動を経て自分を取り巻く状況はどう変化したのか? 批判もあるなかでそれでも表現活動を続けるのはなぜなのか?
 今だからこそ語れるKAT-TUN時代に抱いていた葛藤や、ジャニーズ時代からすると意外とも思えるボカロ曲とのコラボになぜ取り組んでいるのかといった話題にまで話は及んだ。

 答えにくい質問も多くぶつけることになるであろうことを伝える我々取材陣を前に、「何でも聞いてください」という田口氏の静かな返事からインタビューは始まった。

田口淳之介氏

取材・文/トロピカルボーイ
撮影/かちゃ
衣装協力/ACUOD by CHANU

逮捕の日からどのように過ごしてきたのか?

――よろしくお願いします。今日のインタビューは答えにくい質問も多いかも知れませんが、ご了承いただければと思います。

田口:
 わかりました。何でも聞いてください。

――2019年に大麻所持で逮捕されてから一年が経ったわけですが、あの日からどのように過ごしてこられたのでしょうか?

田口:
 本当に長い1年でした。ツアーを組んでたんですが、ファンの皆さんは飛行機も宿泊も取ってくれてるのにそれを飛ばしてしまったんです。他にも地方のイベントのポスターに僕の顔が載っていたんですが、それもすべて差し替えとなって迷惑をかけてしまいました。
 関係してくださってる方、応援してくださるファンの方に対して、本当にすごく申し訳なかった思いがやっぱり一番強いです。

 そんな中でも、ファンの方々の応援だったり、次のアルバムを作るために協力してくださるボカロPのみんながいたり……。ニコニコ動画さんもチャンネルの話を持ってきてくださったり、自分を扱おうとしてくれてる人たちの気持ちも感じる日々でした。

――ボカロPとのコラボは事件後に持ち上がった話だったのでしょうか? あの事件のせいで仕事の関係先との状況も大きく変わったのではと思うのですが。

田口:
 事件の前からボカロPとのコラボの話は進めていたんです。関わらせてもらっていたボカロPの方、歌い手の方、もちろんスタッフさんもいらっしゃったのですが、それが自分のせいで全部飛んでしまったんです。JOYSOUNDで楽曲を出す案件を録ってから一週間ぐらい後での逮捕でした。

 事件について、後でいろんなことを考えたんですが、やっぱり、がっかりさせてしまったという気持ちが一番強いんです。楽しみにしてた人に対して、100%のものをあげられなかったという反省。今は大麻とかそういうものに対して触れ合ってないし、そこはお医者さんに証明してもらってる。
 別に自分を正当化するつもりはないんですよ。ただ、そんな自分でもこうやって人前で活動ができたり、「パフォーマンスを見て元気もらいました」みたいに言ってもらえたりもしている。そう思ってくれる人がいるのも事実だから。

 まだ執行猶予の身なんであんまり大きな態度では言えないですけど、僕自身は今まっとうに生きてるつもりです。だから、こういうインタビューだったり、目に触れられる部分で少しでも知ってもらえたらうれしいです。

――ご自身のファンからは、「ファンをやめる」という声もあったのではないですか?

田口:
 もちろん、僕のファンでもがっかりしてる人はたくさんいると思うんですよ。「ファンやめるわ」って言った方もいらっしゃるから。でも、まだ僕のことを応援したいって思ってくれてる人もいるんです。その気持ちは純粋にありがたく受け取るし。要するに、それでも応援してくれてる人がいるっていうだけで僕はうれしい。

――大麻に関する日本の法律を海外と比較する意見もありますが、どうお考えですか?

田口:
 ルールはルールですからね……。僕が日本で活動をするのだったら、日本のルールに従うのが正しいことですから。

――芸能人が逮捕されると、創作物を自主回収するケースが多々ありますがどう思われますか? 「作品に罪はない」という意見もあれば、「作品が目に入ることで傷つく人もいる」という意見もありますよね。

田口:
 個人的な話をさせていただくと、ユニバーサルさんから出てた楽曲は全部回収されました。今はApple Musicでも聞けません。そういう点では楽曲を作ってくれたクリエイターの方たちには本当に申し訳ないと思います。電気グルーヴさんみたいに、ファンが後押しして復活することもあるみたいですが。

 報道がきっかけになって過去のトラウマに傷つく人もいらっしゃるとは思うので強くは言えないけど……「テレビに出すな」って意見も見かけますが、僕自身は槇原敬之さんの曲も聞くしASKAさんの曲も聞いています。

――被害者がいる、いないというのも大きく関わってくるような気がします。被害者がいる場合には、適切な対応というのはまた変わってくるかもしれません。

田口:
 そうですね、自分もいまだに整理がつかない部分もあるんですが……。

「YouTubeは、やって当然って感じ」ネットでの活動を語る

――ここまでは事件が起きてからの出来事をお伺いしましたが、今はどのような心境なのでしょうか?

田口:
 ネットがある今の時代で本当に良かったと感じています。これが20年前だったらフェードアウトで終わってたと思う。たとえば手越祐也くんは6月にジャニーズを退所した後も話題になってるわけじゃないですか。それに僕って……多分もうテレビとか出れないと思うんですよ

――そんなあっけらかんと(笑)。

田口:
 僕みたいな事情がなかったとしても、今YouTubeは、やって当然って感じだと思うんです。特段YouTubeとか配信で活動するときに、何のために? みたいな目的意識はなかったですね。自分で音声を取り込んで、カットとか編集も自分でやって……。

――芸能人がYouTubeを運営するときは、動画制作に専属のスタッフがついているのかなと思っていましたが、ご自身で動画制作を?

田口:
 僕が主動する立場ではあるのですが、一人で動画制作をやっているわけではなくスタッフと一緒にやっています。人に投げっ放しの時代じゃないなって思うのでクリエイターとして長く活動できるように一つひとつの動画だったりとか、発信するものに手は抜きたくないですね。そもそもYouTubeが影響力を持っている媒体だってわかってはいました。

 自分でチャンネルを開設するまでは、ユニバーサルミュージックと契約してた部分もあって、そちらのチャンネルでやってきたんですけど。契約が終わって、自分のYouTubeチャンネルに2019年11月に初投稿しました。

 基本的に今は音楽活動をメインにしていて、YouTubeチャンネルやニコニコチャンネルには音楽活動の動画をアップしてます。あとは、新しくオープンした少しバラエティな感じのラジオをYouTubeのサブチャンネルでやっていました。ちょうどコロナ禍に重なってしまったのでライブ以外でファンの皆さんに送れるものを、という気持ちもありました。2ヶ月近くほぼ毎日、更新してましたね。ファンの皆さんは喜んでくれてたみたいです。

――田口さんの踊ってみた動画はYouTubeとニコニコ動画で撮影アングルが違いますよね。YouTubeは色々なカットが多用されているのに対してニコ動版は真正面からのいわゆる踊ってみたの撮り方というか。それも田口さんの考えなのでしょうか。

■「劣等上等/Giga 踊ってみた」YouTube.ver

■「劣等上等/Giga 踊ってみた」ニコニコ動画.ver

【田口淳之介】劣等上等 / Giga【踊ってみた】

田口:
 そうです。ニコニコ動画を見る中で「この人たちは本気だな」って感じました。そこにいたクリエイターたちは、ここで何かを成し遂げたいとか、思い入れがすごいなって感じていたんで。「芸能人が復帰の足場にネットを使うな」って意見もあるじゃないですか? 僕自身はネットは誰に対しても平等な場所であってほしいと思ってるけど……ニコニコ動画を見ている人たちにそれと同じように思われたくなくて、リスペクトを表したかったのであのようにしました。

――毎日田口さんの動画を見れることは、ファンは嬉しいと思いますが、投稿は大変ではないですか? 

田口:
 本気のYouTuberの方はとにかくすごい、その一言に尽きるくらい投稿は大変です。毎日、動画を撮って、編集して、アップして……僕もヒィヒィ言いましたからね! もちろんコロナ禍の自粛生活で家にずっといたんで可能だったけど、緊急事態宣言が解かれて、ライブの再開に向かって下準備のために外に出だすと、自宅でYouTubeの作業をするのがかなりきつくなってきました。

 だからこそ、それを365日毎日欠かさずやってるYouTuberの人たちに対しては、マジで頭が上がんないです。 「YouTuberって好きなことやってていいよね」なんて言う人いるけど、いやいや絶対に大変だよって言いたい。

――たしかに、YouTuberは画面の楽しさと地道さにものすごくギャップがあるかもしれません。

田口:
 テレビに出てるような芸能人がYouTubeをするとき、編集はプロに任せるのが主流になってるとは思うんですけど。それを黎明期から自分でやってる、HIKAKINさんみたいなトップYouTuberの人たちはその努力を知ってきたうえで今があるから、やっぱり何かを持ってる人たちなんだなって思います。

 生々しい話をしちゃうと、YouTubeに投稿している自分の曲の再生数が8万9000回なんです。それとは別に米津玄師さんの『Lemon』を歌ってみた動画の再生数は60万回なんですよね。自分の楽曲だけじゃそこまで全然いかないよなって思いました(笑)。

 他にも僕が投稿してる『劣等上等』踊ってみたの再生数は2万回なんですが。それって作曲したGigaさんと、歌い手のあらきさんとあるふぁきゅんさんと、振りをつけているアナタシアの芝健さんのファンが、乗っかった数字なんですよ。

――それを素直に言える田口さんもすごいと思いますが。

田口:
 やっぱり、YouTubeは楽ではないなって……そこは実力社会だと思う。要するに紡いできた年月や魅力がそれぞれの数字を持ってる人たちにあるんだなって感じたから。僕も一応これまでステージで頑張ってきた名前があるけど、そこには再生数は乗っからない。だから、本当に新人のつもりなんです。ニコニコ動画のタグに、誰かが書いてた「期待の玄人」っていうタグがあって。

――「期待の“新人”」ではなく(笑)。

田口:
 もう新人のスタンスでいこう! と思ってます。というのも、現状の僕の動画の再生数が爆発的に伸びるか? と言えば現状では難しいと思っていて、もちろん何かのきっかけがあってバズることもあるとは思うけど……この時代にCDが売れるとか、有名になるのは何かが重なった奇跡だと思うんです。

 メジャーレーベルや大手企業の人たちはバズらせるために、本当に綿密に下準備を重ねて、レールを敷いて、それだけやっても、当たらない人はごまんといるわけですから。だから、僕みたいな初心者がYouTubeやってても当たるわけがないのはある意味当然だって思います。だからこそ、新人になった気持ちでイチから頑張っていく覚悟です。

「“自力で頑張ってる”人たちに共感したんです」ボカロPとのコラボを決めた理由

――KAT-TUN時代には、松本孝弘さんや、スガシカオさんといったクリエイターの方とやってこられていて、そういう方たちの楽曲と比較してボカロ曲はどのように映りましたか?

田口:
 松本さんやスガシカオさんといった世の中を作っているような方たちの、カリスマ性やパワーはすばらしいし、そういう方々に楽曲を提供いただいていた環境は、日本の中でもトップクラスの代えがたい環境だったと思います。

 ただ、今、自分がフラットになったときに、この曲を聞いてたら気持ちいいなとか、この曲好きだなとか、そういうふうに思えるクリエイターがボカロPにたくさんいると思いました。

――なるほど身近な魅力も感じつつ……どういった経緯でボカロとのコラボを考えるようになったのでしょうか?

田口:
 2019年1月からABC朝日放送でスタートしたラジオ番組があって、そこでボカロとふれ合ったんです。ボカロPと歌い手さんをマッチングさせて楽曲を発信しよう、という番組だったんですが、そういうのを3ヶ月にわたってやっていました。それが、ニコニコ動画でボカロ曲を聞くようになったきっかけですね。

――その番組は、ボカロ推しでいこうといった趣旨だったのでしょうか?

田口:
 そうです。はじめから「ボカロをテーマにしたい」というコンセプトをいただいて始めた番組でした。とにかく、ボカロPの人たちの才能にやられたんです。プロになっている方も多くいらっしゃるのですが「趣味の延長でこれだけのクオリティーを出せるのか!?」という人たちがゴロゴロいるジャンルだったんです。

――ボカロというジャンルに対してはもちろんですが、どちらかというとボカロPの方にリスペクトを感じているということでしょうか?

田口:
 そうですね。ゼロから何かを作り上げることに、やっぱりそこは絶対的なリスペクトを感じます。

――そんなボカロPの方たちとのコラボアルバムを作るようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

田口:
 ジャンルに関心を持ったきっかけはラジオだったんですけど、ボカロPとのコラボアルバムを作るようになった直接のきっかけは、とあるボカロPの方からきた一通のDMでした。『stay with me』という曲でコラボした平田義久さんという方からのDMだったんですけど、「元気ですか、何かお力になれることがあれば言ってください」と連絡をくれました。

 すごくありがたいことだし、読んだ瞬間何かやりたいと思ってました。状況が落ち着いたらすぐ平田さんを含めて、自分がコラボしたいと思ってたボカロPの人たちにオファーの連絡させてもらいました。会える方には直接お会いして。ボカロがワールドワイドな可能性を秘めているみたいな話もしたんですが、一番はボカロPさんたちみたいな自力で頑張ってる人たちに僕は共感したんです。

――それは今、田口さん自身もジャニーズから独立して活動しているアーティストであることが大きく影響しているのでしょうか? 一流のクリエイターが作り出したものとはいえ誰かが作ったものを表現することへの疑問というか。

田口:
 KAT-TUN時代の活動をそういう括りでは考えていなくて、与えられた楽曲であっても表現者として120%で返して、その中でオンリーワンなものを出す。そうやって魅力的に見せることはごく普通のことだと思っています。

 そういうこととは別に自分で曲を作って、歌詞を作って、映像まで作って……それが当たり前のボカロという世界で頑張ってる人からも、僕は本気を感じたんです。そういった人たちとクリエイティブしたいっていう思いを伝えさせてもらったら、ありがたいことにオファーをしたボカロPの方たち全員からOKがいただけたんです。オファーした方以外にも、アルバムを作るにあたって公募をしたら150人以上もの方が応募してくださいました。正直、集まらないかもと思っていたのでこの結果は、自分の励みにもなりました。

――それだけ多くの方が公募してくれたのはなぜなのでしょうか? もし、また田口さんが事件を起こせば作品はお蔵入りになるリスクがあるわけですよね? 

田口:
 実は、公募しておきながら「僕でも大丈夫ですか?」みたいな遠慮した気持ちがあったんです。けれど、公募してくださったボカロPの左手さんという方は「名を上げたいから応募した」と言ってくれたんです。そう言ってくれるなら後ろめたくはない……とまでは言わないけど、僕にも価値があるのかもって。今でも遠慮した気持ちを感じるときはあるんですけど、自分がきっかけになるならって思えたんです。

 僕がハブになってそこに協力してくれる、歌い手さんや踊り手さん、ボカロPの人だったり、バンド関係の人がぎゅっと集まれば大きな規模でイベントを開催できる。

 コロナの影響で延期になってしまいましたが、今年の4月には『ボカロ Junction』というイベントも企画していました。若い子にそうやって活躍の場を与えたいし、逆にその人たちのパフォーマンスのおかげで、イベントとしての価値も上げていきたい。それが自分の強みだと思うんです。

本気でダンスに向き合ったKAT-TUN時代「コンプレックスを感じる場面はもちろんあった」

――13歳でKAT-TUNに選ばれてから脱退もせず、芸能活動を続けていたらどうなっていたと思いますか?

田口:
 僕は最初っからほぼ足半分、敷かれた道を踏みはずしながら歩いてたと思うんです。よくデビューして10年間ちゃんと片足入ってたなっていう。それだけ見えないパワーが動いてたんでしょうね。ただ、自分はそれに乗っかってただけなのかもなっていう部分は確かにあって、KAT-TUN時代にコンプレックスを感じる場面はもちろんあったし、それはパートが少ないとか(笑)。

――ご自身がメインになるパートが少なかった?

田口:
 さっき、コンプレックスって言いましたけど、楽しくやってたのも事実です。13歳でジャニーズ入って『Real Face』のCDデビュー……それでも部活の延長みたいな感じだったんだと思います。
 そんななか、劇的に変化したのはメンバーの人数がすごく変わっていったときですね。そのときに自分が聞く音楽が定まってきて、ダンスミュージックを聞きだした時期だったんです。もっと本気でダンスをやろうって思って、レッスン受けに行ったり、自分で振りつけ考えるようになったりとか。

 もともと僕、ダンスが好きなんですよ。小学3年生のときタップダンスをやったり、うちの姉がバレエやってたりとか。音と踊るっていうものが身近にはあったから。いろんなスポーツもやってて、運動神経がいいほうなんです。じゃあ、それをしっかりビジネスとして生かしてメンバーの中で一番ダンスがうまくなろうって。それが今のベースにつながっていると思います。

――何度も聞かれたとは思いますが、そもそもKAT-TUNを脱退されたのはどういった経緯だったのでしょうか?

田口:
 自分の場合は30歳っていう年齢を迎えて、やっぱり自分自身の人生を歩きたいっていうところだったと思います。

――ジャニーズから独立するときに 「自分の力でやってみたい」という方は多いのでしょうか?

田口:
 「自分の力でやってみたい」という理由で、本当に天秤にかけられるんですかっていうのは気になりますね。安全な道を行くか、それともちょっとしたあぜ道を行くのかを天秤にかけたときに……多分、僕は安全な道を取るんです。ただ、あぜ道を取らざるを得ない状況があるっていうだけ。そんなことは誰しもあるんだと思います。「ちょっとあぜ道を行く必要が出てきたな」って。そこは選んでいけるものではないと思う。

 だとしても足を踏み出すかどうかのチョイスは自分が握っていて本人次第だとも思いますけど。

――なるほど、選ばざるを得ない状況などがあったとしても選ぶのは結局自分ということですね。

田口:
 でも、それさえできればあとは何もいらないような、仕事とか環境とか色々なことをいったん脇に置いたときに残るようなものが自分の中でピンと来なかったときがあったんです。

――それは、KAT-TUN時代からそういった葛藤はお持ちだったのでしょうか?

田口:
 そのときはそこまで感じてなくて、KAT-TUNを抜けてからですね。自分は何がやりたいんだろう? そういうことを考えるようになったんです。

 自分はお客さんの前でパフォーマンスをするという環境にいたのでやっぱりそういう思いが捨てきれない。芸能界の中で東京ドームに立たせてもらったりとか、普通の人が経験できないことをやってきていて、それを超えるものって何なんだろう? って考えたときにやっぱり見当たらなくて。

 発表してから辞めるまで半年間の期間があったので、準備をしっかりしてスタートダッシュするぞっていう思いの中で、やっぱり音楽と踊りに行き着いたんです。自分のなかで本当にやりたいことだし楽しいことだから、「歌ってみた」や「踊ってみた」で表現活動ができるのは、結局、何にも代えられないものになってますね。

――たとえば、これまでの活動で挫折を感じた瞬間はありましたか?

田口:
 一人になって「胃が痛い」っていうのを知ったとき。

――え? 胃が痛い?

田口:
 胃が痛いっていうのにも気づいたのも、これは一個の気づきだったのかもしれないです。KAT-TUNにいた頃は挫折を挫折だと気づかなかっただけでした。脱退して一人になって、“自力でやることの大変さ”に向き合って「あっ、これか!」って挫折に気づくようになりました。要するに”自力でやる”と、自分が理想とするところに到達できないことが多々あるわけですよ。当然ですがそれが結構、へこみにつながるわけです。

――自分の理想を100としたら今の自分はいくつなんだ? ということでしょうか。

田口:
 だとしたら、今の自分は……3くらいですね(笑)。

 冗談でなく3とかに感じたときもあるんです。むしろ去年の逮捕があってから、またリセットされて……。そこから半年間かけて自分でも何かをつかめてきてる気はするんですけど。

 さきほどお話した、4月に予定していた『ボカロ Junction』というイベントではヤマハさんに直接、僕が挨拶に行ってイベントに関する許諾をいただいたりとか、グッズ会社さんに行って「今回こういうグッズ作りたいんです、協力してもらえませんか」みたいな感じでお話したりとか。

 全部自分の足で行ってたので延期になってしまったのは本当に残念なんですけどね。

――ステージの上でパフォーマンスをすることに集中するために、裏方の仕事は人に任せる選択肢もあると思うんですが、その点についてはどうお考えですか?

田口:
 自分でやるのは、当たり前だと思いますよ。今の歌い手の若い人たちだって普通に自分でやるし。指揮者は全ての楽器を演奏できるって言うじゃないですか? 経験したうえで、クリエイティブに専念するために任せるのと、最初から任せてしまうのでは違うと思うんですね。

 考えたくはないけど、僕が芸能人として終わって第二の人生があったとしたら、その経験は何かの役に立つはずですよね? それをやることによって、何も損はないっていうことだと思う。脱退してから、この4年の中で本当にいろいろあったんです。人に任せることの怖さもわかりました。責任を自分に課すことで、やりがいも倍になると思うんです。

――いま、まさに飛躍するために自分を鍛えている感じが伝わってきます。

田口:
 もう35歳になるんで、本当にやらなきゃっていう部分があるんです。歌や踊りの練習はもちろんですが体づくりも、パーソナルトレーニングを週三でやってたり、限られた時間の中で、基本的な部分に手を抜かないでやっていかなきゃいけない。でも、これだけ頑張ったんだからっていう自己満足に陥らないようにとは思いますね。
 結局、評価するのは見てくださる人ですから。だからこそ、自分を常に鍛え上げていくことを考えています。もうこれ以上失うのは怖いですし、本当に人と人との出会いって宝だとあらためて思ったので。

 一つひとつに対して真摯に向き合えてるかは大事にしたいです。惰性とか妥協にならないように。あとは、偽らない。ボカロ曲の『ロキ』の歌詞にありますよね「どんだけ賢く、あざとくやったって、10年後にメイクは落ちてんだよ。」まさにそう。10年で磨きぬいて、メッキがはがれた裏にもしっかりゴールドがなきゃ。
 自分はメッキだったのかなって……今そのメッキが剥がれたうえで、じゃあ、これからどれだけ磨けるのか、それが今の課題です。

――なるほど。KAT-TUNから脱退したからこそ得られたものもあるし、まさに最近投稿された『劣等上等』の歌詞のように、どん底からはい上がる人生というか。

田口:
 『劣等上等』の歌詞はいろいろな思いが乗っかったんですよね。「劣等な段階からどこまでぶち上がっていけるか」まさにそうじゃないですか。

“叶えたい夢”と“叶えてもらった夢”

――以前YouTubeで、「夢は日本武道館でライブをすること」とおしゃっていましたが、それを夢にしている理由をお伺いしてもいいでしょうか?

田口:
 KAT-TUNでも武道館に立ったことないんですよ。ジャニーズを脱退して、そのあとにスカパーさんのフェスに出たときに武道館に立たせてもらったんです、そうしたらやっぱり、スッゲェ会場でした(笑)。

――大きな会場でライブをする、ということであればKAT-TUNとして既に叶えた夢なのではないですか?

田口:
 あれは、叶えてもらった夢だと思います。 もちろんKAT-TUNとして東京ドームで8日間連続公演をするチームの一つのピースになったのは誇っていいことだと思っています。ただ……今の田口淳之介として、日本武道館に立つことが夢でありチャレンジなんです。

 去年出したアルバム『COSMOS CITY』や今年6月に出した『ジュウゴノシンゾウ』……ちゃんと自分でプロデュースしているからこそ、実感がすごくある。

 まだ自分のパフォーマンスを見てない人をこっちに振り向かせる、そうやってファンを増やしていけば、夢として描いている日本武道館という大きな会場に近づいてくると思うので。

――その夢が叶ったとして武道館ではどのようなパフォーマンスをしたいとお考えですか? もしかしたら初音ミクとステージでコラボするのも近い将来当たり前になるのかも知れません。

田口:
 モーションキャプチャーに対してすごく興味あるので、そういうのずっとやりたいと思っていますよ。モーションキャプチャーで初音ミクと踊ってる動画も見ました。ミクの髪の動きとか、すごいなと思ってて……。

業務用のモーションキャプチャでミクと踊ってみたらすごかった

 (パソコンに表示された動画を見て)これ超やりたいんですよ! こういう技術を見ると今っぽいなって思うのと、そこにミクが来るっていうのが、やっぱり日本を代表する存在なんだなって思う。

「応援してくれる人があったから、僕はまだ生きていけてるって思う」

――今日、お話をお伺いしてKAT-TUN時代から今に至るまで表現に対する姿勢は一貫しているように感じます。

田口:
 クオリティの高いものをやらないといけないという気持ちは変わらずあります。一貫してるかは、わからないけど今幸せですよ。ネットはファンと一緒に歩んできた道が見えていいですよね……まだ数ヶ月くらいしかニコニコ動画に生息してないけど、ずっと長く続けて僕と絆を持つ人も増えてほしいと思ってます。

 それから……人気のある踊り手さんはたくさんいるけれど、やっぱり負けたくないですね。

――「幸せ」ですか……客観的に見れば、頂点から厳しい場所に移り、さらにそこから落ち込んでいる状況にあるのが今なのでは? と思うのですが。

田口:
 いや、本当に幸せですね。だって、今すごく楽しいですから。

――最後に、このインタビューで田口さんのことを知った方にメッセージなどはありますでしょうか?

田口:
 こういった見ていただく仕事をしていると、誰かの評価を必要以上に気にする人って多いと思います。今はネット社会だから、動画の数字が伸びなかったら自分は否定されていると感じたり。でも僕は違うと思うんです。100再生しかなくても、「100回も再生されてんじゃん! ゼロじゃない! 誰かが応援してくれてる」それでいいと思うんですよ。今の自分に、リスクを負って力を貸してくださった人に少しでも恩返しできればとも思う。応援してくれる人があったから、僕はまだ生きていけてるって思うし。

 今の世の中って生きるのがすごく大変な時代だと思うんです。僕も精いっぱい生きてんでるんで、精いっぱい生きてる者同士、優しく応援し合いましょうよっていう感じですかね(笑)。こうやってインタビューだったり、パフォーマンスにふれ合った瞬間があったとしたら、ある種の運命だと思うから。

[了]

 KAT-TUNを脱退して“ちょっとあぜ道を歩く”ことを決めたときから、多くの挫折と向き合う日々があったのだろう。自身に原因があるとはいえ、いま再起を図ろうと歩く道も決して平坦ではないはずだ。しかし、今が幸せだと田口氏は語る。

 自身が制作している動画への反響がたとえ小さなものであったとしても、「応援してくれる人がいるから生きていける」という田口氏の受け止め方に、彼が逆境のなかでも表現活動をおこなう原動力の源を見た気がした。

 「これさえあれば他に何もいらない」

 心からそう思える道を、一歩一歩進んでいるからこそ今の田口氏の言葉には力が宿るのだろう。田口氏が日本武道館でライブをする日が早く来ることを願いつつ、記事の締めくくりとしたい。

■info

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前半が『ニコニコ生放送』&『YouTube』での無料配信。後半は『ニコニコ生放送』にてチャンネル会員限定で無料配信致します。

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