【武井 保之】劇場版『鬼滅の刃』が興収100億円超え!でも映画館の経営がヤバい理由 シネコンが抱える「ジレンマ」とは?

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鬼滅の刃』異例の大ヒット!

今年最大のヒットであるだけでなく、映画界の特異点としてその名を歴史に刻む事態になっている『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。前代未聞の興行の勢いは2週目も衰えることがなく、公開10日目にして早くも興収107.5億円(動員798.3万人)を突破し、最終的には200億円超えが確実視されるようになってきた。

本作がコロナ禍のシネコンを救うメガヒットになっていることは間違いないが、それでも未曾有の危機に襲われている今年の厳しさは変わらない。苦境にあえぐシネコンの現状と本作の影響を考えてみる。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

コロナ禍の鬱屈とした映画界だけでなく、徐々に活気を取り戻そうとしている日本社会全体を明るく元気づける歴史的ヒットとなった『劇場版「鬼滅の刃」』。公開初週の3日間で興収46億円(動員342万人)という空前の「初週興収歴代1位」という記録をたたき出すと、公開10日目には史上最速で100億円を突破した。

もともとの作品の魅力に加えてさまざまな要素が噛み合って、平時では起こり得ない、スケールの異なる爆発的な初動となった本作だが、イベントムービー化した作品の興行では、ケタ違いの初週をピークにそこからすぐにトーンダウンしていくケースが多々ある。しかし、本作においては、2週目で初週からの落ちがほとんどなく(前週末興収対比90.7%)、従来のパターンとはまったく異なる様相を呈している。

映画ジャーナリストの大高宏雄氏は破竹の勢いを見せる本作の興行について「歴史的なスタートには当然驚いたが、2週目までその勢いが続くことのほうが歴史的な意味合いはより強いのではないか。話題性だけのイベントムービー的な一過性の興行ではない証であり、作品力がずぬけていることがわかる。

今後の見通しとしては、動員では近いうちに1000万人を突破するだろう。その時点で、興収では140億円あたり。そのさきは未踏の領域であり、いきなりトーンダウンしなければ、200億円を超えて250億円あたりも視野に入ってくるだろう」と分析する。

その背景のひとつには、WEBニュースをはじめ、記録的ヒットを報じるメディアの記事数が尋常ではないことと、近年でも稀に見る盛り上がりとなっているSNSを介した情報拡散の相乗効果がある。その訴求力が漫画やアニメファン層の壁を超えて新たな領域に及び、ふだんアニメや映画とは無縁な層をも動かしているようだ。この先、「100億円最速突破」という話題性から、さらにその勢いを増すことも予想される。

興行収入200億円を超えたアニメ映画一覧
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シネコンが抱えるジレンマ

この規格外の特需は、コロナ禍において厳しい経営を強いられているシネコンにとって非常に意味が大きい。今年のシネコンを取り巻く環境を振り返ってみると、政府の緊急事態宣言により4月上旬から休業を余儀なくされ、映画をいっさい上映できなくなった。

この間、新作は公開が延期され、上映中の作品は配信へのシフトが進む。さらに、新作を劇場公開せずに配信のみでリリースする作品が、洋画だけでなく一部の邦画においても出てくる。過渡期を迎えている配信と劇場のあり方が一気に変わるのか、映画関係者の間で物議をかもした。

そして、休業要請解除後の5月下旬から徐々に映画館の営業が再開されるも、全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)のガイドラインのもと座席収容率は50%に制限された。コロナへの不安からの客足の戻りの鈍さもあり、配給会社は新作公開に踏み切れず、スクリーン編成は旧作ばかりとなる。

スタジオジブリ4作品『風の谷のナウシカ』(1984年)『もののけ姫』(1997年)『千と千尋の神隠し』(2001年)『ゲド戦記』(2006年)のリバイバル上映が大健闘(累計興収26.2億円)したがシネコンの苦境は続き、経営状況が上向きになることはなかった。

そうしたなか、夏興行に入り、徐々に邦画の大規模公開作が封切られると、それまでの状況が一変する。実写では『今日から俺は!!劇場版』が想定値を大きく上回る興収52.7億円、『コンフィデンスマンJP プリンセス編』は前作超えの36.8億円、秋には『事故物件 恐い間取り』が22億円、『糸』が20.3億円と平時を上回るほどのヒットが続出。

アニメでも『映画ドラえもん のび太の新恐竜』が31.2億円、『劇場版 Fate/stay night [Heaven’s Feel] III.spring song』は20億円に迫る。洋画では、ハリウッド大作の大半において来年への公開延期や配信シフトが続くなか、劇場公開にこだわるクリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』が20億円超えのスマッシュヒット。

コロナ禍においても劇場に足を向ける観客が多くいること、ヒット作が生まれることが映画界を勇気づけた。

コロナ後の興収20億円超えヒット作一覧
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一方で、興行におけるシネコンのジレンマも生じている。夏のヒット作の続出とともに全席販売の再開に踏み切るタイミングが探られていたなか、9月19日からの観客制限緩和措置に伴い、映画館は「全座席販売(100%)で食事不可(飲み物の販売は可)」もしくは「座席50%で飲食可」(全興連通達)の選択を迫られた。

シネコンにとっては、全席にすることで動員を増やし、少しでも稼働率を上げたいところだが、利益率が高く事業収益の大きな柱となっている飲食販売が制限されるのも厳しい。今回のようなメガヒットに恵まれているなかでも、平時の営業にはいまだ戻れず、全席販売と食べ物の販売のどちらを優先するか、どちらで収益増を図るか、シネコンそれぞれで対応が分かれている。

観客側に視線を移すと、前後左右が空席となる50%販売のほうがコロナ対策への安心感があり、鑑賞においても快適であることから、こちらを選ぶ人が多くなることも考えられる。シネコンによっては、平日と週末で50%販売と全席販売を切り替えているところもあるが、コロナ禍の状況が続く限り、“1席空け”へのニーズは高そうだ。

すでに観客が“隣席空き”に慣れていることもあり、シネコン側の思惑とは別のところで、この先こちらがデフォルトになっていく可能性も否定できないだろう。

「コロナ不安」を払拭できるか

今回の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の想定以上のメガヒットに歓喜する映画界だが、「1日に40回以上も上映する」といった前代未聞のスクリーンシフトによってその一翼を担ったシネコンにとっても、コロナ危機の真っ只中にある経営を救われたことは間違いない。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

このムーブメントがどこまで続くかは未知数だが、一方でこの1作だけで今年のコロナによるダメージをカバーすることができるかと言えば、そうではない。苦境が続いていることに変わりはなく、それほどまでに今年の情勢は厳しい。

昨年の年間興収は過去最高となる2611億円だったが、今年は好調だった7〜8月の夏興行ですら前年比30〜40%ほど。映画シーンのヒット作の大半を占める東宝の21年第2四半期決算では、今年3〜8月の興収実績(東宝映画営業部の配給作品)は前年比31.4%(165.8億円)となり、1〜9月までの数字でも昨年の半分ほどになるようだ。

映画界全体では、9〜10月にヒット作も続いているが、今年の年間興収は、前年比5割程度まで回復できればいいほうだろう。そこまでにも届かないとの見方のほうが強くなっている。

この苦境の根本的な打開には、コロナの収束が大きく関わってくる。そもそも劇場での視聴を好む固定映画ファンには年配層が多いが、コロナへの不安から客足がほとんど戻っていない。

また、同層にファンが多いハリウッド大作を中心にした洋画新作は、コロナによる社会情勢の悪化のためアメリカ本国での公開がままならず、日本を含めた諸外国で軒並み公開延期となっている。そのため、シネコンに洋画がゼロとなることで年配層の観たい作品がなく、ますます客足が遠のくという負のスパイラルが続いている。

そうしたなか、現状では、ライト層である若い世代を取り込める邦画新作頼みとなる状況が続く。幸い、社会的なトピックや流行に感度の高い同層は、フットワークが軽く、おもしろそうな作品さえあれば映画館に向かう。コロナを乗り切るまで、今回のようなヒットをきっかけに、若い世代を中心に世の中の関心を映画館に向けさせ、映画を生活の一部にいかに溶け込ませていくか、に業界をあげて取り組む必要があるだろう。

ターニングポイントは「春休み映画」

厳しい興行が続くシネコンに対して大高氏は

「少し息がつける状態になったとは言える。それも、持続性のある興行が見えてきたことが大きい。『鬼滅の刃』のここまでの大ヒットは、次につながる可能性のある、大きな希望になったと思う。ただ、この1本だけでは、来年以降の先行きは見通せない。年間興収で40%台を占める洋画の公開が、どの時点で本格的に上映を再開するかが問題だ。ここが弱いと全体は活性化しない。映画館で観る映画の醍醐味、素晴らしさが、ジャンルを超えた作品への関心に少しでも広がってほしい」

と力を込める。

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幸いこれまでのところ映画館からクラスターは発生していない。映画館内は換気が行き届いているが、それ以上に今回の空前のヒットによって足を運ぶ人たちが多くなることで、安全な場所であることが社会的により広く認知されると期待される。それが無意識のうちにコロナへの不安を払拭し、映画館へ行くことのハードルを下げる効果もあるに違いない。

この先、まずは来年の春休み映画として洋画新作の公開が控えているが、そのタイミングで年配層を含む幅広い層が劇場に足を運ぶきっかけをつくり、映画界復興の出発点にできるか。

数十回上映するという今回のシネコンのスクリーンシフトは、ビッグタイトルのヒット促進ならびに利益最大化への新たな事例となった。コロナは現在も一進一退の状況が続くが、いまの勢いと歴史的ヒットを生み出した知見をひとつの足がかりに、業界の足元を支えるシネコンが先頭に立って、どんな状況においても映画界が前に進む手立てを考えていくことが期待される。