8月28日に日本で劇場公開された、キーラ・ナイトレイ主演の映画『オフィシャル・シークレット』は、2003年、イギリスで実際に起こった「キャサリン・ガン事件」を描いた作品。

この作品で物語の重要なカギとなる二コール・モーブレイ役を演じているのが、俳優のフットマン花子さん(26歳)。日本人の母とイギリス人の父を持ち、ロンドンを拠点に活動しています。

映画やCM、連続ドラマのメインキャストに抜擢されるなど、活躍の場をどんどん広げている彼女に、これまでのキャリア、日英両方のバックグラウンドを持つ俳優としての思い、そしてこれからのことについて、じっくりお話を伺いました。

映画『オフィシャル・シークレット』のニコール役はオーディションで獲得

――映画『オフィシャル・シークレット』への出演は、どのように決まったのですか?

エージェントからニコール・モーブレイ役のオーディションを受けるよう勧められたことから始まりました。大きな役ではないですが、新聞社でアシスタントとして働き、キャサリン(キーラ・ナイトレイ)がリークした情報の信ぴょう性に関わる“ある行動”をするという、重要な役です。オーディションではその場で泣く演技をする必要があったので、少し緊張しました。でも十分準備していったので、自信をもってできたのは良かったです。

役が決まってから、私なりに役柄についてのリサーチをしました。イラク戦争の頃は子どもだったので、当時のことは覚えていませんでしたが、ニコールさん本人に会い、インタビューもさせてもらいました。

彼女は、私がコンタクトを取るまで映画で自分がフィーチャーされるのを知らなかったようです。当時の(キャサリンが情報をリークしたオブザーバー紙を発行している)ガーディアン紙のオフィスビルも訪ねました。ニコールさんと、彼女を取り巻く当時の環境を知ることはとても大切なプロセスでした。

私が撮影に参加したのは1週間ほどでした。ガーディアン紙のオフィスのセットは、新聞社そのもの。電話がいつも鳴っていて、人々が忙しく働いている…そんな新聞社の熱気がそのまま再現されていました。同じセットでマット・スミス(ドラマ『ザ・クラウン』のフィリップ殿下役)などの演技を間近で見ることができたのはとても勉強になりました。

シャイだった子ども時代、でも俳優になりたかった

――俳優を志したきっかけは?

子どものときから「俳優になりたい」と思っていたんです。映画が大好きで、『パイレーツ・オブ・カリビアン』(2003)を観て以来、キーラ・ナイトレイの大ファンでした。彼女のインタビュー記事に「エージェントを見つけるのが、俳優になる第一歩」と書かれていて、夜に「いつか私にもエージェントがつきますように」と祈ってから眠る――そんな子どもでした。

でも当時の私は本当に恥ずかしがり屋で、校内で行われる演劇のオーディションすら受けたことがなかったんです。

中学生(イギリスでの7年生、12歳)になったばかりの頃、そんな私の背中を押してくれた小さな出来事がありました。スクールバスの中で、小さな声で(歌を)口ずさんでいると、そばで聴いていた先輩から「あなた、きれいな声ね」と言われました。その一言に勇気づけられ、合唱隊に入ることにしたんです。初めて“パフォーマンスに参加する”というきっかけをくれた出来事でした。

そして14歳のとき、たまたま行った音楽フェスの会場でモデルエージェントにスカウトされました。「(ずっと夢見ていた)エージェントがついた!」と喜ぶと同時に、目の前の世界が開けたような気がしました。

モデルの仕事を通して大人の世界を見ることになり、また、クリエイティブな人たちにも会えたことで、「俳優として活動する」という将来の夢を具体的に想像できるようにもなりました。“中高生としての自分”と“プロのモデルとしての自分”――2人の自分が共存する不思議な時期でしたが、仕事をすることで自信を持てるようになりました。

高校を卒業する直前にSNSで見つけたある映画の公開オーディションを受けたのですが、主演候補の最後の2人まで残りました。このときのキャスティング・ディレクターに俳優エージェントを紹介され、契約しました。

孤独を乗り越え、演劇学校へ

高校を卒業した後、友人たちは大学進学のためイギリスの各地に散らばっていきましたが、私は1人、ロンドンに残りました。俳優になりたい気持ちは固まっていたので、それ以外のことを学ぶために大学に行く気にはどうしてもなれなかったんです。

でも18歳からの1年間はとてもつらくて、孤独でした。オーディションにたまに呼ばれることはあっても、頻繁ではありません。“無職の俳優”としての日々をどう過ごしたらいいのか、どうやったらプロの俳優になれるのか、分からず悩みました。

そんなとき、エージェントが「演劇学校の1年基礎コースに行ってみたら?」と勧めてくれたんです。正直乗り気ではなかったものの、当時は必死で“今の自分に出来ること”を探していたので、ロンドンにある音楽&演劇アカデミー(LAMDA)を受験し、合格しました。

この学校で人生が変わりました。コースを通じて改めて「私は心から俳優になりたいんだ!」と確信し、また、同じ情熱を共有できる友人にも初めて出会えました。ほとんどの友人がその後も継続してアカデミーの大学部門に入学しましたが、私は1年コースで卒業し、俳優としてのキャリアを模索しようと決めました。

日英ミックス俳優ゆえの悩み

でも、その2カ月後に、なんとエージェントから契約を切られてしまったんです。

「あなたのエスニシティ(民族性、ここでは日英ミックスであることを指す)では、役を得るのが難しすぎる」と説明されました。イギリスでは白人の役が圧倒的に多く、「アジア人と白人のミックス」という設定の役柄はそう多くないのは事実です。

アカデミーも卒業し、エージェントもいない。当時20歳の私は、本当に困っていました。「何とか打開しなくては」と思い、自分のショーリールを制作し、調べられる限りのエージェントに送りました。そしてやっと「面接に来てください」と返信をくれたエージェントが1つ現れ…それが現在所属しているエージェントです。

今のエージェントに移ってから、以前よりオーディションに呼ばれるようになりました。

時代劇は無理だと思っていたのに! 英ドラマ『ザ・クラウン』に出演

――『ザ・クラウン』(2017)のリリー役もオーディションで得たのですか?

はい、そうです。『ザ・クラウン』のリリー役は大きな転機になりました。以前のエージェントに「(日英ミックスの)君は、ピリオドドラマ(時代劇)で役を得るのは無理」と言われ、私自身「そうかもしれない」と思っていました。そんな私がイギリスを代表するピリオドドラマに出演できたのは驚きでした。

オーディションを受けたとき、『ザ・クラウン』はまだ第1シーズン放送前だったので、どのぐらい大作ドラマなのかも知りませんでした。

とても緊張した状態で撮影に臨んだのですが、現場に着いてすぐ、緊張が解けていくのを実感しました。細部まで作りこまれた豪華なセット、エキストラや登場する犬に至るまで、完璧に整えられた空間だったからです。頑張って“演技をする”のではなく、自然にその場に溶け込み、リリーになりきることができました。本当にこの経験は大きかったです。

連続コメディドラマのメインキャストに抜擢

――昨年BBCで放送された『Defending the Guilty』(原題/2019)は、メインキャストの1人という大役でしたね。

このときはかなりたくさんの人が(花子さんが演じた)ピア役を受けていました。オーディションも2段階あり、役を得るまで時間がかかりました。どの作品も、役を得るためには熾烈な競争を勝ち抜かなくてはならないので大変です。

法廷弁護士インターンのウィル(ウィル・シャープ)が主人公のドタバタ法廷コメディ。「正義のために働きたい」と願っているのに、インターン先の上司はやる気がなく、弁護する被告人も嘘つきばかりで出鼻をくじかれることに…。

コメディの経験はほぼなかったので、少し不安はありました。通常役を演じるとき、その人物の深い部分を掘り下げ、役になりきる努力をします。でもこの作品はコメディなので、深さよりも面白いことが求められます。この点に置いて、大きな挑戦となりました。また、同じ日英ミックス俳優であるウィル・シャープ(『Giri / Haji』出演)と共演できたのも良かったです。

アジア系俳優をとりまく環境は大きく変化

――イギリスと日本、2つの国のバックグラウンドを持つことについてどう思っていますか?

私は白人のイギリス人が多い地域で生まれ育ち、いつもどこかで「自分は皆とは違っている」と感じて生きてきました。学生時代、ヘビーなレベルではないものの、差別のようなものを受けたこともあります。また(前述のように)エージェントから「キャスティングが難しい」と言われたこともあって、日本のバックグラウンドを否定したかった時期もありました。

でも状況は大きく変わりました。サンドラ・オー(『キリング・イヴ/Killing Eve』)やジェンマ・チャン(『クレイジー・リッチ!』)など、主役級を演じるアジア系俳優が増えていますよね。“2つの国のバックグラウンドを持っていること”が、何かを制限することではなくなってきています。

私自身は白人の役をキャスティングされることが多いのですが、(業界全体として)エスニシティの条件のない役どころも増えています。今は、2つの国のルーツを持っていることに感謝し、心から誇りに思っています。

日本は安心できる大切な場所

――日本は花子さんにとってどんな場所ですか?

日本には子ども時代から毎年のように行っていますが、本当に大好きですし、幼少期の楽しい思い出と紐づいています。いつ行っても安心できる、心地良く、懐かしい場所です。

日本語は話すことより聞き取りの方が得意ですが、母とは日本語と英語を混ぜながら会話しています。もっと日本語も上手になりたいので、日本のアニメやテレビ番組を観たりもしています。是枝裕和監督をはじめ、日本の映画も大好きです。いつか俳優として、日本映画に出演できたら…と夢見ています。

これからもずっと表現者であり続けたい

――今後の予定や将来の展望について教えてください。

近い予定としては、アイスランドのドラマ『Stella Blomkvist』(原題)への出演が決定しており、また11月からアメリカ・ニューメキシコ州で行われる映画『Canyon Del Muerto』(原題/コエルテ・ヴォーヒーズ監督)の撮影も控えています。この作品は女性考古学者アン・アクステル・モリス(1900〜1945年)の人生を描いた作品で、私はアンの親友であるエリザベスを演じます。砂漠で馬に乗るシーンがあるのですが、撮影が今からとても楽しみです。

そして今後もずっと、芸術活動に関わる表現者でありたいです。俳優として良い作品に出演したいのはもちろんですが、プロデューサーやディレクターの仕事にも興味があります。それから、これはとても遠い先のことですが、いつかアジアのバックグラウンドを持つ人たちのための製作会社を作ることも夢の1つです。ダブル、トリプルといった複数のバックグラウンドを持つ俳優が働きやすい環境を作れたら、と思うからです。

ひとつひとつの仕事を大切にして、今後のキャリアを重ねていきたいですね。

フットマン花子/Hanako Footman

1994年、ロンドン生まれ。イギリス人の父、日本人の母を持つ。14歳のときにモデルとしてスカウトされ、その後俳優として活動。ドラマ『ザ・クラウン』(シーズン2・第2話/2017)、ドラマ『Defending the Guilty』(原題/2019)など多数出演。キーラ・ナイトレイ主演の映画『オフィシャル・シークレット』(2019)では、物語の重要なカギとなる二コール役を好演。