高学歴ならではの苦労とは?(写真/時事通信社)

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エリートの象徴”とも言われる東大法学部。そんな日本の最高学歴とも呼べる経歴を持つ人は、多くが順風満帆な人生を歩んでいると思う人も多いだろう。だが、東大法学部出身だからこその生きづらさを抱える人もなかにはいる。『東大なんか入らなきゃよかった 誰も教えてくれなかった不都合な話』(飛鳥新社)の著者で、自身も東大出身のライター・池田渓さんがリポートする。

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「死にたい」
「会社にいるだけで胃がキリキリする。例の先輩をどうにかしてほしい」
「東大なんか入らなきゃよかった」

 これらは、東大法学部卒のK氏(30代後半・男性)から友人である僕に送られてきたLINEのメッセージ。天下の東大法学部を卒業後、自ら望んでメガバンクに就職したというのに、一体彼に何があったのだろうか。

 K氏は、都内の支店営業部に配属され、3年が経った頃精神を病み、その後ほどなくして産業医からうつ病と診断され休職をすることになった。半年の療養を経て復職し現在に至るが、その後の彼は事あるごとに「死にたい」と口にするようになってしまった。

 彼がうつ病を患った「銀行」は、東大の学部卒業者に最も人気のある就職先だ。東京大学新聞社の集計では、2019年度東大学部卒業者の就職先企業のトップは三井住友銀行、次いで三菱UFJ銀行と、銀行が2位までを占めている。

「民間企業のなかでは給料が高い方だし、福利厚生も手厚い。何より、社会インフラだからリストラに遭う心配がない。一見、安心で安全な職場だよね。東大生の多くは俺と同じような考えで銀行を就職先に選んでいるよ」(K氏、以下同)

「東大を出て銀行に採用されたのだから、得意な頭脳労働ができる――」。銀行に就職した当初は、意気揚々とこう語っていたK氏。ところが、彼が実際に命じられた仕事は、中小企業の経営者や資産家の家を一軒一軒訪問して、保険や投資信託の購入をお願いするというもの。つまり、泥臭い営業だ。そこでは、「客」という立場を笠に着た金持ちたちから理不尽なパワハラを受けることもしばしばで、東大法学部で学んだ知識は全く役に立たなかった。必要なのは、受験勉強でも大学の講義でも学ぶ機会の無い「コミュニケーション能力」だ。

 東大を出ているような人間は、子供の頃から1人で机に向かっている時間が長い。そのため、論理的な読み書きといった言語スキルは高いが、人との会話やコミュニケーションを苦手としている人がそれなりにいる。対人のストレス耐性も決して高くなく、営業仕事で潰れる東大出身者は多い。K氏と同時入社した東大卒の同期も同じようにうつ病を発症し、現在は「いつ休んでもいい」とされている子会社の窓際部署で飼い殺しになっているという。自分を「コミュ障」と言うK氏にとっても、営業という仕事は苦痛だったのだろう。彼のメンタルはみるみる消耗していった。

「慶応卒」に目の敵にされる

 銀行の本部には、経営戦略の立案や金融商品の開発といった頭脳労働を行う部署がある。そのような部署で「デスクワーク」をやらせれば、彼らがうつ病を発症するまで疲弊することも無かったかもしれない。しかし、銀行のメイン業務はあくまでも法人融資や個人に保険や投資信託を買ってもらうといった営業だ。営業の現場を知っておかなければ戦略の立てようもないため、後に本部に引き上げるにしても3〜4年は支店で営業を経験させられることが多い。

 K氏は、営業成績が極端に悪かったわけではないが、東大卒というだけで「要求される数字が人よりも大きくなる」と不満を口にした。その数字を達成できず、上司に個室に呼び出され「短大出の彼があれだけの成績を上げているのに、天下の東大を出ている君は何でパッとしないの?」と2時間近く詰められたこともあった。上司は、万が一にもパワハラで訴えられないように、大声でどう喝したり机をバンバン叩いたりなどは絶対にしないが、個室での一対一の面談で、静かな声でプライドを丁寧に傷つけてくるそうだ。

「『半沢直樹』のパワハラ演出なんてファンタジー。実際はもっと陰湿で砂漠のようなところだよ。今でも思い出すだけで死にたくなる」

“普通の成績”しか上げられていないのに、周りからは何かにつけて「東大卒なんてすごいね」「賢いから、私たちなんかあっという間に追いつかれちゃうね」などと言われてしまう。相手に嫌みのつもりは無かったのかもしれないが、これも大きな負担だった。

 そんな状況に追い打ちをかけたのが、慶應卒の先輩から受けたいじめだった。無視をされたり、目が合うと舌打ちをされたり、些細なミスを何時間も責められたり…名前ではなく「東大」と呼ばれることもあった。

「慶應卒の先輩にとって東大卒の俺の学歴は目障りだったんだと思う。偏見だと言われるだろうけど、『私大の雄』にとって東大は目の敵なんだ。銀行は、東大生が大勢就職すると言っても100人規模の支店内に同窓は数人もいない。ノルマがきつくて部署のみんながストレスを溜めているから、俺の学歴がそのはけ口になったんだろうね」

「東大に入らなければ、銀行に入ることもなかった」

 人事部から休職を命じられた時には、日に何度も自殺を考えたという。「ドアノブにタオルを引っかけて首を吊ろうとしたことがある」という告白には胸が痛んだ。休職したことで、復職後の給料は同期の約8割、年収560万円にまで落ちてしまった。現在もうつ病は完全には治っておらず、向精神薬と睡眠薬が手放せない。

「メンタルが綱渡り状態だから、いい年をして結婚もできないよ。東大に入るための塾やら予備校やらにいかせてくれた親には、心の底から申し訳なく思う。東大なんか入らなきゃよかったな。そしたら、銀行に入ることもなかった」

 銀行の経営は今の時代、もはや安泰ではない。規制緩和で増え続けるネット銀行との手数料競争やマイナス金利政策などの影響で、メガバンクは今、個人客を切って少数の金持ちだけを相手にする方針を立てている。振込手数料の値上げや口座維持手数料の導入はその一環だ。最近、みずほ銀行が立て続けに発表した「副業解禁」「3割の事務員を営業に配置転換」「週休3〜4日制」といった新制度も、人員の削減の下準備と言える。

 最後にK氏は、これから銀行に就職しようとしている後輩たちに向けてこう言った。

「俺のように、『リストラの心配がない』から銀行に就職しようとする学生はもういないかもしれないけど、銀行に入れば自分が泥臭い営業をやらされることも想定しておいてほしい。その類いの仕事は東大卒にはつらいよ」

 東大法学部から銀行に就職し壊れかけている1人の先輩が、若い後輩たちへ力を振りしぼって送るメッセージである。

【池田渓】
1982年兵庫県生まれ。東京大学農学部卒、同大学院農学生命科学研究科修士課程修了、博士課程中退。フリーランスの書籍ライター。共同事務所「スタジオ大四畳半」在籍。近著に『東大なんか入らなきゃよかった 誰も教えてくれなかった不都合な話』(飛鳥新社)がある。