やはり競馬には、名脇役が必要だ。

 牡馬クラシック最後の一冠、GI菊花賞(10月25日/京都・芝3000m)を見て、しみじみそう思うった。

 4角手前で、単勝1.1倍の大本命コントレイルが馬群から抜け出しを図った時、見ていた人の多くは、これまでと同じく「あとは(馬群を)突き放すだけ」と思ったに違いない。

 しかし、無敗の三冠がかかった今回は、そう簡単にはいかなかった。

 クリストフ・ルメール騎手騎乗のアリストテレスが道中、コントレイルをずっとマークするような形で走っていた。直線に入っても、まるでコバンザメのように馬体を接して追いかけてきたのだ。

 コントレイルの手綱をとる福永祐一騎手は、追いすがるアリストテレスを何度となく引き離そうとするが、一向にその差は開かない。福永騎手が追えば、ルメール騎手はさらに執拗に馬体を合わせてくる。

 これには、福永騎手も冷や汗ものだったようだ。レース後の勝利ジョッキーインタビューでこう語っている。

「最後は相手の脚色がよかったので、『何とか凌いでくれ』と懸命に追っていました」


白熱の菊花賞。コントレイルがアリストテレスをクビ差抑えて三冠を遂げた

 実は、レースのビデオ映像を見返すと、アリストテレスはスタート直後から、コントレイルの外側をずっと離れずに追走している。それは、見ようによっては、コントレイルに無言の"圧"をかけているようにも、コントレイルの行く手を阻んでフタをしているようにも、見えた。

 それこそ、コントレイルを「簡単に勝たせるわけにはいかない」という、名手ルメール騎手のプライドであり、練りに練った高等戦術だったに違いない。

 事実、この日のコントレイルはいつもと様子が違った。

 今までのレースでは、道中何があっても、我関せずと落ち着き払っていたが、この日はどこか落ち着きがなく、しかも、しきりに行きたがって、道中のペースが落ちると、引っかかりそうになっていた。

 もともと「3000mの長丁場は向かない」と言われていたが、この日、コントレイルが落ち着きをなくしたのは、そうした懸念だけが要因ではないだろう。アリストテレスを操るルメール騎手がかけ続けた、"無言のプレッシャー"を感じていたことは間違いない。

 福永騎手もレース前から、アリストテレスという馬に対しては、相当な警戒心を持っていたらしい。関西の競馬専門紙記者がこう証言する。

「福永騎手自身、アリストテレスにはこれまでに2回騎乗しています。当時はまだ成長途上で、レースで勝つことはできませんでしたが、それなりに能力の高さを感じ取っていたようです。その馬にルメール騎手が乗ることになって、一層警戒心を強くした、という話を聞いています。でも、まさかここまで肉薄されるとは、思ってもいなかったでしょうね」

 アリストテレスも、ルメール騎手も、さすがである。だが、その馬に一度も抜かせず、クビ差を保ったままゴールしたコントレイル。世代最強の実績と実力は、やはり伊達ではなかった。

 これまでは圧倒的な能力差でスマートに勝ち続けてきたが、ここぞの場面を迎えて、まさに「なにくそ!」と言わんばかりの勝負根性を見せた。そこに、コントレイルの"本気"を見た。

 本気にさせたのはもちろん、アリストテレスであり、ルメール騎手である。そして彼らは図らずも、今までのイメージとはやや異なるコントレイルの新たな"引き出し"――泥臭い一面があることまで教えてくれた。

 これで、コントレイルは7戦7勝。先週のデアリングタクトに続いて、無敗の三冠という快挙を成し遂げた。そして、無敗での父子三冠達成は日本競馬史上初の偉業だ。

 次は、いよいよ古馬との対戦が待ち構えている。「世代最強」から日本の「現役最強」をかけた戦いが始まるのだ。

 ともあれ、それはまだ先の楽しみ。今はまだ、アリストテレスの善戦によって、稀に見る名勝負となった菊花賞の余韻に浸っていたい。

 競馬には、やはり名脇役が必要である。