●毎回驚かされる「本当に稀有な人」

フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00〜 ※関東ローカル)で25日に放送された『母の涙と罪と罰 2020 前編 〜元ヤクザ マナブとタカシの5年〜』。前科者、薬物依存といった過去から抜け出し、“やり直し”を目指す人たちを支援する遊佐学さん(45)に密着した作品だ。

自身も元ヤクザで覚せい剤中毒になり、逮捕歴がある学さんは、自分を信じて待っていてくれた母に支えられ、新しい人生を歩みだすことに。そして、“必ずやり直せると誰かに信じてもらうことが力になる”と、今度は自分が“やり直し”の支えになろうと活動してきた。

そんな学さんを、足かけ5年にわたって密着してきた長谷川玲子ディレクター(セイビン映像研究所)は、どう見ているのか。そして、彼の活動を通して伝えたいこととは――。

『ザ・ノンフィクション』の密着を受ける遊佐学さん(右) (C)フジテレビ


○■何度裏切られても活動を続ける

もともと“やり直し”をテーマにした企画を考えていたという長谷川D。そんな中、前科者や薬物依存から抜け出したい人を受け入れている教会に住み込んでいたタカシさんに出会い、その面倒を見ている学さんの存在を知り、2人を主人公にした番組が『母の涙と罪と罰』(18年7月13日放送)だ。その後、『その後の 母の涙と罪と罰』(19年4月21日放送)を経て、今回に至るまで追いかけてきた。

前編では、面倒を見てきたタカシさんが覚せい剤で逮捕されてしまったが、それでも再び受け入れる学さん。さらに、覚せい剤の使用を繰り返し、12回の逮捕で計30年間を刑務所で過ごした66歳の高野さんを自宅で引き受けるという決断を下した。

そんな学さんを「本当に稀有(けう)な人です」と表現する長谷川D。

「“やり直し”というのが本当に難しいことだというのが、取材をすればするほど分かったんです。教会も『10人に1人残ればいい』と言っているし、学さん自身、タカシさんや高野さん以外の人も面倒を見ていますが、やっぱり裏切られることのほうが多い。それでも、ここまで自分の損得なしに、誰かのために活動し続けられるまでに変われたというのは、本当に稀有な人だと毎回驚きながら取材しています」

かつて“札付きのワル”だった学さんは、暴走族の副総長だった経験もあるそうで、「面倒見の良さは、見ていてすごく感じます」と、慕われる存在。さらに、「取材してるときもすごく自然体なんです。本音で全部さらけ出してくれるので、それがタカシさんや高野さんにも伝わっているんだろなと思います」と理解した。

10月25日放送の前編より (C)フジテレビ


○■顔出しに葛藤なし「1つの決意に」

また、この5年を見て、学さんが「どんどん強くなっていると思います」とも。施設長まで任されていた依存症の回復施設を突然クビになってしまったり、面倒を見ている人が落ち込んだり裏切ったりと、悩める状況に何度も直面したが、「そのたびに『自分が生かされた意味は、“やり直し”を手助けすることなんだ』とおっしゃっているんです」と、精神面のさらなる成長を目の当たりにしたという。

番組が追っている人の中で、学さんは唯一モザイクなしで顔を出している。「元ヤクザ」「薬物依存の過去」といったレッテルが貼られ、仕事を探す上でもリスクがありそうだが、密着を始めるときから、顔出しで映ることを了承してくれた。

「その葛藤は最初からなかったです。むしろ顔を出すことが1つの決意になっているようで、自分を奮い立たせているものがあるんだと思います」といい、これまでの放送後には「学さんにも反響が届いていて、街で『頑張ってください』と声をかけられたという話をうれしそうに伝えてくれました」と、番組が彼の活動の後押しにもなっているようだ。

●薬物依存者がコロナで孤独化…精神的ダメージに

11月1日放送の後編より (C)フジテレビ


密着取材の最中に襲いかかった新型コロナ禍。ニュースや新聞では、経済面での大打撃が連日報じられているが、実は“やり直し”を目指す人たちにも大きな影響があった。後編では、高野さんが薬物依存の通院治療や依存回復のミーティングに、コロナの影響で参加できず、働きたいと思っても仕事がないという厳しい現状が明らかになる。

「依存症の人や“やり直し”をしたい人たちにとって、一番大切なのは“人とのつながり”なんです。しかし、『人と会ってはいけない』『家から出てはいけない』という世の中になって、彼らはより孤独になってしまい、精神的なダメージを受けていたんです。コロナの中で目を向けきれていない陰の部分だと思うので、こうした影響は伝えたいと思いました」

学さんによると、「コロナになって、また薬物依存に走ってしまう人が増えているという実感がある」とのことだ。

○■ドキュメンタリーで異例のオリジナル音楽

『母の涙と罪と罰』シリーズでは、挿入音楽を作曲家の日向敏文氏が書き下ろしている。松たか子、中山美穂、Le Coupleらへの楽曲提供や、『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』など大ヒットドラマのサウンドトラックも手がけている人物だ。

ドキュメンタリー番組でオリジナルの楽曲が使用されるのは異例だが、日向氏と30年以上の付き合いがある河村正敏プロデューサー(セイビン映像研究所)との関係性で実現。番組側から曲のイメージを具体的にオーダーするのではなく、映像を見て作曲してもらっているそうで、今回の挿入音楽は「番組で起こる事象が強く、重いテーマなので、音楽はあまり主張しすぎないほうがいいという考えで作ってもらいました」(河村P)。

こうして制作された音楽が映像に乗ると、「心情をより強調してくれて、私が思いつきもしないような感情に運んでくれるんです」と長谷川Dが言うように、大きな効果をもたらしている。

○■食事シーンに込めた「生きてほしい」

11月1日放送の後編『元ヤクザと66歳の元受刑者』は、高野さんを軸に展開されていくが、「“やり直し”というのが本当に難しい中で、学さんが決して諦めないで支え続けていく決意というのが、取材をしている私たちにも“希望”になっていたんです。その“希望”というものを、ぜひ感じてもらえたら」と呼びかける。

また、食べることの喜びが伝わってくる食事のシーンを意識的に多く映しているが、そこには、「生きてほしい」というメッセージが込められているという。河村Pも「今回の番組に登場する彼らだけでなく、社会で追い詰められて苦しい思いをしている人たちがいると思います。最近は特に“生きる”ということの意味を考えることが多くなっているからこそ、学さんの存在が“希望”になってくれたらいいなと思います」と願いを語った。

今後も、学さんのことを追いかけていくという長谷川Dは「撮るか撮らないかは分かりませんが、一生付き合っていきたいと思いますね」と意欲を示している。

長谷川玲子ディレクター


●長谷川玲子1988年生まれ、長野県出身。武蔵野美術大学卒業後、フリーの撮影スタッフとなり、13年にセイビン映像研究所に入社。撮影スタッフと並行して『母の涙と罪と罰』(18年)でディレクターデビューし、第35回ATP賞テレビグランプリで最優秀新人賞を受賞した。