「『最期はこんなふうに迎えたい』という意思を子どもたちに伝えておくことは、とっても前向きなことでしょ。望まない形で介護されたり、看取られたりするほうがよっぽど悲しいじゃない」(和津さん)撮影:清水朝子

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〈本日の『徹子の部屋』に安藤和津さんが登場!〉安藤和津さんは、夫の奥田瑛二さん、娘の安藤桃子さん、安藤サクラさんと、一家で約10年にわたり、実母を自宅で介護しました。そんな経験から、「介護が必要になったら施設に入れて」と娘たちには伝えているそう。それを聞いた桃子さんは、どう思っているのでしょうか(構成=内山靖子 撮影=清水朝子)

【写真】「死に化粧は絶対に腕のいいメイクさんに頼んでね(笑)」

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自分の意思を子どもに伝えておくのは親の義務

桃子 今日、お母さんとじっくり話したいと思ったのは、お母さんの本の中に、「自分が老いてからのことについて、どうしてほしいかをあらかじめ家族で話し合っておくべきだ」と書いてあったから。おばあちゃま(和津さんの母・荻野昌子さん)の在宅介護を経験したおかげで、わが家では暗いこととしてではなく、話す機会は多くあったけれど。

和津 メモを取りながら、まじめにって感じじゃなくてね。一緒にテレビを観ていて、臨終のシーンとかで、「こういうのはイヤだなあ」って言うと、「お母さんはどうしたいの?」っていうことから始まる流れでね。

桃子 でも長女として、きちっとひざを詰めて、「お母さんの本音はどうなの?」というところを聞いて、私も自分の気持ちをきちんと話せるいい機会だと思ったの。

和津 確かに……。

桃子 それに人って、思っていることを素直に伝えられないことがあるから。いざそのときになったら、私も本音を伝えきれないかもしれない。

和津 桃子はお父さんと性格が似ているからね(笑)。でも、いつも言っている「介護が必要になったら施設に入れて」「痛み止めはガンガン打って、食べたいものは食べさせて。でも無駄な延命治療はやめて」というのは本音よ!

桃子 それはわかった。お母さんの介護をするときには、「私はこうしたい!」という自分のエゴは出さないようにしたい。でも家族って、いちばん感情的になっちゃう相手だから。おばあちゃまとお母さんには、その難しさを見せてもらったと思う。

和津 私が母の介護をしていたときに悔やまれたのは、母の気持ちがまったくわからなかったということ。脳腫瘍で認知症を発症して、75歳から在宅介護を始めたときには、母は元気だった頃とは別人になってしまっていたから……。

桃子 おばあちゃまの意思がわからなかったのは仕方のないことだよ。

和津 そうだけれど、どんなふうに介護されたいのか、本人の希望を聞きたくても、話し合うことなんてできない状態だったでしょ? 母の希望が何ひとつわからないまま看取ってしまったことは、今も後悔だらけ。

桃子 でも、お母さんは最大限のお世話をして見送ったから、おばあちゃまはきっと幸せだったと思う。

和津 そうだと良いんだけど……。母が元気なときにそういう話をしていたとしても、大変だったかも。「なんで私にそんなこと聞くわけ!?」って、怒るような性格だったから(笑)。でも私は、自分がボケたらどうしてほしいのかを、元気なうちにあなたたちにはきちんと伝えておきたい。それは先に逝く親の義務だと思うから。

桃子 私はなりゆき任せな性格だから、自分の娘には「すべて任せる」って言いそうだなぁ。(笑)

和津 それで苦労するのはあなたの娘です!

桃子 じゃあ、「君の好きにしてください」って、書いておこうかな。

和津 「本当に最後まで自分勝手な人だったよね」って言われるのよ〜。死んだ後も、ずっと娘に恨まれちゃったらどうするの?

桃子 サクラにも「お姉ちゃんは、本当に勝手だよね」ってよく言われる。(笑)

和津 「エンディングノートを書くなんて悲しいからイヤ」という人もいるみたいだけど、ネガティブなことじゃないと思う。「最期はこんなふうに迎えたい」という意思を子どもたちに伝えておくことは、とっても前向きなことでしょ。望まない形で介護されたり、看取られたりするほうがよっぽど悲しいじゃない。人は生まれたら、いつか必ず死を迎えるんだから。

桃子 死なない人なんていないわけだからね。

身体介助はロボットに。家族は心のケアに専念

和津 そもそも私が「介護が必要になったら施設に入れてほしい」と思うようになったのは、10年ほど続いた母の介護でボロボロになって、介護うつになってしまったから。好きだった料理もできなくなっちゃって、人に会うのも怖くなって、夜中に庭の木を見ては、「あれで首を吊ったら……」とまで思うようになった。あんなにつらい思いを、あなたたちには絶対させたくない。

桃子 でも、今はそう言っていても、いざボケちゃったら、「なんで私を施設に入れるの!?」って、お母さんきっと暴れるよねって、サクラと話していたんだよね。(笑)

和津 いいの、暴れても無視して入れてちょうだい!(爆笑)

桃子 もちろんお母さんの意思を最大限に尊重したいけど、そのときのお母さんがいちばんハッピーで笑顔になれる世話をしたいという気持ちがある。だから、「このまま家で過ごしたい」って言われたら、喜んで自宅で介護をするつもり。それはサクラも同じ考えのはず。

和津 そう言ってくれるのはありがたいけど、性格的に、周囲から構われたい人と構われたくない人っているでしょ。私は誰かが自分のために気を使ってくれる状況が苦手なの。

桃子 お母さんはそうよね。

和津 自分が誰かに負担をかけていると思うと、余計に気疲れしちゃう。だから、子どもに介護されるなんてもってのほか。介護士さんにさえ、オムツを替えていただくなんて申し訳ないと思っちゃう。

桃子 それはわかる。私も病院で大腸検査をすすめられたとき、「医者にお尻を見せるなんてイヤだ〜!」って思ったもん(笑)。その恥じらいは、年をとっても変わらないよね。

和津 人間の尊厳というものがあるから。だから、私は介護ロボットに大いに期待しているの。

桃子 AIみたいな最先端の技術と、人にしかできないところをうまく使い分けできるといいな。

和津 自戒を込めて言うけれど、経験から考えると、オムツ替えや体位変換などの身体介助は、可能ならロボットに任せて、家族はおしゃべりを楽しんだり、心のケアに専念したほうがいい。だって、思い出を語れるのは家族しかいないでしょ。それでお世話をする側に精神的、体力的な余裕が生まれれば、私のように心身がボロボロにならずに済むから。

桃子 介護する側がうつにならないような仕組みは大切。だから前から話していたとおり、お母さんが「入りたい!」と思える施設を私が作ればいいんだ!

和津 そうよ。桃子とは話していることだけど、自分たちの介護経験を120%生かして、世の中のために何かしたいと本当に思っているのよね。

「私は湿っぽいのはイヤだから、ロックンロールを大音量で流してもらって、みんなで「イエーイ!」って盛り上がって見送ってほしい。あと、死に化粧は絶対に腕のいいメイクさんに頼んでね。(笑)」(和津さん)「ハリウッドから呼んじゃおうかな(笑)」(桃子さん)

年をとったからといって安易に世話になろうとせず

桃子 最後まで誰の世話にもならず自立した人生を全うすることができれば、それに越したことはないよね。今、私が暮らしている高知は、病気やケガをしても自活ができるまでに回復を助けてくれる高齢者用リハビリ施設が充実している。そういうところが、全国にもっとあったらいいのに。

和津 日本は長寿国と言われているけれど、寝たきりになる期間もいちばん長いんでしょう?

桃子 高知では、近所の人たちがお互いに助け合う長屋的なシステムが健在。だから身体が多少不自由でも、100歳で人生を終えるまで、自立して暮らしている人も少なくない。

和津 それって理想の姿よね。年をとったからといって、必ずしもすべてを誰かの世話にならなきゃいけないと考える必要はないもの。周囲の人の手を借りながらでも、最後まで自力で生活することが可能なら、子どもにも施設にも世話にならなくて済むわけだし。私も目下、1日1万歩のウォーキングを日課にして、最後まで自分の足で歩けるように足腰を鍛えているところ。

桃子 映画『0.5ミリ』を撮ったときに高齢の方々を取材して思ったんだけど、たとえば経理の仕事をしてきた人だったら、たとえ車椅子の生活になっても、その経験を誰かのために役立てることができるでしょ? 実際に、私は経理が大の苦手だから、力を貸してほしいと思っているし。

和津 「世話をされる側」じゃなくて、生涯「誰かの世話をする側」であることを目標に生きられればいいのよね。

桃子 私も仕事が忙しくなると、子どもをお母さんに預けてばかりで、まだまだ頼りたいんだけど(笑)。でも、孫の世話をすることで、お母さんが介護うつからスポンと抜けたのも事実よね。

和津 そうよ、あなた人使いが荒いもの(笑)。ついこの間も、桃子が風邪をひいてたから、「孫の世話をしなきゃ」と高知まで行こうと空港に向かう矢先、仕事(NHK連続テレビ小説『まんぷく』の撮影)で娘と二人で大阪に住んでいるサクラから「赤ちゃんが高熱出してる〜!」なんて電話がかかってきちゃって……。

桃子 シングルマザーの私は高知で助けてもらっている人も大勢いるけど、お母さんに娘を見てもらえるのはすごく幸せを感じる。それにお世話になっている私が言うのもなんだけど、孫の世話をしているときのお母さんはとっても幸せそうで、メキメキ元気になった。

和津 それは言えるかもしれない。12年前に母が亡くなった後も介護うつが抜けなくて、椅子からうまく立ち上がれないくらい体力が落ちてしまって。それが今では、孫を抱いたままスッと立ち上がれるようになったしね。

桃子 お母さんは70代になっても頼れる存在であるだけでなく、「自分の人生をどう生ききりたいか」ということがはっきりしているから、娘として安心して見ていられるのかも。

和津 自分の仕事の合間に、東京と高知や大阪を往復するのはさすがに疲れるわよ。でも、孫たちの顔を見るとたちまち元気になるから不思議ね。私も今年で古希を迎えたわけだけど、年をとったからといって安易に若い人の世話になろうとせず、人生の最後まで「誰かの力になれる」、「人の役に立てる」ように心がけることが、これからの高齢者が目指すべき生き方なのかもしれない。

誰かに何かがあったら全員腕まくりでかけつける

桃子 お母さんは、人間は誰しも死ぬのが当たり前と、お葬式の段取りまで今から考えているくらいだしね。

和津 だってそれはポジティブな願いだもの。介護にしろお葬式にしろ、ネガティブに「子どもの世話になんてなりたくないわ!」と言っているわけじゃなくて、「自分の始末は自分でしたい」ということ。

桃子 私も子どもを産んで思ったけど、子どもが幸せなことが母親としてはいちばんハッピー。それだけで親は安心して死ねるよね。

和津 そうそう。

桃子 だから、「世話をしてほしい、してほしくない」ということよりも、最後までどう生きたいかという、自分の幸せをまず見つめることが大切なのかも。

和津 お葬式は人生最後のイベント。私は湿っぽいのはイヤだから、ロックンロールを大音量で流してもらって、みんなで「イエーイ!」って盛り上がって見送ってほしい。あと、死に化粧は絶対に腕のいいメイクさんに頼んでね。(笑)

桃子 ハリウッドから呼んじゃおうかな(笑)。ひとつ聞いておきたかったんだけど、お母さんのお葬式を撮影してもいい?

和津 もちろんOK! そのほかの演出も、あなたたちに任せる。

桃子 お母さんが望んでいる以上に派手に送り出すから、人生最後のお世話くらいは安心して娘に任せて。

和津 斎場の入り口にミラーボールを吊るすのもいいわね。

桃子 こうやってあらためてお母さんと話してみて、おばあちゃまのときは何も心構えがなかったから、精神的にみんなしんどかった。でもおばあちゃまが見せてくれた最期はとても濃かったから、そこからスポンと抜けたときに、私たち家族はまたスタートできたんだよね。

和津 本当にそうね。

桃子 おばあちゃまを中心に、もう一度円陣を組んだ感覚がある。

和津 うちは本当に互助会家族よね。誰かに何かがあったら、全員腕まくりでかけつける。

桃子 とくにお母さんは、私たちにたくさんの愛を与えてくれているから、みんなもお母さんに何かあったら、「よし! 恩を返せるチャンス」って感覚ではりきっちゃう。

和津 おばあちゃまがそうだったから。その姿を見て育っているから私もそうなったのだと思うし、そんな私を見てあなたたちが育っているからかもね。でも、恩返しは生きているうちによろしく!