JR西日本が南紀方面で運行中の「パンダくろしお」。3編成目は親子パンダのデザインだ(記者撮影)

東海道・山陽新幹線がひっきりなしに発着する新大阪駅は、大阪の玄関口であるだけでなく西日本各地へ向かうさまざまな在来線特急の姿を見ることができる。

福井・金沢方面へは長編成が迫力の「サンダーバード」、ハローキティの華やかな装飾に身を包んだ関空特急「はるか」、鳥取方面へはディーゼルエンジンがうなりをあげる「スーパーはくと」と、在来線特急の顔ぶれは多彩だ。2019年3月に全線開通したおおさか東線を経由する奈良行きの臨時特急「まほろば」が運行する日もある。

”異色”の在来線特急

なかでも最近、南紀方面の「くろしお」と福知山・城崎温泉方面の「こうのとり」のラッピング車両が存在感を増している。くろしおは沿線の主要観光地、白浜のパンダをイメージしたデザインに。こうのとりは、明智光秀など沿線にゆかりの深い戦国武将を側面に描き、車体色もがらりと変更。文字通り「異色」の編成が登場した。


2017年8月のデビュー当日、白浜駅に到着した「パンダくろしお」(記者撮影)

「ハローキティはるか」を始め、人気キャラクターを車体に描いた在来線特急や新幹線は鉄道各社が導入している。最近はアニメ「鬼滅の刃」の劇場版公開に合わせ、登場人物をデザインしたJR九州の特急「かもめ」「ソニック」が話題だ。対して、くろしお・こうのとりの場合、沿線の観光資産を取り込み、見た目のインパクトで勝負しているのが特徴と言える。

JR西日本がくろしお・こうのとりなどで運用する車両には287系と289系がある。287系は大阪・京都と金沢・和倉温泉を結ぶサンダーバードの683系4000番台をベースにしており、車両同士が衝突した際に相手車両を外側へそらす「オフセット衝突対策」や衝撃吸収構造など安全性が考慮されている。


新大阪駅を出発する通常デザインの287系「くろしお」(記者撮影)


「こうのとり」用(赤い帯)と「くろしお」用を連結した289系(記者撮影)

289系は2015年3月の北陸新幹線金沢開業に伴い、名古屋と北陸方面を結ぶ「しらさぎ」の683系2000番台を直流化して転用した。287系・289系とも、くろしお用は「オーシャングリーン」、こうのとりなど北近畿方面用は「ダークレッド」と呼ぶ側面のラインカラーで区別される。運用の都合によっては両者を連結した「くろのとり」をみる機会もある。

289系は先頭車の形状が前後で異なる編成があり、非貫通タイプは流線型でいかにも格好がよい。が、ほかの編成と連結できる貫通側は平面的なデザインでビジネス路線の要素が強く感じられる。287系の前面に至っては289系のような前照灯部分の帯もなく、真っ白で何かが足りない印象がある。

そのイメージを一変させたのが、3年前に登場した「パンダくろしお」だ。京都と和歌山県の新宮の間を毎日運行している。

大きく描いた「パンダの顔」

パンダくろしおは2017年にJR西日本の発足30周年と、和歌山県白浜町のテーマパーク「アドベンチャーワールド」の40周年を記念してデビューした。同園は現在、6頭のジャイアントパンダを飼育する世界有数の繁殖・研究機関でもある。


「パンダくろしお」1編成目の車内=2017年8月5日(記者撮影)

車両は287系6両編成を使用。目に見立てた前照灯の周りや鼻、耳にあたる部分を黒くして前面を巨大な「パンダの顔」に仕上げた。目つきが悪そうにも見えるが、そこがかえって愛嬌があると評判だ。側面はアドベンチャーワールドの動物たちをデザイン、車内にはパンダフェイスのヘッドカバーが並ぶ。

デザインはアドベンチャーワールドの運営会社アワーズが担当した。強烈なインパクトを与える大胆な外観にも「『京都市屋外広告物等に関する条例』について許可が必要なため、条例に合うデザインでありながら、コンセプトが伝わるデザインを制作して協議した」(JR西日本和歌山営業部)と“大人の事情”への配慮もうかがえる。

同年8月5日のデビュー当日は天王寺駅で出発式を開催。和歌山県の仁坂吉伸知事も出席し「子供心に帰ったようでわくわくする」とパンダ列車に期待を示した。1番列車の車内は記念品の配布や写真撮影のサービスで盛り上がり、到着した白浜駅では地元の観光関係者がフラダンスなどで乗客を出迎えた。

パンダ列車の好評ぶりを受け、2019年12月には同じデザインの2本目の編成が登場した。2本体制となったことで2020年3月のダイヤ改正以降は毎日決まったダイヤ(くろしお3・25・6・26号)で運行することが可能になり、遠方からの旅行客にも計画的に乗車してもらいやすくなったという。

1編成目は当初、運行期間を2019年11月頃までと予定していたが、検査周期の見直しに伴って2020年夏頃まで延長、さらに2023年冬頃までに変更した。2編成目は2022年冬頃までの予定だ。


2020年7月にデビューした「パンダくろしお」3編成目(記者撮影)


側面に描いたアドベンチャーワールドの動物たち(記者撮影)

2020年7月には、3本目の編成がデビューした。近年関心が高まる、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の推進をテーマにデザインを変え、前面には「次の世代に贈り継ぐ象徴」(同社)として親子のパンダを描いた。頭のてっぺんに小さなパンダを乗せた格好になった。

和歌山営業部の上段貴司部長は「パンダくろしおをもっと知ってもらうことで白浜のアドベンチャーワールドをはじめ、和歌山エリアにたくさんの人に来てもらいたい」と3編成目導入の狙いを説明する。

同営業部によると、利用者からは「車内もパンダで乗車中も楽しめる」「パンダくろしおが来たら、テンションが上がる」といった声が聞かれ「ホームから写真を撮影されたり、お子さんが『パンダくろしおだ!』と笑顔になったりと、大変好評だ」という。3編成目を貸し切って10月31日に実施する団体旅行は発売開始の翌日に完売する人気ぶりだ。

福知山には明智光秀が登場

一方、福知山と大阪を結ぶ福知山線では、2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公、明智光秀にちなんだラッピングの特急車両が活躍中だ。こうのとりのほか、山陰本線の京都―城崎温泉間を走る「きのさき」や京都―天橋立間の「はしだて」で運用する。

福知山は丹波を平定した光秀が城を改築、城下町を整備して「福智山」と名付けたのがはじまりとされる。市内には水害から町を守るために築いたと伝わる「明智藪」や、光秀をまつる「御霊神社」などがある。福知山城は、近隣の寺院から集めたとみられる五輪塔や宝篋印塔を石材として用いた天守台の石垣が見所の1つだ。


福知山市内を走る明智光秀ラッピングの「こうのとり」(記者撮影)

ラッピング車両は289系(4両編成)の1本を使用。側面には光秀の母のお牧の方、娘の細川ガラシャといった親族だけでなく、敵として戦った武将、波多野秀治、赤井直正の姿を描いた。福知山城や明智藪、御霊神社のイラストも盛り込んだ。

車体色も鮮やかだ。JR西日本執行役員の漆原健福知山支社長は「『ドクターイエロー』と言われることがあるが、イメージしたのは『金屏風』。フルラッピングは福知山支社で初めてで、非常にインパクトがある仕上がりになった」と胸を張る。「大河ドラマをきっかけに地元が観光振興に努力をしているなか、鉄道事業者として地域に貢献できることはないかと考えた」と経緯を説明する。

現場からも「福知山駅では乗客からお城へ行き方の問い合わせがたくさん来ている」(谷口博之駅長)と、“光秀効果”を指摘する声がある。大河ドラマは織田信長が上洛し、光秀がいよいよ歴史の表舞台に躍り出る展開に。北近畿地区での乗務経験がある同社東京広報室の川畑有希恵さんは「289系も光秀と同じように、かつては美濃や越前を駆けた車両。丹波地方での活躍に縁を感じる」と話す。


福知山城など沿線の光秀ゆかりの地を側面にデザインした(記者撮影)


新大阪駅に到着する光秀ラッピングの「こうのとり」。金屏風をイメージした車体色が目を引く(記者撮影)

福知山城公園内の美術館に設けた「福知山光秀ミュージアム」は歴史学者・小和田哲男さんの監修。戦国武将ゆかりの資料や光秀の生涯を解説するパネルなどを期間限定で展示中だ。JR西日本も「知られざる善政の名君 明智光秀」をテーマに福知山市のほか、「本能寺の変」へ出陣した亀岡市、居城の坂本城があった滋賀県大津市を舞台にした特別企画を開催する。

福知山市の大橋一夫市長は、特別企画の開始にあたって「光秀公は福知山市にとっては善政をしいた名君であり、市民に親しまれている存在。『麒麟がくる』が始まるまでは強かった反逆者、謀反人のイメージを払拭し、新しい光秀像を全国に知ってもらいたい」と力を込めた。

回復鈍い在来線特急

JR西日本の最近の利用状況をみると、在来線は「近畿圏」の近距離券発売枚数が8月は前年比59%、9月(速報値)は69%、10月(1〜14日、同)は79%と持ち直し傾向にある。一方、特急は8月が25%、9月が36%、10月が41%と、通勤・通学需要などに比べ動きが鈍い。

パンダくろしおの3編成目がデビューした7月後半の4連休は、ちょうど新型コロナウイルス感染拡大の第2波への警戒感が高まった時期だった。その後、関西でも京阪神の「近場」の観光地にはにぎわいが戻ってきているものの、マイカーやレンタカーでの移動が好まれているようだ。和歌山営業部の上段部長は「在来線は厳しい状況が続いているが、車内の感染予防対策をしっかりとしているので安心して乗車してほしい」と話す。

外国人旅行客の増加に伴って「観光公害」まで指摘されていた関西の観光地はコロナ禍で一時、人の姿がまばらとなった。海外に代わって国内旅行が再評価される中、10月からは東京発着の「GoToキャンペーン」が解禁。関西だけでなく、首都圏からの旅行需要取り込みも期待できる。地味な存在だった特急車両にとって、インパクトある見た目をきっかけに、沿線の魅力の再発見、さらに集客へとつながるのであれば、思い切って大変身した甲斐があったと言えそうだ。