アメリカ司法省から反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴されたグーグル。スマートフォンOS「アンドロイド」を中心とした検索エンジンの拡大戦略に「待った」がかかった(写真は2018年5月、グーグル本社にて記者撮影)

アメリカ政府とテクノロジーの巨人の全面対決が始まった。10月20日、アメリカ司法省は反トラスト法(独占禁止法)に違反したとして、IT大手グーグルを提訴した。スマートフォンメーカーなどにOS(基本ソフト)の「アンドロイド」やグーグル製アプリを無償提供する代わりに、検索サービスを優遇させ、競合を排除した疑いがあるとしている。

IT大手を相手取ったアメリカ政府の大型訴訟は、マイクロソフトがOS「ウインドウズ」とブラウザー「インターネットエクスプローラー」を抱き合わせ販売し、競合を排除したとして司法省が起こして以来、実に20年ぶりだ。グーグルをはじめとする巨大IT企業への逆風が今、かつてなく強まっている。

アンドロイド買収で検索の王座を死守

世界の検索エンジン市場に占めるグーグルのシェアは約9割。これはアメリカでも同様だ。1998年の創業以来、同社はまずパソコンのデスクトップ上で事業を拡大。そして2005年にアンドロイドを買収し、スマホOSに参入した。目的はパソコン向けで築いた検索の王座をスマホでも死守し、巨額のお金を生む検索広告ビジネスを拡大することだった。

現在アンドロイドは全世界で20億人以上のユーザーを抱え、検索広告収入はグーグルの売上高の6割を占める。グーグルはアンドロイドの展開を始めた当初から、検索の利用を促すさまざまな策を講じてきた。今回司法省が問題視したのが、この一連の戦略である。

検索サービスにアクセスする場としてはブラウザー(グーグルの場合は「クローム」)、検索アプリ、検索バー(スマホのホーム画面上に常時表示する検索ボックス)、声やホームボタンで呼び出す音声アシスタント機能(同「グーグルアシスタント)などがある。これらにはデフォルト(初期設定)の検索サービスが設定されており、ここに入れるかどうかで勝負が決まるといってよい。


司法省の訴状に掲載された2018年のグーグルの社内資料。ユーザーがどこから検索エンジンを使うかを分析したものだ。「QSB」はQuick Search Barの略。スマホのホーム画面上にある検索バーで、この利用が最も多い。(画像:U.S. Department of Justice)

「モバイルユーザーは(自分で検索サービスを)デフォルトのものから変えようとしない」。司法省の訴状で引用されたグーグル社内の研究結果ではこう指摘されている。だからこそグーグルはデフォルトの検索サービスになることを目指す戦略を立てた。

スマホにおいては端末メーカーや通信キャリアがグーグル検索をデフォルトとして採用するかがカギになる。「どうすればこの2つの通信市場(スマホとキャリア)を制覇できるのだろう」。同じく訴状で引用された当時のグーグル社内で交わされた言葉が切実さを表している。その解が、アンドロイドだった。

グーグルは、アンドロイドスマホを扱う端末メーカーや通信キャリアとの3つの協定を結んだ。司法省はこれらを「排他的な協定」と呼んでいる。

1つ目が「反フラグメンテーション協定(AFA:Anti-Fragmentation Agreement)」だ。これはグーグルが定める技術やデザインの規格に準じない、「フォーク(分岐)」されたアンドロイド端末の開発・製造を制限するもの。オープンソースであるアンドロイドは、本来的にはさまざまなバージョンのものが開発される(この現象を「フラグメンテーション」と呼ぶ)可能性があるが、グーグルはアプリ開発者が膨大なバージョンに対応するのは現実的ではないとしてこの協定を求めた。

アップルに年間1兆円を支払っていた

2つ目が「モバイルアプリ流通協定(MADA:Mobile Application Distribution Agreement)」である。グーグルの一連のアプリをプリインストールしたうえで、検索アプリやブラウザーなどを削除できないようにし、検索バーをホーム画面に置くことへの同意を求めた。

このMADAと前出のAFAに同意しなければ、グーグルのアプリ(マップ、ユーチューブ、グーグルプレイなど)やOSの機能が使えない。つまりグーグルのアプリを搭載したいスマホメーカーは、これに同意せざるをえない。特にアプリストアの「グーグルプレイ」がなければ、ユーザーがアプリを簡単に探したりダウンロードしたりできなくなってしまう。

そして3つ目が「レベニューシェア協定(RSA:Revenue Sharing Agreement)」だ。上記2つへの同意を条件に、アンドロイド端末のメーカーや通信キャリアに検索広告収入を分配するというもの。それ以外にもアップルなど競合ブラウザーの開発会社も、デスクトップ版とモバイル版の両方でグーグル検索をデフォルトにすることを条件に、分配対象にした。

特にアップルへの収益分配は巨額だった。司法省の訴状によれば、毎年80億〜120億ドル(8300億円〜1兆2500億円)を支払っているという。同じく訴状では「サファリ(アップルのブラウザー)でのデフォルト設定は重要な収入源だ」と述べているグーグルの内部文書を引用。グーグルは2019年の検索件数のうち約半分はアップルの端末からだったと試算している。

アップルのティム・クックCEOとグーグルのスンダー・ピチャイCEOが2018年に面会した後には、アップルの幹部がグーグル社員に対し、「われわれのビジョンは、両社が1つの会社のように仕事をすることだ」というメールを送ったという。さまざまなサービスで競合する両社だが、こと検索では一蓮托生だったようだ。

司法省は訴状で「グーグルは広告主から搾り取った“独占地代”をアップルに支払っていた」としたうえで、「巨額の複数年契約によって、グーグル検索の競合が、重要な検索サービスの流通網から実質的に排除された」と断じた。

司法省の訴状は、こうした排他的な協定が「われわれの検索やアシスタントの利用を持続させるための保険証書のようなものだ」というグーグル社内での言葉を引用。そのうえで、グーグルが長年にわたってさまざまな利害関係者と排他的協定を保持してきたことで、競合サービスの成長が阻まれたと結論づけた。また広告主にとっても、検索広告の出稿料がつり上げられるだけの力がグーグルにあったと述べている。

グーグルは「訴訟には著しい欠陥」と反論

対するグーグルも黙ってはいない。最高法務責任者を務めるケント・ウォーカー上級副社長は提訴発表直後の声明で、「司法省の訴訟には著しい欠陥があり、独禁法に関する曖昧な論拠に頼っている。ユーザーがグーグルを使うのは強制されたり、代替が見つからないからではなく、自ら選んでいるから」と反論した。

ウォーカー氏は一連の排他的協定について、通常のビジネスと同様に「自社サービスを宣伝するのにお金を払っている」としたうえで、スマホのホーム画面をスーパーマーケットの棚に例え、自社商品、つまり検索サービスがよい棚を取れるようにスマホメーカーや通信キャリアなどと協定の交渉をしていると述べた。

ただ、排他的協定の中身には一切触れられておらず、細かな点は法廷で争われることになりそうだ。アンドロイドに関しては「キャリアやメーカーとの協定がアンドロイドの無料提供を可能にし、スマホの価格を下げている」(ウォーカー氏)と、消費者の便益につながっているとした。スマホ上でグーグル検索を目立たせることが検索広告の収入につながり、それによってアンドロイドの開発費を賄っていることの示唆だろう。


司法省に対するグーグルの反論声明では、アップルのブラウザー「サファリ」においてグーグルだけでなく、ヤフーやビング(マイクロソフト)も目立つ場所に表示されるようにお金を支払っていると強調(画像:Google)

最も強調したのは「ユーザーが望めばわれわれの競合サービスもすぐに使える」ということだ。アップルのサファリでは複数の検索エンジンが選択肢として出てくる。それは設定から簡単に変えられる。アンドロイドでは競合のアプリやアプリストアがプリインストールされていることも少なくない。競合の検索アプリのダウンロードはこんなに早く完了する――。ウォーカー氏はそんな主張を続けた。

独禁法の訴訟では、独占企業が消費者の利益を阻害したかどうかも焦点になる。グーグルは支配的地位を利用して、消費者がグーグル検索を使わざるをえない状況に追い込んだのか。たとえグーグル検索がデフォルトに設定されていても、消費者にはそれを変更する選択肢がある。ウォーカー氏が強調したかったのはこの点だろう。ただ実際に消費者が検索エンジンを変更するかどうかは別の話だ。

今回司法省は1990年代に提訴したマイクロソフトの例を引き合いに出している。だがウインドウズに無償で付属しているインターネットエクスプローラーを使いたくない場合、当時は有料で代替品を買わなければならないなど、ほかのブラウザーを選択するハードルが高かった。その点で事情は異なる。

グーグル検索は無料で使えるが、司法省が訴状で「検索結果と引き換えに個人情報と興味関心の情報を提供する。グーグルは広告を販売することで消費者の情報を収益化する」と説明しているように、消費者はお金の代わりにデータで支払っているといえる。実際にやっている人は多くないが、データの提供は拒否することもできる。

司法省はグーグルの独占が消費者にもたらした害として、プライバシーやデータ保護、消費者データの利用の仕方も含めた検索エンジンの品質低下、検索エンジンの選択肢の縮小、イノベーションの阻害を挙げた。

2018年7月に欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会はグーグルに、アンドロイドに関する端末メーカーとの契約などでEU競争法(独禁法)に違反したとして、43.4億ユーロ(約5700億円)の制裁金を課した。このときもグーグル側は今回と同様の反論を展開している。

当時と今回とで異なるのが、アップルとの関係だ。欧州委はこれに言及せず、スマホメーカーとの排他的協定を指摘するのみだった。グーグルは不服として現在も裁判で争っているが、欧州委の決定を受けて2019年、欧州域内でアンドロイドを搭載したスマホの初期設定時に検索サービスを選択できるようにして競合企業の参入余地を広げた。とはいえ、これが競争を促進することになるかは未知数だ。

日本にも同様の動きが広がるか

これまでグーグルに対する批判の急先鋒は欧州委だった。アメリカでは2010年代前半に連邦取引委員会(FTC)の調査を受けたが、提訴には至らなかった。だが2018年のSNS大手フェイスブックが起こした個人情報の大量漏洩問題以降、アメリカ国内でもIT大手に対する風当たりが強まった。

特に今年に入ってからは7月にアメリカ議会の下院司法委員会がグーグルのほか、アップル、フェイスブック、アマゾンの各CEOを公聴会に招集し、市場の独占の疑いについて厳しく追及した。10月に入ってからは同委員会が4社に事業の分割なども含めた規制強化を提言する報告書をまとめた。今回の提訴も大統領選挙を控えて急いだとの現地報道もある。

この動きは日本にも広がるのだろうか。独禁法に詳しい池田・染谷法律事務所の池田毅弁護士は、「そもそもグーグルの行為が違法だったかという点には疑問がある。司法省が指摘した行為があったから独占になったのか、因果関係は不明瞭。アメリカで何も裁定が出ていない以上、日本の当局が同じストーリーで動くことは考えにくい」と話す。

マイクロソフトで20年前にアメリカ政府との訴訟合戦を経験した現最高法務責任者のブラッド・スミス氏は2018年の東洋経済とのインタビューで、「世界を変えるほどのことを成し遂げると、世間は規制をかけようとする。われわれの間違いは、そうした世間の感覚に抵抗したことにある。謙虚さはとても重要。テクノロジーの社会へのインパクトは20年前と比べものにならない。もはや業界全体で取り組むべき問題だ」と述べていた。

裁判で争われるのはまさにこれからだ。マイクロソフトは12年という時間を訴訟に費やしている間にパソコンからスマートフォンへの変化の波に乗り遅れた。グーグルも訴訟にそれだけの労力を割くことになるのか。長い戦いは始まったばかりだ。