ほとんど無人のロケット製造工場では、ロボットが四六時中あくせく働いていて、静かな駐車場にまでうなるような音が響き渡っている。

「巨大な3Dプリンターでロケットをつくるスタートアップは、“宇宙での製造”を目指している」の写真・リンク付きの記事はこちら

「キアヌ・リーヴスがジムでアクショントレーニングをするような音でしょう」と、ロサンジェルスが本拠地のRelativity Space(レラティヴィティ・スペース)の共同創業者兼最高責任者(CEO)のティム・エリスは言う。同社は3Dプリンターと人工知能(AI)を組み合わせて、かつてヘンリー・フォードが自動車において実現したことをロケットでも実践しようとしているスタートアップだ。

ロボットが所狭しと並ぶ同社の工場を歩きながら、エリスは完成したばかりのロケットの上部を指さした。1回目のテストに向けてミシシッピ州に運ばれる予定のものである。そしてエリスは工場の外を指さしながら、道路の反対側にはスヌープ・ドッグが所有するレコーディングスタジオがあることを教えてくれた。

そのスタジオとは違って、Relativity Spaceのロケット工場に有名人がやってきたことはない。だが、こうしたまったく縁のなさそうな隣人たちの存在こそが、この企業の最大の特徴を裏づけているようだ。その特徴とは、「どこでもロケットをつくれること」である。

一方で、Relativity Spaceが目指している宇宙では、スヌープ・ドッグよりもさらに異質な“隣人”に出会うことになるだろう。Relativity Spaceが目論むのは、ただのロケット製造ではない。火星でのロケット製造なのだ。

でも、どうやって?

「答えは“ロボット”なんです」と、エリスは言う。それも、たくさんのロボットである。

ニッチ市場を目指して

ロサンジェルスにあるRelativity Space本社の搬入口のシャッターを上げると、そこには世界最大級の金属3Dプリンターが4台あり、ロケットの部品を“出力”し続けている。同社が独自に開発したプリンター3D「Stargate」の最新モデルは高さ30フィート(約9m)で、本体から2本の巨大なロボットアームが触手のように突き出ている。

同社が初めて製造するロケット「Terran-1」[編注:「テラン」とはSF用語で「地球人」の意味]の95パーセントは、Stargateで出力される。例外となる部分は、電子機器やケーブル、可動部品、ゴム製のパッキンだけだ。

3Dプリンターでロケットをつくるために、エリスのチームはロケットの設計を根本から見直す必要があった。その結果、同社のロケット「Terran-1」の部品数は、同等のロケットと比べて100分の1で済むという。例えば、一般的な液体燃料ロケットのエンジンは数千の部品で構成されるが、同社のロケットエンジン「Aeon」の部品数はわずか100個だ。

3Dプリント用に部品を統合・最適化したことで、理論上は原材料を用意した段階からわずか60日でロケットを発射台まで送ることができるだろうと、エリスは言う。だが、Terran-1はまだ完成しておらず、ロケットの打ち上げは早くても2021年になる予定だ。

「実物を使ったテストで新しい技術を証明することは、Relativity Spaceにとって最大の試金石になるでしょう」と、宇宙産業に関するコンサルタントでNorthern Sky Researchのシニアアナリストのシャガン・サチデヴァは指摘する。その後、Relativity Spaceは同社のアプローチに関連するその他の問題にも対処することになるだろう。例えば、60日ごとに次々と新しいロケットを生み出す必要はあるのか、といった問題だ。

Relativity Spaceは、“ニッチ市場”を見つけられると考えている。完成したTerran-1は高さが約100フィート(約30m)で、最大2,800ポンド(約1,270kg)の人工衛星を地球低軌道に打ち上げられるという。ロケット・ラボの「エレクトロン」のような人工衛星打ち上げ用の小型ロケットを上回る積載量だ。しかし、スペースXの「ファルコン9」のような巨大ロケットと比べるとはるかに小さい。エリスによると、中型の人工衛星を運ぶには最適だという。

3Dプリント技術を採用しているロケットメーカーは、Relativity Spaceだけではない。スペースXやロケット・ラボのほか、ブルー・オリジンなども特定の部品を3Dプリンターでつくっている。

だが、宇宙産業はもっと大きな視野で考える必要があるのだと、エリスは言う。長い目で見れば、3Dプリンターで製造したロケットは、火星と地球の間で重要なインフラを運ぶカギになると考えているのだ。例えば、こうしたロケットを使って科学実験装置を火星軌道上に打ち上げることもでき、サンプルを地球に持ち帰れる可能性もある。

世界最大の3Dプリンター

30歳のエリスと共同創業者である27歳のジョーダン・ヌーンは、大学在学中からロケットを開発していた。ふたりは南カリフォルニア大学の有名なロケット開発チームに所属したあと、ブルー・オリジンとスペースXに就職した。エリスはブルー・オリジンで付加製造技術[編註:3Dプリンティングのように材料を加えながら製造していく造形方法]のプログラムの構築に貢献したが、そこで彼は人手をほとんど必要としない“ロボットによるロケット製造工場”というアイデアを思い描くようになった。

まず必要になったのが、巨大3Dプリンターである。Relativity Spaceの“ロボットによるロケット製造工場”の中核を担うのは、Stargateプリンターだ。エリスによると、それは世界最大の金属3Dプリンターだという。

最初のモデルは高さが約15フィート(約4.6m)で、3本のロボットアームを備えていた。それぞれのアームは、金属の溶接やプリンターの進捗状況の監視、欠陥を修正するという役目を果たしている。

燃料タンクやロケット本体などの大きな構成部品をプリントする際には、何マイルもの長さがある特注の細いアルミ合金線をアームの先端まで送り出し、そこでプラズマのアークが金属を溶かす。

アームが溶けた金属を薄い層にして積み重ねていく際には、プリンターに内蔵されたソフトウェアでプログラムされたパターンに従い、動作を調整する。それと同時に、アームの先端にあるプリンターヘッドが非酸化性ガスを吹き出し、堆積した箇所にある種の“クリーンルーム”をつくり出す。

Stargateプリンターは、新モデルになるたびに旧モデルよりもかなり大きくなっている。巨大なロケットの部品を、丸ごとひとつ製造できるのだ。VIDEO BY RELATIVITY SPACE

新型のStargateプリンターは、ロケットのフェアリング(空気抵抗を減らすための部品)や燃料チャンバーといったより大きな構成部分をまるごと製造できるようになっている。高さは旧型の2倍で、アームは2本減ったが前より多くのタスクをこなせる。「次のStargateプリンターは、さらに2倍の大きさになり、最終的にはもっと大きなロケットを製造できるようになります」とエリスは言う。

Stargateプリンターは、大型部品を短時間で製造する場合には適しているが、ロケットエンジンのような高い精度が求められる部分については、ほかの航空宇宙企業と同じように市販の金属3Dプリンターを使用する。Stargateプリンターとは異なり、こういった市販のプリンターには超微細なステンレス鋼の粉末を敷き詰め、レーザーで溶接する技術がある。

エリスによると、Relativity Spaceによるロケット製造技術の鍵を握るのは、人工知能(AI)がプリンターに指示を出せる点だ。プリントする前に、まず完成形がどのようになるかシミュレーションを実行する。

そして、アームが金属を積み重ねていくときにセンサーによって視覚データ、環境データ、さらには音声データを記録する。その後、ソフトウェアがシミュレーションデータと現実のデータのふたつを照合し、プリントのプロセスを改善するのだ。「プリンターをトレーニングできるようになって欠陥率が著しく低下しました」と、エリスは言う。

新しい部品をつくるたびにプリンターの機械学習のアルゴリズムは改善され、最終的には独力で3Dの部品を修正できるようになるはずだ。将来的には、この3Dプリンターは自らのミスに気づき、欠陥のない部品ができるまで金属の切断・追加ができるようになる。地球以外で自動で製造をする鍵はここにあると、エリスは考えている。

「火星で部品をプリントするには、極めて不確実な状況にも適応できるシステムが必要になります」と、エリスは言う。「ですからわたしたちは、地球以外の惑星でもプリントを可能にするであろうアルゴリズムのフレームワークを構築しているのです」

宇宙産業にとっての節目

誰もが同社のロケット製造のアプローチが最も先進的であると思っているわけではない。少なくとも地球上での作業については、そう考えない人もいる。

同じように3Dプリンターを使用するスタートアップのLauncher SpaceのCEOマックス・ハオットは、「宇宙産業では誰もができるだけ早く3Dプリントを活用しようとしています。特にエンジン部品の作成に関しては顕著です」と言う。「問題は、3Dプリンターで製造されるアルミ製のタンクに、従来の製造法でつくったタンクに匹敵するだけの価値があるかという点です。わたしたちはそうは思いませんが、Relativity Spaceのお手並みを拝見することにしましょう」

Relativity Spaceはすでに、テレサットやモメンタスなど、複数の大手衛星事業者と数億ドル規模の契約を結んでいる。一方、Relativity Spaceに投資しているTribe Capitalのパートナーのアルジュン・セチは、その未来にはロケット打ち上げ事業にとどまらない可能性があると見ている。セチは、必要不可欠なインフラを小規模な宇宙関連企業に提供できるという点でも、その重要性は中小事業者にとってのアマゾン ウェブ サービス(AWS)のようなものだという。

Northern Sky Researchのサチデヴァも、Relativity Spaceによる“宇宙での3Dプリント”という専門技術には、ロケットを超えるより長期的な価値があるかもしれないと考えている。「火星でロケットを製造するにはいたらなかったとしても、Relativity Spaceは軌道上で部品をつくれるようになるでしょう。それは、この業界全体にとって非常に大きな進歩になります」

Relativity Spaceがロケットをつくるために構成部品のテストをしているところ。VIDEO BY RELATIVITY SPACE

それでも第1の目標はロケットだ。これまで3Dプリンターでつくったエンジンと圧力タンク、ターボポンプのテストをしてきたが、やるべきことはまだ山ほどある。

エリスとその開発チームはロケットが完成したら、フロリダ州のケープカナヴェラル空軍基地にある打ち上げ施設「第16発射施設」に搬送する準備を整えている。Relativity Spaceはそこで、スペースXやブルーオリジン、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスと並んで発射台の長期リース契約を結んでいる。

3Dプリンターでつくられたロケットの最初の打ち上げは、宇宙探査における大きな節目になるだろう。だがRelativity Spaceにとっては、火星への長い旅の始まりにすぎないのだ。

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