今よりも収入も権限も増えるのに、なぜ「部長になりたくない社員」が増えつつあるのか?(写真:tadamichi/PIXTA)

最近ある大手企業で起きた「事件」を知り合いのコンサルタントから伝え聞きました。その大手企業A社では毎年、課長が部長に昇格するために、東京で昇格試験を実施しています。日本全国・海外の本体・グループ会社から100名前後が受験するのですが、今年は地方のグループ会社に所属する数名が受験を辞退したそうです。

辞退の理由は、新型コロナウイルス。「コロナが蔓延する東京に出張して受験することについて、家族や親族から反対された」ということです。今回は、この事件の注目点について考えてみましょう。

部長昇格試験の受験を拒否した今回の事件は、2つの点で驚きです。

部長よりも「課長」でいたい

第1に、親族との濃密な関係に驚きました。今回、受験を辞退した人は、昇格試験という個人的なことを親族に伝え、親族の意向を踏まえて「出世を諦める」という人生の意思決定をしました。

東京・大阪など都市部に住む人の多くは、親族と遠く離れて住み、盆暮や冠婚葬祭で顔を合わす程度。その程度の交流すらおっくうに感じる人が増えており、ましてや親族に「来月、昇格試験を受けるんですよ」と打ち明けることは、まずありません。

仮に親族から何か言われても、スルーするもの。良い悪いは別にして、地方には、親族と濃密に接触し、親族の意向を尊重するという文化が残っているようです。

大半のマスメディアは東京にあり、東京など都市部の出来事を主に報道するので、地方の事情はあまり注目されません。しかし、コロナへの恐怖心にせよ、親族との関係にせよ、地方には都市部とは大きく異なる社会があるということでしょう。

そして、私がさらに驚いたのが2点目です。大手企業の課長にとって、部長への昇格が大して魅力的ではないとわかったことです。

課長も部長も、組織の中間管理職という点では同じ。ただ、大手企業では、同期入社の5割以上が課長級になれるのに対し、部長級には1〜2割しかなれません(企業によって割合は異なります)。

報酬も、社内での権限も、社会的なステイタスも、課長と部長では大きく違います。にもかかわらず、今回多くの受験辞退者が出たのは、課長にとって部長になるメリットは意外と小さく、ずっと課長のままでいるほうがいいという考えからでしょう。

「へえ、最近はそういう感じなんだ」で済ましてしまいそうですが、実は企業にとって重要な問題です。

伝統的に日本企業では、オペレーションを担う現場の人材は質量とも豊富ですが、「超一流」と称される優良企業でも、事業を牽引できる優秀なビジネスリーダーはまったく不足しています(新入社員ほど「コロナで損する」日本企業の失態参照)。

企業側からそのビジネスリーダーの役割を期待されている候補者が、部長昇格を拒否し、ビジネスリーダーになる道を自ら閉ざしてしまうというのは、企業にとって大きな損失です。

A社は特殊な事例でしょうか。そうでもありません。いま日本企業では、昇格を拒否する従業員が増えているようです。

「さすがにずっと平社員ではカッコ悪いから、課長くらいにはなりたいです。でも、それ以上偉くなって重い責任を負わされるのは、割に合いません」(金融・20代)

「取締役は完全に雲の上で、部長が現実的な憧れの的でした。でも今は、“ただの疲れたオジサン”という感じで、まったく輝いていません。部長にならなくて、いやなれなかったんですけど(笑)、本当によかったです」(広告・50代)

こうして「偉くなりたくない」という従業員ばかりになると、リーダー不足がさらに深刻化し、長期的に企業は衰退してしまいます。

実はメリットの大きい課長職

どうして「ずっと課長のままでいたい」という生き方が支持を集めているのでしょうか。

多くの日本企業では、いったん管理職(課長)に昇格すると、降格することは非常にまれです。人事制度上は、評価が低い管理職は降格にする仕組みになっているのですが、運用では、よほど重大なミス・失態をしない限り、降格人事をしません。

ただ、それだと管理職だらけで人件費が膨れ上がってしまうので、50歳代後半で一律に管理職から外すという「役職定年」を導入しています(金融機関は50歳代前半)。

つまり、日本企業では、40歳前後で課長に昇格したら、15年以上安定した身分が保障されているのです。

大手企業の課長級なら、年収1000万円をゆうに超えるので、とくに物価が安い地方では、生きていくうえでまったく不自由しません。一般的な課長の仕事は、上層部の命令に従って部下を管理することが中心で、仕事の難易度が低く、失敗してもさほど責任を問われません。

一方、部長になると、権限が大きくなり、報酬もそれなりに増えますが、部門を運営するうえでの責任も苦労も格段に大きくなります。とくに近年は、市場が成熟化、競争が激化、技術が高度化、メンバーが多様化し、部門の成果を実現するのが難しくなっています。

そのため多くの課長が、「ずっと課長のままでそこそこの給料をもらって平穏無事に生活できるなら、無理して部長になって苦労を背負い込む必要もないな……」と考えるのも仕方ありません。課長が部長を目指さないというのは、課長の立場で考えると、至って合理的な判断と言えるでしょう。

リーダー不在を食い止める4つの対策

もちろん、会社勤めをしていて何を幸せと感じるかは、人それぞれ。昇格して責任ある仕事をし、たくさんの報酬を得ることが幸せだという人もいれば、そこそこの報酬で安定した生活を送るのが幸せだという人もいます。どちらが正しい、間違っているということはありません。

ただ、企業としては「ずっと課長のままでいたい」という従業員が増殖し、リーダー不在が深刻化するのを、黙って見過ごすことはできません。以下の4つの対策を実行したいところです。

1.役職定年の制度を廃止する
2.信賞必罰を徹底する。同じ職位に滞留するのは最長5年とし、5年以内に昇格または降格する
3.役職手当に役職ごとで大きな差を付ける
4.降格した場合でも、業績を上げたら再度柔軟に昇格させる(敗者復活)

このアイデアをある機械メーカーの社長に話したところ、「まあ、理屈はよくわかるんだけど、これをやったらわが社では人事の秩序が崩壊しちゃうなぁ」と言っていました。「人事の秩序」を第一に考えて問題ないという余裕のある企業はともかく、リーダー不在に危機感を持つ企業は、4つの対策を検討・実行してほしいものです。