ドリュー・バリモア Photo by Jason LaVeris/FilmMagic

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 男性中心のハリウッドにおいて、名女優たちはその環境を変えるべく、制作会社を立ち上げてきた。前編では、シャーリーズ・セロン、マーゴット・ロビー、ナタリー・ポートマン、リース・ウィザースプーンの活躍を紹介。後編では、子役時代を経て激動の人生を歩んだ名優や「チャーリーズ・エンジェル」復活の立役者らを取り上げよう。(文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)

▼ドリュー・バリモア(制作会社:フラワー・フィルムズ)

 芸能一家に生まれ、生後11カ月でCMに出演。子役として「アルタード・ステーツ 未知への挑戦」(1980)で映画デビューを果たした。スティーブン・スピルバーグ監督の名作「E.T.」(82)で主人公の妹役として注目を浴びる。その後、少女期に薬物、酒、自殺未遂など、トラブル続きの日々を過ごした。90年代半ばから「バットマン・フォーエヴァー」(95)、「スクリーム」(96)などのヒット作、彼女が得意としてきたロマンティックコメディ「世界中がアイ・ラヴ・ユー」(96)、「ウェディング・シンガー」(98)、「50回目のファースト・キス」(04)に出演している。

 95年、ナンシー・ジョボネンとともに、制作会社フラワー・フィルムズを設立。「25年目のキス」(99)、「チャーリーズ・エンジェル」シリーズ、「ドニー・ダーコ」(11)、TVシリーズ「サンタクラリータ・ダイエット」(17〜)などに、製作、または製作総指揮として携わり。「ローラーガールズ・ダイアリー」(09)では、出演&プロデュースに加え、初めて監督を務めた。ちなみに、バリモアの活躍は、プロデューサー業だけに留まらない。洋服ブランド「Dear Drew」、化粧品ブランド「FLOWER Beauty」、ワインブランド「Barrymore Wines」の企画・販売を手掛け、15年には自叙伝「Wildflower」を出版している。

▼エリザベス・バンクス(制作会社:ブラウンストーン・プロダクションズ)

 ペンシルベニア大学卒業後、サンフランシスコにあるアメリカン・コンサバトリー・シアターでレッスンを受け、映画「Surrender Dorothy(原題)」(98)で女優デビュー。サム・ライミ版「スパイダーマン」シリーズ(02、04、07)、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(02)、「シービスケット」(03)、「40歳の童貞男」(05)といった話題作で、脇役ながらも個性的なキャラを演じ、存在感を発揮してきた。大ヒットした「ハンガー・ゲーム」シリーズ(12〜15)に出演し、「LEGO(R) ムービー」(14)では声優に挑戦。「ピッチ・パーフェクト2」(15)で本格的に監督業へ進出した。

 制作会社ブラウンストーン・プロダクションズは、自身の夫マックス・ハンデルマンとともに、女性中心の作品を手がけるために立ち上げたもの。同社は「ピッチ・パーフェクト」シリーズ(15、17)、クリステン・スチュワート、ナオミ・スコット、エラ・バリンスカが出演した「チャーリーズ・エンジェル」(19)を世に送り出している。バンクスは「チャーリーズ・エンジェル」を“復活”させた理由について「女性の力、#MeToo運動、多様性の尊重といった現代の時流に沿う作品を作りたかった」と明かしている。

▼サルマ・ハエック(制作会社:ヴェンタナローザ)

 メキシコ出身のハエックは、子どもの頃から女優に憧れ、ソープオペラでデビュー。ソープオペラ「Teresa」で主演を務めたことから、メキシコのスターに。ハリウッド映画への情熱はあったものの、英語を話せないまま、ロサンゼルスへ。言葉の壁、ステレオタイプな役柄に苦悩する。しかし、出演していた深夜のトーク番組を、ロバート・ロドリゲスが視聴していたことで運命が変わる。「デスペラード」(95)のヒロインに抜てきされ、同作がヒットしたことで、アメリカでも注目されることになった。その後「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(96)、「ドグマ」(99)、「ワイルド・ワイルド・ウエスト」(99)といった話題作に出演した。

 99年、制作会社ヴェンタナローザを設立。同社では、ガブリエル・ガルシア=マルケスの短編小説「大佐に手紙は来ない」を映画化し、メキシコ代表としてアカデミー賞外国語映画賞の対象作品となった。主演と製作を兼任した「フリーダ」(02)は。第75回アカデミー賞で主演女優賞など6部門にノミネートされ、作曲賞とメイクアップ賞を受賞。製作総指揮を務めた「アグリー・ベティ」(06〜10)は人気番組となり、第64回ゴールデングローブ賞(テレビドラマ部門)で作品賞を含む2部門を制覇。なお「フリーダ」の撮影過程において、ハーベイ・ワインスタインから性的パワハラの被害を受けたことを、ニューヨーク・タイムズ紙に長文で告白した。

▼サンドラ・ブロック(制作会社フォーティス・フィルムズ)

 父はボイス・トレーナー、母はドイツの有名オペラ歌手ヘルガ・マイヤー。12歳までドイツで暮らし、バレエや声楽などを学ぶ。スティーブ・マックイーン、ダイアン・キートンなどを輩出したニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスで学び、ウェイトレスなどをしながらオフ・ブロードウェイの舞台に立つようになる。「ハングマン(1987)」の端役でスクリーンデビューを果たし、94年にキアヌ・リーブスと共演した「スピード」でブレイク。「あなたが寝てる間に…」(95)、「評決のとき」(96)「デンジャラス・ビューティー」(01)、「クラッシュ(2005)」、「オーシャンズ8」(18)などに出演し、第一線で活躍し続けている。

 96年、新しいやり方で女性の物語にスポットライトを当てるため、制作会社フォーティス・フィルムズを設立。同社では「微笑みをもう一度」(98)、「デンジャラス・ビューティー」、「トゥー・ウィークス・ノーティス」(02)などの映画や、コメディアンのジョージ・ロペスを主役にしたテレビシリーズを手掛けている。なお、ブロックは、01年の米国同時多発テロと、04年のスマトラ沖地震では赤十字、10年のハイチ地震では国境なき医師団、11年の東日本大震災では義援金として、それぞれ100万ドルの寄付を行ってきている。