アメリカの超監視社会は巨大化していっている(写真はイメージ、写真:Motortion/iStock)

「助けて……息ができない」。アメリカ・ミネソタ州のミネアポリスで、そう訴えながら黒人男性ジョージ・フロイドさんが死亡した事件は、世界中に衝撃を与えた。フロイドさんを強引に拘束する警察官の動画はSNSで拡散され、怒りと抗議のデモは「ブラック・ライブズ・マター」のムーブメントとともに全米各地の路上を覆いつくした。

フロイドさんの死後も、アメリカでは警察官による市民への発砲、殺害事件が後を絶たず、大統領選挙の争点にもなってきた。こうした警察の問題に対し、アメリカの調査報道記者たちはどう向き合っているのだろうか。9月下旬、オンラインで開催された国際調査報道会議に参加してみると――。

警察の監視システムを監視する

「『地域の警察署がどんな監視システムを使っているのかを教えてほしい』という問い合わせが、ここ数年、アメリカ各地の記者たちからたくさん寄せられてきました。それなら、警察の監視システムが一目でわかるデータマップを制作しようと思ったんです」

そう語るのは、デーブ・マースさんだ。国家監視システムの調査分析を専門とする研究者であり、アメリカの非営利団体「エレクトリック・フロンティア・ファウンデーション(EFF)」に所属している。EFFは、インターネットやテクノロジーの発展によって年々高度化する政府や警察の情報監視システムに対し、市民のプライバシーや表現の自由、人権を守ることを目的に1990年に設立された。


デーブ・マースさん(左)。今年9月23日、オンラインで開かれた調査報道記者・編集者協会(IRE)の国際会議に講師として招かれた(撮影:大矢英代)

今年7月、マースさんらが新たに開発したオンライン・データベース「監視の地図(アトラス・オブ・サーベイランス)」が一般公開された。

ウェブサイトにアクセスすると、アメリカの地図が表れる。そこには「監視カメラ」や「顔認証機能」といった警察が導入している12種類の監視システムが表示されている。地図上をクリックすれば、どの州のどの警察署がどんなツールを使用しているのか、一目でわかる。テクノロジーを使って市民を監視する警察を、市民が監視できる画期的なウェブサイトだ。


EFFのデータベース「監視の地図」(撮影:大矢英代)

デジタル時代の警察の監視システムをマースさんは「マス・サーベイランス(大量監視)」と呼ぶ。

「警察はあらゆる情報を大量の人たちから集めています。このうちの誰かがいつか犯罪を犯すかもしれない、という想定で。それらの情報を監視テクノロジーによって分析し、犯罪傾向などを示すアルゴリズムを生み出しています。しかし、アルゴリズムは正しいとは限りません。(誤った判断によって)マイノリティーのコミュニティーや特定の人種が集中的に逮捕される危険があるのです」

テクノロジーの発展による大量監視時代

マースさんは、ドローン(小型無人空撮機)の事情にも詳しい。データベース「監視の地図」によれば、現在、全米で1079の警察署が導入している。

「警察のドローン使用について調査を始めたのは8年前です。当時は、警察のわずかしかドローンを使っていませんでした。『犯罪や事件の現場撮影、レスキュー、マリファナの栽培地の発見などのため』と説明されていますが、問題は、抗議集会など市民が集まった場所でドローン撮影が行われていることです。このようなビデオカメラを使った警察の監視システムは10年前とは比較にならないほど発達しました」

10年前の監視カメラはモノクロで画質も粗く、警備員が見るだけの存在にすぎなかった。今は違う。高画質監視カメラは、信号機や警察車両など街中のあちこちに設置され、市民の日常を見張り続けている。その点は日本も同じだ。角度の変更やズームも遠隔操作によって可能であり、アメリカでは顔認識機能によって人々の顔を自動的に読み込んで分析しているという。

警察官が着用しているボディーカメラも、大きく変化した。ボディーカメラは、警察がからむ事件や事故の現場検証のためなどとして、オバマ政権下で普及したが、監視ツールとしての機能が年々増しているという。

制服に取り付ける「ボタン型カメラ」まで開発されており、警察官はそのカメラをつねにオンにしておけば、通りすがる人たちや職務質問中の人の顔を読み取ることが可能だ。市民の気づかないうちに動画を撮影され、顔認識機能でデータ解析をされているということだ。


警察の制服に取り付けられた「ボタン型カメラ」。警察に撮影されていることには気がつかない超小型カメラだ。マースさんによるオンライン講演時の動画から(撮影:大矢英代)

データベース「監視の地図」を見ると、ボディーカメラを導入している警察署は全米各地で1348カ所に上る。顔認識機能は368カ所で導入されている。

車のナンバープレート認識カメラを導入している警察署は586カ所だ。信号に取り付けられた固定式のカメラだけでなく、パトカーにもカメラが装着されている。街の安全を守るためにパトロールしているように見えるパトカーが、実は走りながら人々のデータを集めているというわけだ。

そうやって得たデータは巨大なデータバンクに集められ、人々が過去にどこに行ったか、誰を訪ねたかなどの情報が容易に割り出されているという。

マースさんは言う。

「問題は、憲法で保護されている自由と個人のプライバシーが侵害されているということだけではありません。大量に収集、保管された私たちの個人データが盗まれたり、リークされたりしたらどうしますか。もし、政府や警察内部の人間が、この監視システムを悪用したらどうなりますか。自分もその周りの人たちも故意に攻撃される可能性があるのです」

データベース制作者は大学生たち

ハイテク機器で市民を監視する警察を市民の力で監視する。このウェブサイト「監視の地図」を実際に制作したのは、アメリカの大学生たちだった。では、どのような方法で制作が可能になったのだろうか。マースさんは次のように言う。

「警察の監視システムに関する情報は、実はインターネット上にあふれています。この問題を追っているジャーナリストたちが全米各地にいて、すでにたくさんの記事が公開されているし、警察も新しいツールの導入時にプレスリリースを出している。地域の警察署のフェイスブックにも情報が公開されています。それらを集めました」

マースさんらEFFとタッグを組んだのは、ネバダ大学リノ校ジャーナリズムスクールだ。学生200人のほか、教授やジャーナリスト、研究者ら300人がボランティアとしてデータベース制作に参加した。その手段は「目からうろこ」とも言える。

EFFはまず、教授たちに狙いを説明し、協力を呼びかけた。教授たちは、インターネットを使った情報収集を学生たちの課題やボーナスポイントの宿題として出す。学生たちが特設のウェブサイトにアクセスしてメールアドレスを登録すると、画面には課題が表示される。30分ほどネットで検索すれば見つけられるような簡単な課題だ。公開までの18カ月間で、約5500件のデータが集まったという。

そうやって完成した「監視の地図」は今年7月に公開された。9月30日には、KTVUテレビ(カリフォルニア州オークランド)がこのデータベースを使って、ナンバープレート認識カメラの問題を報じるなど、既存マスコミの報道にも活用されるようになってきた。

いま、アメリカメディアが手がける調査報道は、自らの力のみで成り立っているのではない。EFFの「監視の地図」のように、権力を監視し、独自に調査する数多くの非営利組織がそれを支えているのだ。そして言うまでもなく、非営利組織の運営を支えるのは、一般市民たちである。

大企業と警察の癒着、自宅の監視カメラの情報が警察に

警察の監視システムは日進月歩で進化を続けている。いま、とくに問題になっているのは、アメリカ全土に広がる大企業と警察の連携だ。その点で、マースさんは家庭用監視カメラ会社「リング(Ring)」に着目している。2018年にアマゾンが約10億ドルで買収し、アマゾン傘下の子会社となった。

リング社が販売するのは、玄関などに設置するスマート監視カメラ「ドアベル・カメラ」と、それに連動するスマートフォンアプリ「ネイバーズ(Neighbors)」。玄関のドアを開けずに訪問者を確認、録画することが可能だ。アプリ上では、地域の人たちと動画を共有したり、不審者などの情報を投稿したりできる。さらに警察は「ネイバーズ」アプリに事件・事故などの情報を投稿できるだけなく、市民が投稿した動画を閲覧し、さらに市民に対して録画した動画の提供を求めることもできる。


企業と警察の連帯を可能とする家庭用監視カメラ会社「リング(Ring)」のアプリ「ネイバーズ」。マースさんによるオンライン講演時の動画から (撮影:大矢英代)

リング社のCEOジェイミー・スミノフ氏は昨年8月、全米405の警察署が「ネイバーズ・ポータル」(アプリの拡張版)を導入したと発表したが、「監視の地図」のデータによれば、今年10月8日時点で「リング・ネイバーズ」とパートナーシップを結んだ警察署は全米各地で1501カ所に達している。この1年ほどの間にいかに急拡大したか、よくわかる。

「リング」カメラの導入を積極的に検討する自治体も出てきた。犯罪率がとくに高いオハイオ州アクロン市のマーゴ・ソマーヴィル市長はこの10月7日、地元テレビ局「19ニュース」の取材に対し、「24時間体制の犯罪抑圧につながる」として犯罪が多い住宅街への「リング」カメラ設置を検討していると表明した。一般市民、大企業、行政、警察が一体となった新たなデジタル監視システム。映画のような巨大な監視社会が、「安心感」と引き換えにアメリカの日常となりつつある。

監視カメラの記録映像はどう使われているのか

では、監視カメラに記録された動画は、大企業や警察に渡ったあと、どのように、どんな目的で使用されているのか。そこに市民の手は届かない。それでも監視社会の構築は止まらない。犯罪とは関係のない通行人、自宅を訪ねてきた友人や家族。そうした一般市民の日常も「リング」カメラは24時間、録画し続けている。

マースさんはこう警鐘を鳴らした。

「最大の問題は、監視システムが社会にもたらす長期的な影響がわからないことです。監視の目的は、公共の安全や犯罪を解決することではないと言えるでしょう。少なくともアメリカでは、社会をコントロールする方向に向かっているんです」

取材:大矢英代=フロントラインプレス(Frontline Press)所属。アメリカ在住