テレワークの導入で考えられるトラブルの数々を、敏腕弁護士が徹底分析。コロナ禍は会社にとって、お荷物社員を解雇する好機。やらかしたら一発退場になってしまうかも――。
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■行列のできるテレワーク法律相談所

新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年4月16日から全国を対象に緊急事態宣言が出され、内閣府からは「出勤者7割削減」の要請が各自治体に周知された。

在宅勤務の普及を含む「働き方改革」は以前から推奨されている。「働き方改革関連法」が2018年6月29日に可決・成立し、19年4月から施行されたものの、なかなか企業側の体制が伴わず、一部上場企業やベンチャー企業のみで取り入れられていたテレワーク。これまで無縁だった企業も動かざるをえない状況になってきた。

しかし、法整備もされないまま、慌ててテレワークの導入を進めれば、確実に様々なトラブルが発生する。私たちはどのように対処していけばよいのだろうか。

▼録画のしやすいテレワーク、セクハラ、パワハラ発言に注意!

■「職場」が消えたことで、社内の人間関係が希薄に

テレワークを導入する企業が増え、新たなツールを使うなど、働き方に大きな変化が起きている。また、現実空間としての「職場」が消えたことで、社内の人間関係が希薄になったという人も少なくないはずだ。

そんなテレワーク環境の中でも、かつて見られた職場内のトラブルが発生する可能性はあるのだろうか。例えば、パワハラやセクハラなどのハラスメントは対面でなされるケースが大半だった。そのため、オンラインではそのようなトラブルが起きにくいと考えがちだが、実態は大きく異なるようだ。

■大企業の人事部は社員の不祥事待ち?

「コロナ禍でテレワークを導入する企業が増えましたが、法的にセクハラやパワハラになるリスクにつながる行動は十分ありえます」

そう語るのは、職場内トラブルに詳しい城南中央法律事務所の野澤隆弁護士だ。野澤氏によると、テレワーク環境のほうがむしろ、セクハラやパワハラで訴えられるリスクは高いという。

「最大の理由は、裁判で使える証拠がしっかり確保されているからです。テレワークではZoomなどビデオ会議ツールに加え、SNSやチャットツールを使います。そのため、正確なデータ保存がしやすく、後から時間とお金をかけて作る報告書・陳述書などと違って費用対効果が高いのです」

さらに、仮にトラブルが発生し、職場でハラスメントについて詰められた際に「言い逃れしにくい」のも特徴だという。

「政治家や財界人の失言報道がなされた際に、当人が『大勢の人間が同じ部屋にいた場の雰囲気を無視され、身振り手振りを含めた文脈の一部分のみを都合よく切り取られた』と反論することがよくありますが、テレワーク中に共有するのはあくまでデジタル情報処理された狭い画面空間。反論の余地はかなり小さくなります」

では、テレワーク環境の中でクビにならないためにはどのような対策を立てればよいだろうか。

「重要なのは、社員個人の私生活の話を一切しないことです。社員の自宅とつながるため、私物や生活環境について話したくなりますが、オフィスにいるときと比べて態度だけでなく認識や感覚が変わる人もいるため、いつセクハラ・パワハラ発言と思われるかわからないため、そっけなく業務の話だけをしておいたほうが無難です」

そこでキーとなるのは業務中のツールを見直すことだ。

「電子メールやLINEでは感情的・主観的な表現を控え、ビデオ会議では事務連絡対応のみにとどめ、本格的な協議については音声のみの電話機器で可能な限り対応する。音声のみの協議は、情報が不足しがちであると思っている方もいますが、協議が決裂した場合でも不満の表情までは伝わらないので人間関係の修復がしやすく、音声だけだからこそしっかり相手の話を集中して聴くという側面があるからです」

大企業による積極的なテレワーク導入は、余剰人材カットの準備ともいえる。(PIXTA=写真)

さらに、野澤氏によると、テレワーク導入の陰で、大企業を中心にリストラの準備が進んでいる可能性が高いという。

「景気後退期の企業では2〜3割程度の余剰人員を抱え込みますが、解雇規制が厳しい日本のような国で大企業がいきなり大量解雇することはできません。テレワークによる働き方改革とは別に、何となくオフィスにいた無駄な社員の存在を顕在化させることは、多少のコストをかけてでも不景気の長期化が予想される現状では経済的には合理性がある行動といえます」

コロナ禍でリモハラでも引き起こそうものなら、リストラのいい口実にされてしまう。便利なツールも使い方次第だ。

▼自宅に持ち帰った機密情報。もし漏らしてしまったらどうする

■実際のところ、焦る必要はない

テレワークの普及によって、クラウド上で会社の情報を管理するケースが増えた。そこで起きるトラブルとして挙げられるのが情報漏洩だ。もし、自分が何らかの理由で会社の機密情報を外部に漏らしてしまったら、自己防衛をする手段はあるのだろうか。

「仮に機密情報を漏らしても、会社側が不利になる他の機密情報をまだ隠し持っていると思わせることが肝要です」(野澤氏)

野澤氏によると、企業の機密情報を漏洩したからといって、すぐに厳しい処分を下される可能性はかなり低いという。

「機密漏洩や社内不祥事が起きたとき、その事実が社外に知られるほうが会社にとって大損害というケースは多々あります。その場合、閑職に追いやったり、地方に“栄転”させることは今でもあります。これは、“秘密を公にしない限りクビにはならない”という暗黙の了解による司法取引みたいなもの。握っている情報が“人質”のように機能していれば、ノホホンと定年まで居残れます。日本の労働法制は、解雇だけでなく賠償額の予約契約や給与からの損害金天引き等についても規制が厳しいのです」

最悪クビになった場合、何とかして被害を最小限に抑えたい。

「会社を辞めるときに、公序良俗違反等の法的問題は残りますが、秘密保持と損害賠償請求権不行使をワンセットにした和解を模索するのは有効な手段の1つです。加えて、未払い残業代を武器にするワザがある。最近の民法改正で残業代請求の時効期間は2年から3年に延長されました。いざとなったら戦える状態を維持しつつ裁判沙汰だけは防ぎたいという“不拡大方針”を会社側に伝え、できれば未払い残業代請求権をずっと留保したまま穏便に退職するのです。このやり方は、同業他社に転職したり、同業種で独立開業をする場合には特に有効な方法です」

会社の機密情報を実際に漏らしたと判断され、法的責任を問われるリスクが高い情報とは具体的にどのようなものなのだろうか。

「1つ目は通常の機密情報、つまり知的財産、会社ノウハウに関する情報。2つ目は顧客の個人情報、特に業者(裏の)が扱ってくれそうな名簿などは価値が高くなります。3つ目は犯罪・不祥事に関する情報、社内でのセクハラやパワハラなどもここに含まれます。ただ、不動産業や人材派遣業等では、広告事務管理料・システム登録料等といった法令上の根拠が乏しい手数料を会社の特殊ノウハウに従って多数の顧客から徴収しているケースが多いので、複合的性質を有する情報もあります」

同じ情報でありながら、失敗原因の側面と武器使用の側面があるので、情報廃棄だけでなく、いざとなったら戦えるよう証拠収集にも努める必要がある。

「会社のコピー機、特に通信機器接続の複合機を使うのは別の失敗につながります。会社経費の無断流用だけでなく、証拠収集の履歴を相手に教えているようなもの。重要証拠は個人使用のスマホで撮影し、撮影日時がわかるように自宅のPCに別保存しておくのです」

情報の取捨選択こそが生き残るためのキモである事実は、いつの時代でも変わらない。

▼テレワーク中にかかった経費を会社に最大限請求するには?

■経費を請求する前に、自分の立ち位置確認

テレワーク導入に伴い、オフィスのテナント契約を解約、縮小する企業が増えている。企業本体にとって、コロナ禍は固定費削減の大きなきっかけとなったが、一方で働く環境整備のための負担を強いられたのが個々の社員だろう。

テレワーク普及から3カ月ほど経過したが、自宅にネット環境やデスクが整備されていないという社員は少なくない。だが、その負担を会社側が経費としてしっかり定額支給している企業は少数にとどまるのが現状だ。では、作業環境を整えるために会社に必要経費を請求する場合、実際どのような手続きで進めればよいのだろうか。

「まず、正規雇用か非正規雇用かで経費請求をしっかりできるかどうかが現実問題として大きく異なるという実情があります」(野澤氏、以下同)

これは簡単に雇用を切られる立場かどうか、つまり契約の違いにより生じるものだという。

「非正規雇用者の場合、本格的な人員削減が始まりつつある現在、経費請求につき細かく言う労働者を無理して維持するメリットは、会社側にほとんどありません」

野澤氏によると、現実的にテレワーク中の電気代などをしっかり経費請求できるのは正規雇用者のみ。転職できるスキルがあるのが前提だが、請求したければ、雇用契約を見直したほうがよいという。

「大手企業を中心としたテレワーク導入は、多かれ少なかれ過剰人材を可視化し、リストラを進める準備行為であるという裏側面があります。ここ数年のプチバブルで余剰人員を抱えてしまった企業はかなりあり、大企業の場合には法規制の問題もあり、簡単に解雇はできません。コロナ禍が数年以上続く可能性が高まった現在、今のうちから準備しておかなければ大企業でも倒産してしまいます」

今後の雇用問題は、アフターコロナにおけるアメリカをはじめとした先進国の状況を冷静に分析すれば予測しやすいという。

「日本より新型コロナの感染拡大が進み、解雇規制が厳しくないアメリカでは、少なく見積もっても失業率が10%以上の水準に達しています。コピー代や電気代を細かく請求する場合、給与・経費に見合った業務をしっかり遂行しているか自己分析する必要がありますが、自分が思っているほど(厳しい経営環境下にある)会社が評価するケースはあまりありません」

だが、何もしなければ自己負担は増えるばかりであり、何らかの対策は必要だ。

「図にも示したABC理論を実践しましょう。これは要求項目を3グループ程度に分けたうえで、重要度が高い、つまりAのグループについては確実に経費として認めてもらい、他は捨て球として利用する交渉方法です」

真っ向ストレートだけで勝負できるのは時速170キロの剛速球を投げられる超人のみ。変化球をうまく組み合わせる形でコスト回収しながらアフターコロナを生き延びよう。

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野澤 隆(のざわ・たかし)
弁護士
1975年、東京都大田区生まれ。東京都立日比谷高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。弁護士秘書などを経て、2003年司法試験第2次試験合格。

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鈴木 俊之(すずき・としゆき)
編集者・ライター
1985年生まれ。12年法政大学卒業、出版社入社。月刊誌編集部を経て15年独立。専門分野は金融、起業、IT、不動産、自動車、婚活、美容など。
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(編集者・ライター 鈴木 俊之 写真=PIXTA)