コロナ禍の日本では「自粛警察」と呼ばれる行動が相次いだ。こうした動きは日本特有だという。なぜ日本人は規律やルールを他人に押しつけようとするのか。『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)を出した澤田智洋さんは「軍隊式の体育教育に原因がありそうです。まずは『体育脳』をゆるめることが大事です」という--。
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■なぜ、あの人の頭はカチコチに固いのか?

「今までずっとこのやり方でやってきたから、ダメです」

思いもよらぬ言葉に、ぼくはフリーズしました。場所は、あるアート作品の審査会場。ぼくを含め7人の審査員が集まり、およそ300点の作品から、30点の作品を選んでいる最中のことでした。

詳細は省きますが、審査が行き詰まっていたので、ある新しい審査法を提案したら、「ダメです」と一蹴されたのです(最終的にぼくのやり方に賛同が集まり、そのやり方で進めたのですが)。

「新しいやり方ではダメだ」と声を荒げた男性(60代)に、悪気はありません。その方の正義を通しただけです。わかります。ご本人は悪くない。では、何が問題か? それはずばり「体育教育」だと思うのです。

■ルールを守るプロフェッショナル

日本の体育では、今でも「ルールを守ること」が求められます。一糸乱れぬ整列と体操。ミスをしたらため息をつかれ、怒られる。先生は神のごとく絶対で、抗ってはいけない。つまり、既存ルールを巧みに攻略し、先生の言うことをよく聞く生徒がヒーローになるわけです。

この授業スタイルが生んできたのが、「体育脳」です。ルールを守るプロフェッショナルと言い換えてもいいでしょう。

昭和は、「体育脳の時代」でした。

なぜなら、規律を重んじ、チームの和を尊び、リーダーの命令を遵守する体育脳の先輩方は、「大量生産社会」において、フルにその力を発揮できたからです。

■勝てなくなった「体育脳」の日本人

だけど、時代は変わってしまった。VUCA(Volatility/変動性、Uncertainty/不確実性、Complexity/複雑性、Ambiguity/曖昧性)と言われるように、先行きはどんどん不透明になっています。生活者の嗜好も多様化がすすみ、商品開発の「絶対解」がみあたらなくなっている。事業が、事業計画通りにいかない。経済学者の経済予想が、予想の意味をなしていない。経営者や管理職、上司のジャッジが正しいかどうかもわからない。

そう、「バキバキの身体と、ベキベキ(○○すべき)の頭」では、今の時代を勝ち抜くことができなくなってしまった。ゲームは変わってしまったのです。

この変化と呼応するように、「上からの命令に従うだけではなく、自律性が大事だ!」とこの数年急に叫ばれはじめ、戸惑っている方も少なくないのではないでしょうか。特に、「今目の前にあるルールが絶対!」と体育で教わってきたらなおのことです。

困っているのは、上司も同じです。上意下達が普通だった時代から、部下と一緒に「次の正解ってなんだろう?」とフラットに模索しなければいけないからです。そんなことをやってきたことがないし、先輩としてのプライドが許さない。ビジネスの世界では今、葛藤や軋轢、苦悩が生まれ、ちょっとした混乱状態にあるとも言えるでしょう。

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■「どうして、こんなに苦しいのだろう?」

かくいうぼくも、ザ・体育脳でした。社会のルールが絶対だと思っていたのです。でも、いくつかの経験が重なり、徐々に脱・体育脳してきました。

そもそも、ぼくは運動音痴です。走るフォームがちょっと(いやだいぶ)おかしい。ボールを投げても遠くに飛ばない。バレーボールのレシーブが、芸術的に不安定。だからぼくは体育の時間に、ずっと傷ついてきたんです。「自分はダメな人間だ」と。でも、スポーツが圧倒的に苦手だからこそ、心のどこかで思っていました。「たかが体育なのに、どうしてこんなに苦しい思いをしなくちゃならないんだろう?」。体育脳への、かすかな反抗です。

さらに、高校時代をアメリカで過ごす中で、気づきました。

「あれ、日本の体育が特殊だっただけだ……」

アメリカの学校にはP.E(Physical Education)というスポーツの授業があるのですが、体育とはずいぶん様子が違いました。たとえば、複数のスポーツの中から好きなスポーツを選べるんです。これは運動音痴には、救いの神でした……。ワーストよりベターを選べるからです。

また、急に先生が「今日はサッカーをやるけど、ルール変えちゃおう! ボール2つでやってみよう!」と両脇にサッカーボールを抱えながら言ってきたこともあります。

え、いいの? 戸惑っているのは体育脳のぼくだけ。アメリカ人の友人たちは「OK」「Let’s Have Fun」という感じで、ルールが変わったことを楽しもうとしていました。

そう。ぼくが苦手だった体育は、世界的にみても「特殊」な世界だったのです。

■軍隊式の体育教育を続ける日本の異常さ

それもそのはず。日本の体育は、「軍事活用」されてきたからです。

たとえば、明治初期から「普通体操」に加えて「兵式体操」が学校ではじまりました。教師は軍人で、規律をもとめられ、私語はゆるさず……。また、1928年には「体育政策」もはじまります。何かというと、体育を通じて、富国強兵を目指す政策なんです。このときから始まったソフトボール投げは、手榴弾を投げる訓練だったし、懸垂なんかも歩兵銃を撃つための訓練。

戦争と伴走しながらうまれた日本の体育は、大戦後も生き残りました。効率と馬力とチームワークが求められる、高度経済成長期と相性がよかったからです。でも、それはもう昔の話。「体育」や「軍隊式」の教育や働き方は、耐用年数が過ぎていることを、平成の30年間が教えてくれました。だれがなんと言おうと、時代と合っていない。

だからこそぼくは、「ぼくが悪いんじゃなくて、スポーツ(体育)が悪いのかもしれない」という仮説をもちはじめました。

■みんなが楽しめる「ゆるスポーツ」誕生

それを決定的なものにしたのは、息子の誕生です。彼には先天的に視覚障害があるのですが、そうすると今のスポーツだと楽しめるものがほとんどない。これって、やっぱり、スポーツの方が人を排除しすぎじゃない? と確信に変わりました。そして、もういっそ新しいスポーツを作ってしまおう! と決めたのです。

「今目の前にあるスポーツが絶対」という体育脳から、「ぼくたちに合う新しいスポーツを作ろう」へのシフトです。だって、そうでもしないと、とてもではないですが生きづらかったから。弱者の生存戦略です。

満を持して、2015年に「世界ゆるスポーツ協会」という団体を仲間たちと立ち上げました。「ゆるスポーツ」とは、運動が得意不得意にかかわらず、だれもが笑いながら楽しめるスポーツです。

これまで開発したスポーツは90競技以上。イモムシラグビー、ベビーバスケ、トントンボイス相撲。既成概念にとらわれず開発したスポーツは、これまで10万人以上が体験し、今では海外進出をしています。また、イベント後にアンケートを取るとほぼ100%の方が「楽しかった」「またやりたい」と答えます。今ではミズノといった大手スポーツメーカーとも連携しながら、新しいスポーツカルチャーをつくることに東奔西走する日々です。

写真=世界ゆるスポーツ協会提供
イモムシになりきって、行うラグビー。基本動作は、ほふく前進か、転がるか。 - 写真=世界ゆるスポーツ協会提供
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ベビーバスケは、激しく扱うと泣き出してしまう特殊なボールを使ったバスケットボール。泣かせないようにそっとパス。プレーヤーの母性が勝敗を分ける。 - 写真=世界ゆるスポーツ協会提供
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トントンボイス相撲は、トントンという声で紙相撲力士を戦わせるスポーツ。プレーヤーは自然と大きな声をたくさん出すので、喉の機能回復につながる。 - 写真=世界ゆるスポーツ協会提供

■「ゆる思考」なら、不確実性に対応できる

この「既存ルールを遵守すること」を放棄して、「新しいルールをつくること」にフォーカスすることを、ぼくは「ゆる思考」と呼んでいます。

この世に【絶対】はない、目の前のルールは【不完全】であるという目線をもち、社会に自分を合わせるのではなく、社会を自分に合わせる考え方です。クリティカルシンキングとクリエーティブ思考が合わさったような、考え方とも言えます。それは、体育脳の対極にある思考法です。

そしてぼくは気づきました。「あれ、この『ゆる思考』を手に入れてから、働くのが楽になったな……」。なぜなら、ゆるとは「柔軟に、目の前の社会をゆるめていく、変えていく」姿勢だからです。固定観念で脳をガチガチにするのではなく、世界は変えられるかもしれないと、脳をゆるめておく。これは「アジャイル(Agile※)」であり「弾力性の高い」状態です。

澤田智洋『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)

体育の話なので、身体に寄せて考えてみます。運動前には、柔軟体操などで身体をほぐしますよね? それは、けがをするリスクを減らすためのものです。ところが「体育脳」とは、脳がストレッチできていない状態です。だからこそ不規則で不確実な状況では、対応しきれず、脳が機能しなくなります。

他方で「ゆる思考」とは、常に脳をストレッチしている状態です。だからこそ、しなやかに時代の変化に対応できます。言うならば、「けがをしづらい」コンディションなのです。

では、どうやって「ゆる思考」を手に入れればいいか? おすすめなのは、まずはスポーツをつくることです。体育を、スポーツを、自分の手でゆるめることにより、新しい地平が開けます。そして、たちまち目が覚めます。「どうして今まで、自分は体育脳だったんだろう」。

※直訳すると「素早い」「機敏な」という意味の英語。近年、用いられるソフトウエア開発の手法に「アジャイル開発」がある。これは、優先度の高い機能をつくったらリリースし、顧客の反応などを見ながら、不具合を修正したり、追加機能を実装していく開発手法。

ゆるスポーツオフィシャルPV

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澤田 智洋(さわだ・ともひろ)
一般社団法人世界ゆるスポーツ協会代表理事
1981年、東京都生まれ。子ども時代をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごす。2004年慶應義塾大学経済学部を卒業後、大手広告代理店に入社。以来、コピーライターとして活動している。14年頃から、仲間たちとゆるスポーツ普及の取り組みを開始し、16年に一般社団法人世界ゆるスポーツ協会を設立して現職。著書として『ダメ社員でもいいじゃない。』がある。
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(一般社団法人世界ゆるスポーツ協会代表理事 澤田 智洋)