菅義偉首相は、9月16日の就任会見で携帯料金値下げへの意欲を示した。これについて統計データ分析家の本川裕氏は「日本の通信費は10兆7000億円と主要先進国で最も高く、引き下げ余地があることは明白だ。高止まりが続いているのは、マスコミが携帯大手3社から多額の広告費を投入されているからではないか」という--。
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■三度目の正直「携帯料金値下げ」を阻む意外な「犯人」とは

菅義偉新首相は、9月16日の就任会見で携帯料金値下げに対する意欲を示した。

「国民の財産の電波の提供を受け、携帯電話の大手3社が9割の寡占状態を長年にわたり維持して、世界でも高い料金で、20%の営業利益を上げ続けている」

その後、武田良太総務相も「1割程度の引き下げでは改革にならない」と強調した。携帯代値下げに向けた政権トップからの意思表示は今回3度目である。

最初は、2015年9月の経済財政諮問会議における安倍晋三首相(当時)の「携帯電話などの家計負担軽減が大きな課題だ」という発言である。この時には、日本の通信料金は海外と比較して高くないというデータが有識者タスクフォースの初回の会合で示され、重点が携帯電話端末の実質ゼロ円販売の解消に移ってしまった。

それから3年後の2018年8月には、当時の菅官房長官が「携帯電話料金は4割値下げできる」と突如“数値目標”にまで踏み込んだ発言をしたことで、国内の携帯電話料金に再び注目が集まった。

日本の携帯料金は、場合によって中位、場合によって最高値になる、という内外価格調査の結果データが示され、15年の時と比べると通信会社には不利な状況になった。しかし、結局、ユーザーの携帯電話変更を困難にしている不公正な取引慣行の一部是正などにとどまった。

パソコン、携帯電話、スマホの普及でネット社会が進化するなか、これらに要する通信費が家計の中で大きな割合を占め、経済全体の中でもウエートが増大するようになった。

今回、政権トップがこれだけ意思を鮮明にしたからには、2015年、18年に次ぐ今回の「三度目の正直」を実現させないわけにはいかないだろう。

■他国と比べ、高止まりしている日本の通信費家計負担

実際のところ、携帯電話などの通信料の家計負担は海外と比べて、重いのか、重くないのか。この点に関する客観的な統計データを調べてみよう。

図表1は、OECDのSNA(GDP統計)データベースを使い主要先進国の家計における通信費支出割合の推移を示したものだ。他国との比較でしばしば利用される内外価格調査は、同品質の商品、同種の購入先など同じ条件で比較する必要がある。そのため物財の場合はともかく、サービスの場合は、基準の設定次第で恣意的な結果に陥りやすい。そこで、今回は国際基準の統一分類で作成されているSNAベースの統計で対GDP比の値を採用した。

では各国の推移について、見ていこう。

■通信費は防衛費の2倍「主要先進国の中で最高」

グラフを詳細に確認すると、各国で、情報通信革命に伴い、家庭にもネットが浸透した結果、1990年代前半までと現在とでは、家計の通信費の対GDPレベルが0.5〜1%ポイントほど上方にシフトしている様子が如実にうかがえる。

この上方シフトの過程には一般に2つの特徴が見て取れる。

すなわち、上昇が1995〜2005年の時期に集中して起こった点、および韓国に典型的に見られるように、いったん高騰した通信費が再度低下するという逆V字カーブ的な動きが見られた点である。

日本の場合は、全体として通信費の上昇幅が大きく、現在は2%前後とっている。日本の防衛費は「GDP比1%」とされるが、その基準でいくと、家計の通信費負担だけ(企業負担の通信費を除く)で防衛費の2倍に達し、主要先進国の中で最高となっている点が目立つ。

また、例外的に逆V字カーブ的な動きがなく、通信費負担が高止まりしている点が特徴的である。諸外国と比較すると日本の通信費負担はGDPの0.5%以上高くなっており、その分の超過負担が消費者に生じていると判断できる。通信費は他の先進国より「防衛費の半分ぐらい割高だ」と言うことができる。

■ソフトバンク孫正義会長が口癖だった「低料金」を口にしなくなった

日本では2006年ごろから急速に通信費の家計負担が増加しているが、これは携帯電話会社の寡占の進行が影響していると見ていいだろう。

携帯電話の分野で競争が始まった1990年代半ばには、大都市圏では7社が競合していた。その後、事業者の淘汰が加速し、2006年にソフトバンクがボーダフォンを買収し、大手3社の寡占体制が生まれた。それ以降、通信費の対GDP比は大きく上昇している。

寡占事業者の仲間入り後、ソフトバンクの孫正義氏は、そこに至るまで口癖だった「低料金」を口にしなくなった。孫氏がADSL事業への参入などで通信業界の既得権益を打破していた時期には、他国と比較して高くなることが抑えられていた通信費負担が、孫氏の寡占仲間入りが実現した以降は、そうした歯止めが効かなくなり、消費者への大きな超過負担が是正されなくなった。

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ドイツでは2010年から通信費負担の低下がはじまっている。ドイツでは通信基地局などの設備を大手から借りて通信サービスを展開する仮想移動体通信事業者(MVNO)が、政府の促進策もあり、シェアが5割近くにまで増えたと言われる。このため、大手MNO(設備をもつ移動体通信事業者)も対抗策として大きく値下げしたことが影響していると思われる。

(注)日本では格安スマホ会社がMVNOに当たり、MNOはドコモ、au、ソフトバンクの3社である。楽天が最近MNOとしてのサービスを開始している。

フランスでは2011年から通信費負担の低下がはじまっている。こちらはMNO自体の増加によるものと考えられる。フランスでは2012年に第4の事業者が既存事業者の半分以下の料金プランを投入して市場に参入し、一気に競争が激しくなり、料金も大きく値下がりしたと言われる。

ドイツ、フランスに比して、英米では逆V字カーブの起伏が小さくなっており、通信サービスをめぐる競争環境に市場メカニズムの働きの効果が認められよう。

■企業間競争のなさ、政府の無策が災いして通信費負担が高いまま

日本ではこうした諸国と比べて競争環境上の不備や政府の無策が災いして通信費負担が高止まりしてきたと考えざるをえない。

2018年の日本の家計通信費は10兆7000億円であり、対GDP比は1.96%である。もし4割これが軽くなるとすると1.18%となる。これは主要先進国の中位水準にほぼ該当する。つまり、4割の携帯電話代削減は、通信費をめぐる競争環境が主要先進国並みに近づけば可能だと判断することができるのである。

■消費者価格指数でも通信費価格の下げ幅は「他国の半分」

消費者物価指数は、どの国でも作成されているので国際比較が可能である。

そこで図表2に、各国消費者物価指数を使い、通信費の価格指数を総合価格指数で割った通信費の相対価格の推移を掲げた(1996年=1として)。

世界的に通信費の増大が顕著となった1996年以降、当初からそれほど高くはなかったと思われる英国以外の各国では半分(0.5)以下に通信費の価格が相対的に低下している。通信分野における技術革新を通じた価格低下が観察できるのである。これに対して、日本の価格低下は3割減にすぎない。家計の通信費負担が日本の場合特に重たくなっている一因がここにあることは確かであろう。

以上のような客観データを見る限り、家計における通信費負担は、日本の場合、今や、先進国の中で最も重くなっていることは否定しがたい状況となっており、安倍首相(当時)や菅首相の問題提起は、もっともなことだと言わざるを得ないだろう。

図表1と最近の家計調査における通信費の動きを考え合わせると、問題提起がはじまった2016年以降、状況はほとんど改善されておらず、マスコミは公約違反としてもっと政府を非難してもよいと思うのであるが、なぜか追及の手は緩い。

■携帯電話代の引き下げが、なぜ政権トップから提起されているか?

最後に、携帯電話代の引き下げが政府首脳から「突然」のように提起され、世間を驚かせている状況についてどう見るか。

食費、医療費、電気代や税金の負担の大きさ、あるいは物価高騰など、普通、家計をめぐる問題は、ジャーナリズムや有識者が問題点を指摘し、野党がそれにこたえる形で政府を追及し、結果として、政策上の課題として取り上げられるに至るものが多い。

にもかかわらず、携帯電話代の負担の重さについては、なぜそういう経路を経ないのか、不思議に思う人も多いのではなかろうか。

「二度目の正直」の2018年、政府寄りとおぼしき報道機関は、「携帯電話料金は国際的に高い」というデータを優先して紹介し、値下げすべきだという政権の主張を後追いする立場があらわれていた。

他方、政府に批判的な報道機関はどうだったか。政権トップから値下げが提起されている事実に対し、消費税引き上げによるマイナス効果を少しでも打ち消すことのできる材料として国政選挙で政権党を有利にするための策略だとする論を張った。また、日本の通信費は必ずしも高いとはいえないというデータを紹介しつつ、民間企業の活動に過剰に介入するのは問題あり、といった主張をしたメディアもあった。

■4割値引き実現すれば通信費は4.3兆円減=消費税2%に匹敵する規模

「三度目の正直」の今回も似たような主張の対立が繰り返されている。

コロナ不況への対策として野党は消費税減税や一時停止を主張し、政権は消費税については現状維持とし、むしろ携帯代の引き下げを打ち出している。

消費税は1%幅の引き下げで2兆5000億円の税負担減となると考えられているので家計の通信費支出10兆7000億円の丸ごと4割、4兆3000億円の引き下げは、消費税2%近くに匹敵する規模なのである。

政権中枢からではなく通信分野の監督官庁である総務省から携帯電話代の引き下げが提起されてもおかしくはないだろう。そうなっていないのは、なぜか。携帯電話会社への天下りなどによって、監督する者が監督される者と通じてしまうことがあるため、と考えるのはうがちすぎだろうか。

■携帯大手3社がいまだにテレビに広告費をじゃぶじゃぶつぎ込むワケ

さらに国民がもっと不思議に感じてよいのは、メディアの指摘の手ぬるさだ。

他の社会問題、例えば保育所が足りないというような問題がしきりと報道されるのに対して、これだけ家計の重い負担になっている通信費について、大手の新聞やテレビ各社はほとんど独自取材・調査を行わず、政府が言い出すまで全くといってよいほど問題点を指摘してこなかった。

文部科学省や厚生労働省などが発表するスマホ依存に関する子どもなどへの健康上の弊害についても、私の印象としては、各メディアは同業他社より出すぎた報道にならないように抑制しているようにさえ見受けられた。要するに、通信費の高さを含めた携帯大手3社に対するネガティブな報道をあえてしないのだ。

図表3には主要業種のマスコミ広告費の推移を掲げた。新聞・雑誌・テレビ・ラジオで広告費が多いのは、1位「情報・通信」、2位「食品」、3位「化粧品・トイレタリー」となっている。確かにテレビを見ていても、携帯電話、インスタント食品、美肌化粧品、トイレ芳香剤などのコマーシャルをよく見かける。

近年の推移を見ると、どの業界の広告費もインターネット広告におされて横ばいか低下傾向にある中で、情報・通信業界の広告費は逆に上昇していることがグラフからは見てとれる。

■携帯3社に「買収」されたメディアが通信費高止まりをスルー

これは情報・通信業界の産業としての躍進だけが要因なのであろうか。そもそも、商品が多岐にわたり、広告宣伝が不可欠と思われる食品や化粧品・トイレタリーと比べて、そんなにも携帯電話のコマーシャルには宣伝効果があるものなのだろうか。

メディアが携帯電話にかかわる契約や費用の問題あるいは健康問題をあまり取り上げてこなかった理由。筆者の考えは、独占状態となっている携帯電話事業大手3社が自社の利潤を確保するため、不必要なほど大量のテレビコマーシャルを流すなどして、巨額な広告料をばらまいているからではないか。つまり、メディアを“丸ごと買収”している効果のあらわれと言えまいか。

この見方に立てば、政府に対してアンチの立場の報道機関は、自ら、選挙対策の大きな余地を生じさせているにもかかわらず、それを選挙対策だと批判していることになり、自己矛盾と言わざるを得ないだろう。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)