就職活動で面接を無断でキャンセルする応募者がいる。なぜ彼らは音信不通になるのか。産業カウンセラーの渡部卓氏は「断るために必要な『電話』というツールが大きなハードルになっている」という――。

※本稿は、渡部卓『あなたの職場の繊細くんと残念な上司』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。

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■「顧客の前では笑顔でいろ」は若者には通用しない

先日、ある中小企業の部長が私にボヤいていました。

「いまどきの新人は、来社した顧客に対して笑顔がないんですよ。さすがによくないと思ってやんわりと注意したら、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で『面白くもないのに笑えません』なんてボソッとつぶやかれて、あぜんとしました」

ボソッとつぶやいたとはいえ「面白くもないのに笑えません」と反論してしまうこの“新人”の態度は改めなければなりません。ただ多くの学生と接している私からすれば、彼は決してムッツリしていたわけではないと思います。でも、社会通念上で要求されるレベルの笑顔にはほど遠かったようです。

原因は、彼が育ってきた環境にもあるでしょう。喜怒哀楽を表出させる場面が極端に少なくなっているからです。私らの子どもの頃は、学校から帰宅したら外に出て遊んだり、行動範囲が広く、他人と接する機会も多かったものです。

ところが、いまの時代は帰宅後は塾で忙しいし、家にいれば1人で過ごすツールも充実しているため、あまり外に出なくても楽しいことがいくらでもあります。1人で楽しめるので、家族とのコミュニケーションの絶対量も少ない。兄弟姉妹がいない子も多く、あまり喧嘩もしない。つまり、表情が豊かになるような体験、経験、失敗の絶対量が減ってきているのです。

それなのに、職場が以前の価値観、経験則に基づいて、社員を枠にはめたりマネジメントしたりすれば、ミスマッチが起こるのは当然でしょう。先の「お客様の前では笑顔でいろ」はその典型です。我々の世代にとって当たり前のことでも、同じ文化を経ていない彼らには簡単にはできないのです(しなくていい、ということではありませんが)。

■なぜ定時になったら、黙って「お先に失礼する」のか

似たケースに、定時で仕事が終わった新人が、まだ残っている上司や先輩に「何かやることありますか」と訊く慣例があります。20〜30年前の職場なら当たり前の光景でした。

意訳するなら「今日はこのまま帰ってよろしいですか」と許可を求めているわけです。

上司や先輩より先に帰る場合には、必ずひと言かけろ、がビジネスマナーだと言われてきました。自分の担当分が終わっても、それ以上の仕事をしてこそ認められると教えらました。ビジネスとは、相手の期待に応えているだけではダメで、期待値を上回る成果を見せて初めて評価される。そんな教育を受けてきました。

いまでは違います。新人は“声がけ”などなくサッサと帰っています。そうすると「なぜ若い社員は残業を嫌がるのか」と中高年世代は言いがちです。でも、この「なぜ」という疑問自体がおかしいと考える必要があるのです。

この不安定な世の中では、会社に尽くしても必ずしも報われるわけではありません。だから、若い人が言われたことしかやらないのは、気が利かないわけでも、やる気に欠けるからでもない(本当に気が利かなかったり、やる気に欠けている若手社員もいるでしょうが)。指示された以上の仕事をしても、自分のためになるという意識を持てないのです。

学生たちのレポートも、教員である私の期待を超えて驚かせてやろうという意識はあまり見られません。指示された範囲の中で、自分なりに頑張る学生がほとんどです。自分なりには頑張っています。我々から見ると頑張ってないように見えても、本人は一生懸命にやっています。

先の「笑顔がない」と言われた新人も、本人的には柔らかい表情を見せていたんだと推察します。でも、それ以上の水準を要求されても難しいのです。

■採用面接を無断欠席する理由は「電話へのストレス

冒頭で、企業の採用面接を無断でドタキャンする応募者がいる話をしました。ここでは、その一つの大きな理由について説明したいと思います。

じつは、彼らが音信不通になるのは、断るために必要な「電話」というツールが大きなハードルになっているのです。一次面接までのコミュニケーションは、メールのやりとりで行われているはずです。生の相手と対峙する一次面接が初めての“リアル”と言えるでしょう。それまで何度か電話でやりとりしているのならともかく、最後の申し込みもメールで受け付けられている。そこから、直前の面接のキャンセルというNOを電話で伝えるのは、いまの就活生(転活生)には、それがマナーと知りつつ、相当ハードルが高く感じるでしょう。

NOと言うことにも、電話にも慣れていません。中高年の世代は電話で会話することは何でもない行為です。メールよりストレスがないくらいかもしれません。しかし、若い世代にとっては、学生時代までの自分が経験してきたコミュニケーションとは別ものなので、電話は不安でストレスなのです。

■若者は顔をさらすことを嫌う

職場で電話を取りたがらない新入社員が多いことは周知の事実になってきました。彼らにとっては突然電話をかけたり、かけられたりの行為が日常のひとコマではありません。必要な場合、まずLINEで「いま、電話してもいい?」と事前に確認してから、電話につなげます。電話をせずにLINEのやりとりでコミュニケーションを完結させることのほうがふつうです。そんな生活を送ってきた彼らには、友人でも何でもない見知らぬ相手に入れる断りの電話は、とてつもなく難度の高い作業なのです。

さらに言えば、実際に初対面の相手と顔を合わせるというハードルも高い。彼らはリアルな素顔での、生のコミュニケーションに対して抵抗感があります。とにかく顔をさらす行為への拒否反応が強いです。

たとえば、学生証には持ち主である本人の小さい顔写真が貼ってあります。あの上にプリクラで加工した顔写真を貼り付ける学生がいます。言うまでもなく、これでは証明書になりません。

期末試験で、各自の机の上に学生証を出したとき、「プリクラを剥がしなさい」と注意すれば、素直に剥がします。でも試験が終われば、また貼り直している。顔を隠していないと落ち着かないのです。

■大学教授もLINEやスタンプを使いこなす時代

そのため、新型コロナの影響で広まったZoomなどでのオンライン授業であっても、顔を見せたがらない学生が多数派です。顔だけ非表示にしたり、仮面で隠せるアプリを使ったり、アニメのキャラクターのアイコンを表示しています。

渡部卓『あなたの職場の繊細くんと残念な上司』(青春新書インテリジェンス)

仲がいい友達だけのグループなら気にしません。でも、そこへ教員や知らない学生が入ってくると緊張します。彼らの表情がサッと変わります。オンライン授業ではボイスだけにして、画面に顔を映すのは勘弁してほしいと思う学生は男女ともに多数派です。もっとも教員側もそのへんは心得ており、またパケットの節約対策もあり、常時顔を出すことを求める教員は、現在ではもういないと思います。

だからこそ彼らは使い慣れたLINEを好みます。NOの意思の場合はレスポンスが悪くなりますが、OKの内容に関しては、LINEであれば事細かに伝えてきます。対面で会っているときとは打って変わって饒舌になる学生も珍しくありません。

彼らに合わせて、私もゼミの学生とコミュニケーションを取る際はもっぱらLINEです。テキストだけではなく、スタンプも頻繁に使います。スタンプは言葉以上に学生とコミュニケーションをうまく取りやすい。たとえば「頑張れ」と伝えるのに、生の声より、「頑張って」とLINEのキャラクターのスタンプを打つほうが、彼らからの反応は確実によくなります。

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渡部 卓(わたなべ・たかし)
産業カウンセラー
認定ビジネス・コーチ、帝京平成大学現代ライフ学部教授、武漢理工大学客員教授。1979年早稲田大学政経学部卒業後、モービル石油に入社。その後、米コーネル大学で人事組織論を学び、米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。90年日本ペプシコ入社後、AOL、シスコシステムズ、ネットエイジを経て、2003年ライフバランスマネジメント社を設立。14年4月帝京平成大学現代ライフ学部教授に就任、現在に至る。
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(産業カウンセラー 渡部 卓)