「私じゃダメ…?」女の誘いに、手を握り締めてきた男の回答とは
―まだ東京で消耗してるの?
2014年、あるブログから投げかけられた問いに、いま人々はどう反応するだろうか?
オンライン生活が日常になり、東京にいる必要もないと言われるが、一方で東京にこだわる者もいる。彼女の名前は、莉々ー。
◆これまでのあらすじ
執筆している恋愛コラムが人気になり、小説の執筆もはじめた莉々。仕事は軌道に乗り始めるも、様々な不安を抱えている時に突如現れた1人の男性…。
「ねぇ、私と付き合わない?」
私がそんなことを口にしたのに、彼は落ち着き払った様子で、ワインを注ぎつづける。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
でもそれは、お互いのことを、知り過ぎているほどによく知っているからだろうか。
「莉々。なんか数年前と見た目は変わってないのに、随分大胆になったっていうか、はっきりした性格になったな」
「そうかな。…私じゃだめ?」
少し見ない間に渋さを纏い、でもくしゃっと笑う表情に垣間見える、昔と変わらない面影。
何年ブランクがあったとしても、1度は好きになった人の仕草や表情を、そう簡単には忘れないらしい。
ワインの余韻に浸り続ける彼からの回答を、私は静かに待った。
莉々が思いを告げた、昔好きだった人物の正体。そして、その答えは…
「だめじゃないよ」
「それって、どういう意味?」
「よろしくね」
少しの間のあと、圭太は優しく私の手を握った。
◆
恋愛コラムから発展し、恋愛小説を執筆しはじめ1年。
徐々に自分の知名度があがり、心ないメッセージも届くようにもなったが、案外自分にはスルースキルが備わっていることを知った。
そしてある日、見覚えのあるアイコンから届いた一通のメッセージ。
圭太:久しぶり。元気そうだね。今度飲みいこうよ!
この一行が目に入った瞬間、頭で考えるより先に直感が働く感じがしたのだ。
―あ、圭太かも。私が求めていたの。
8年前、「俺、大きいことやりたい」と豪語する圭太の言葉を信じ切れず、私は別れを告げた。しかし数年後、彼はいくつものメディアに取り上げられるほどのちょっとした有名人となっていたのだ。
そのステータスに惹かれたわけじゃない。
何者かになろうともがいていた先輩として、きっと何か通ずるものがあるんじゃないか、そんな風に思ったのだ。
「俺さ、最初の頃は色んなメディアに取り上げられたりして、ちょっとチヤホヤされたことが嬉しくてさ…。それから、いかに有名になるかっていう判断基準で仕事してたりしたんだよね」
「やっぱり、圭太にもそんな時代があったんだ」
「うん、でもすごいやつが次から次に現れて、そいつら俺より断然若かったりして。メディアの注目はすぐにそっちにうつっていくわけ。あれ、本当は俺なにがやりたかったんだろう、って思っちゃってさ」
8年という月日が流れる間、圭太もまた、もがき苦しんでいた。
必死に戦おうとした人間にしかわからない、痛いほどの共感が、私たちの絆を紡いでいったように思う。
それが恋愛感情なのかは正直よくわからない。
けれど話を聞くにつれ、実は自分と似たような野心を隠し持っていて、いつしか私たちは“同士”のような間柄になっていった。
◆
圭太も私も、まだまだ道半ば。
圭太は、やりたい事業を見つけ、新たに会社を興そうと奮闘中。
私もマーケティングコンサルとしての仕事も請け負い続けながら、執筆業を続けている。やりたいと思える仕事をしつづけているだけで、結局何をめざしたいかもわからないまま、もがき続けている。
でも心強いパートナーを得たからか、私の仕事もいよいよ軌道に乗り始めた。
莉々が紆余曲折の果てにたどり着いた境地とは…
◆
「自分の人生に影響を与えた人ですか?う〜ん…。正直、この人っていう人がいるわけじゃないです。でも、人生のところどころで、出会った人に刺激されてきましたね。
高校生のとき、三田祭で踊っていたダンスサークルの熱量に圧倒されなかったら慶應へは行っていなかったと思うし、代理店時代は、優秀な女性の先輩に出会わなかったらここまで仕事に熱意を持っていなかったかもしれない。ベンチャー企業でとある女性に出会っていなかったらフリーランスになるなんて選択肢とらなかったかもしれない…」
女性キャスターからのインタビューに、自分の記憶を手繰りよせながら、慎重に言葉を選びながら回答していく。
ここは、テレビ局のスタジオ。
目の前には、何台もの大がかりなカメラが並び、物々しい緊張感に包まれている。にも関わらず自分で発した言葉たちに、たしかにそうだよな…と、つい物思いにふけってしまう。
「なるほど、これまでの道のりで出会った人々によって莉々さんは形づくられてきた、ということですね」
必死に執筆し続けていた小説の出版が決まった。
売上も好調で、かつ兼業作家という肩書のものめずらしさに、朝の情報番組で取材されることになったのだ。
昔から憧れていた大きな夢を実現したわけじゃない。みんなから憧れられる何かを手にしたわけでもない。
でも、私はいま、とても嬉しい。
「では最後に、この本をどういう人に読んで頂きたいですか?」
「そうですね…。どんなに頑張っていても、うまくいかないことってあると思うんです。そんな心が折れそうなとき、ぜひ読んでほしいですね」
慣れないインタビュー。もっとうまいこと言えなかったのだろうかという思いが、じわじわと頭によぎる。
「…あ、なんていうか今夢とかない人でも、ひとつひとつ努力していれば報われると思うんです」
挽回しようと補足したつもりなのに、また陳腐なことしか言えなかった自分に嫌気がさす。
でも、それは偽りのない本心だった。
私だってそう。
自分が欲しいと思うものをひとつずつ手にする努力をしてきた。必死に、本当に必死に。その結果たどり着いた、自分がやりたいと思えること。そして、ひとつの形になったこの本。
「今日のゲスト、莉々さんでした〜」
私がインタビューを受けるコーナーが終わり、演者に拍手で見送られる。
ふと見渡すと、スタジオ中の人間が私に注目しているという慣れない状況に、足早にその場を後にした。
圭介:なんか、俺より有名になってるじゃん(笑)
スマホの画面に表示された圭太からのメッセージは、思わず私を笑顔にする。心強い味方がいるという事実が、私を勇気づける。
ふと、もし過去の自分が今のこの状況をみたら、どう感じるのだろうと思った。
東京の煌びやかさに心奪われていた若かりし頃の私にとっては、ものたりない?疲れ果て、地元に戻った時代の私からしたら、ちょっとは成長できている?
あの頃の自分がどう思うかわからないけれど、良くも悪くも刺激的な場に身を浸し続け、その消耗の果てに見えた景色は、悪くない気がした。
テレビ局を出ると、すっかり陽は傾き、涼しい秋風が頬を撫でた。
秋のはじまり。
足早に歩くサラリーマンは、下半期のスタートに心機一転、仕事に精をだしているのだろうか。眉間に皺をよせ電話する女性は、どんな野心を携えているのだろう。浮足立った女性3人組は、未来の旦那さまをつかまえようと闘争心を燃やしているのだろうか。
そんな生身の人間から発せられるエネルギーが、この街には充満している気がする。
いつか誰かが言っていた。『まだ東京で消耗してるの?』って。コロナの影響でオンラインに拍車がかかった現状を考えれば、なおのこと東京にしがみつく理由はない。
でも結局、私はオンラインなんかじゃ満足できない。
理屈じゃないけど、そんな人々から発せられるエネルギーに、私は感化され、刺激され、突き動かされる。
ここは、そんな風に私を刺激してくれる日本で唯一の場所、東京。
またこれからも、ここ東京で出会う人々に刺激されつづけ、10年後、私はまた全然違う場所にたっていたりするのかもしれない。
けれど、そんな風に少しでも自分の未来に未知な部分が残っているんじゃないかと思うと、それだけは私をワクワクさせる。
そう思いながらSNSをチェックしていると、大学時代の友人がまた新刊をだしたという【ご報告】投稿が。
彼女のSNSは、(お世辞にも可愛いとは言えないが)子供と旦那の、幸せそうな投稿。それにもう5冊目となる著書。
私はそれを見て胸のざわつきを感じる。一気に今までの高揚していた気分がトーンダウンしていく。
でも、このモヤモヤを少しだけ取っ払う方法なら、私は知っている。
「今日は、とある番組にお邪魔してきました♪」
いまできる精一杯の投稿をして、さっきの消耗を少しだけ回復させるのだ。
―私だって、すごいんだから。これからもっともっと、もっとすごくなるんだから。
そして、道ゆく誰よりも強烈にエネルギーを発しながら、私はまた歩き始めた。
Fin.
▶前回:終わりの見えない婚活の果てに、久々に再会した男に衝動的に想いを告げた女・31歳の行く末とは