将来的には建設技能労働者の処遇改善につなげる目論見だが……(写真:つむぎ/PIXTA)

菅義偉内閣が発足して政府はデジタル庁の設置を進めるが、2019年4月に国土交通省主導で建設業界に鳴り物入りで導入されたITシステム「建設キャリアアップシステム(CCUS)」は、早くも厳しい運営状況に陥っている。

建設業界団体などで組織する「CCUS運営協議会」の第6回総会が9月上旬に開催。利用料金の値上げや追加開発費の出資が了承されて、当面の危機は避けられた。しかし、登録事業者や技能者登録数を大幅に増やさなければ、いずれ存続が難しくなる。

国交省では「CCUSは建設業が持続可能な産業であるために不可欠な制度インフラ」(青木由行・不動産・建設経済局長)と位置付けているが、はたしてCCUSを再生することはできるのか。

運営開始から1年で伸び悩み

CCUSは、建設技能労働者324万人全員に身分証となるカードを保有させ、さまざまな工事現場を渡り歩いて働く労働者の就労履歴を記録し管理するためのITシステムだ。

国民全員にカードを保有してもらって、確定申告などの申請を行ってもらうために導入したマイナンバー制度の建設業界版である。

マイナンバー制度は2015年にスタートし、2016年1月からマイナンバーカードの発行が始まった。コロナ禍直前の2020年3月1日時点の普及率は15.5%。マイナポイント制度などの導入で、9月1日時点で19.4%まで上昇したが、本格普及にはまだ程遠い。

一方、CCUSは建設業界を挙げて普及に乗り出したこともあり、初年度で普及率約30%の100万人、5年後に普及率100%の目標を掲げてスタートした。

しかし、フタを開けてみると、技能者登録数は2020年3月末で22万人と、普及率は7%止まり。さらに事業者登録数も4万社と、建設許可業者数47万社の8%程度となっている。

その結果、CCUSを開発・運営する建設業振興基金では、登録料や利用料などの収入で運営経費が賄えずに大幅な赤字を計上した。

さらに建設業界が出資したシステム開発費用も不足して、計画したシステムの機能拡張もできないことが判明。運用開始わずか1年で「このままではCCUSを存続できない」(青木氏)という状況に陥った。

国交省と建設業振興基金では、急きょ6月から対策を検討。建設業界に対して各種利用料金の大幅値上げや、開発費の追加出資を打診したものの了解が得られず、当初は8月に開催する予定の総会を延期した。

サービス内容の見直しやコスト削減により、利用料の値上げ幅を圧縮するとともに、開発費の追加出資も20億円から16億円に削減することで、何とか建設業界の了承を得ることができた。

しかし、今後も普及率が伸び悩み、利用収入が増えなければ立ち行かなくなるのも時間の問題だ。

カード取得しても就労履歴が蓄積されない

なぜCCUSの普及が遅れているのか。導入当初から建設技能労働者にとってCCUSに登録してカードを保有するメリットを感じないので「普及させるのは難しいのではないか?」との声は多く聞かれていた。しかし、実際に運用を始めると、それ以前の課題が明らかになってきた。

CCUSを導入すると、工事現場の入退場口に専用のICカードリーダーを設置してCCUSカードをタッチすることで、自動的に建設技能労働者の就労履歴が記録・蓄積されていく。現状では点呼などによる手入力で行っていた就労履歴管理が自動化され、現場を管理する元請け業者にとっては大幅な業務効率化が図られる。

労働者側にとっても現時点ではメリットを感じにくいが、CCUSに就労履歴が蓄積されていけば、将来的には技能レベルに応じた処遇改善や、建設業退職金共済事業(建退共)の手続き簡素化などが図られる、との青写真が示されていた。

しかし、CCUSに登録していない建設業者も多いために、ICカードリーダーが設置されていない現場が多い。その結果、せっかく労働者がカードを取得してもCCUSのデータベースに就労履歴が蓄積されない、という問題が明らかになった。

元請け業者も労働者の入退場管理が大変な大規模現場にはICカードリーダーを設置するメリットはあるが、戸建住宅など小規模現場に導入するのは負担が重い。

マイナンバーカードであれば、全国どの行政機関に持って行っても身分証明などとしては利用できるが、CCUSカードを取得しても最も基本的なサービスである就労履歴が記録されないのでは意味がない。

つまり労働者にCCUSカードの普及を図る以前に、建設許可業者にはCCUSの登録義務化を行うぐらいの環境整備を行わなければ、労働者もカードを保有しようとは思わないだろう。

当初から地方の有力ゼネコンで組織する全国建設業協会からは、大手による優秀な技能労働者の引き抜きなどを懸念して、CCUSの導入に後ろ向きの声は上がっていた。そうした建設業者が事業者登録をサボタージュすることは予想されていたが、有効な対策が講じられていなかったわけだ。

行政主導の大規模システムの困難

今回の混乱を招いた原因を国交省に質問すると「過去に前例のないシステムであり、十分な対応が難しかった」と担当者は釈明した。

筆者はこうした事態を招くことを懸念して、国交省の複数の幹部にCCUSを新規開発するのではなく、民間で実績のあるITシステムを購入することを強く勧めてきた。過去に電子行政システムの構築をいくつも取材してきたが、行政主導で開発した大規模システムで成功した試しがなかったからだ。

CCUSと同様に技能労働者を管理するシステムには、三菱商事が開発した建設業向けサービス「建設サイト」が2001年から提供されている。2015年からは子会社のMCデータプラスに移管したが、すでに144万人の技能労働者が登録済みだ。

2011年の東日本大震災では、CCUS構築を先導してきた芝浦工業大学の蟹澤宏剛教授が代表となって、除染作業員の健康管理を行うための就労履歴登録機構が設立された。この時も建設サイトをベースにシステムを開発した。

すでに実績のあるシステムを拡張してCCUSを開発すれば成功確率が高まり、しかも100万人以上の技能労働者のデータも最初から付いてくる。まさに一石二鳥と考えたのだが、実現しなかった。

とは言え、CCUSが「建設業にとって不可欠な制度インフラ」であるのなら、今後はやれることは何でもやるしかないだろう。

国交省・建設業振興基金では、2023年度にはあらゆる工事でCCUSを完全実施するための官民施策パッケージを策定した。まずは国直轄の公共工事でCCUSを義務化するモデル工事を導入し拡大するなど、公共工事をテコに普及を図っていく考えだ。

「これまでCCUS導入に懐疑的だった地方の有力ゼネコンも本格導入に取り組むと表明するようになった」(国交省幹部)と、徐々に風向きは変わりつつあるようだ。

確かに公共工事に関わる建設業者や労働者には普及が進むことが期待できるが、国内建設投資額の3分の2は民間工事だ。この分野で普及を進めるには具体策が乏しい。

閉鎖的な労働環境を変えたスマホ

「建設業者は優秀な職人を囲い込む意識が強いので、民間工事でもCCUSを義務付けるぐらい対策を講じなければ事業者登録も進まない」とは、CCUS向けのカードリーダーやスマホ向けアプリを提供するラピーダ(東京都中央区)の早川一郎社長。これまでCCUSの普及に取り組んできたが、業界慣習の厚い壁に阻まれてきた。

「技能労働者にも登録するメリットがないと、CCUSを普及するのは難しいのではないか」――サービス開始から約2年で13万人を超える登録事業者を獲得したマッチングアプリを提供する、助太刀(東京都渋谷区)の我妻陽一社長も厳しい見方を示す。

電気工事の管理技術者で、自らも電気工事会社を運営する我妻氏も「建設業界には囲い込む慣習が根強く、職人も元請けを超えたつながりがなかった」と語る。過去に大手人材会社が建設技能労働者の求人・転職サイトを立ち上げたが、成功事例がなかった。

閉鎖的な労働環境を大きく変えたのがスマートフォンの普及だ。今ではベテランの職人でもスマホを持っており、休憩時間などに使い方を教えてもらってアプリを使い始める職人も多いという。

従来の求人サイトと異なり、マッチングアプリは直接に仕事の依頼を双方向でやり取りできる。登録した職人にとっては目に見える直接的なメリットだ。

セブン-イレブン・ジャパン、出光興産、ユニクロ、日産自動車など大手企業と提携して施設の修繕・補修サービスなどを提供するJM(東京都千代田区)でも、1万人を超える職人をデータベース化している。JMを通じて仕事の発注があるという直接的なメリットがあるから職人も登録し、スマホなどのITツールを活用して仕事をこなす。

「CCUSは職人の処遇改善を進めるうえで必要なインフラだ。JMではITツールを使って仕事ができる職人を育てており、CCUSの本格普及に向けても協力していきたい」(JM大竹弘孝社長)。今後は職人データベースをオープン化して、JM以外の仕事も職人が請けられるようにすることも検討している。

職人にとって使い慣れたスマホアプリなどを使って、CCUSのサービスも受けられるようになれば便利になる。助太刀やJMに登録した職人たちがCCUSに登録できるようになれば大幅に増えることも期待できる。

自然災害への対応機能を期待

近年、台風や豪雨などによる自然災害が増え、地震発生のリスクも高まっていると言われる。昨年9月の台風15号で大きな被害を受けた千葉県では、1年経っても職人不足などで修繕工事が完了していない被害住宅が4割近くあることが話題となった。

「地方自治体からは、どの地域にどれぐらいの建設技能労働者がいるかというデータがほしいとの要望が高まっている」とは、全国建設労働組合総連合(全建総連)元幹部でラピーダ顧問の田口正俊氏。CCUSには、将来的にそうした役割も求められるだろう。

助太刀では、9月下旬から助太刀アプリ登録事業者が災害時の支援意思を事前登録できる機能を追加し、迅速にマッチングできる環境を整備した。

JMにも提携先企業から災害対応の要請が寄せられ、職人が迅速に対応している。こうした災害対応機能を強化するためにも、民間企業といかに連携できるかがCCUS普及のカギを握っている。