イタリアを代表する高速列車フレッチャロッサ1000。イタリア鉄道は感染拡大予防のため予約時に座席の間隔を開ける対策を継続するが、収入への影響は必至で、財政支援の必要性を訴える(筆者撮影)

いまだ収束の兆しが見えない新型コロナウイルス。ワクチンの開発には、まだ多くの時間と資金を必要とし、特効薬もない現状では、感染拡大を食い止める有効な手立てはないに等しい。唯一の手段は、極力外出を控えることくらいで、この災厄が通り過ぎるまで、ただひたすら家に籠り、じっとしているしかない。

だがそれは同時に、各国の経済活動へ深刻な危機をもたらす。とくに大きな影響を受けるのが運輸業だ。不要不急の外出を避けることで公共交通機関を利用しない人が増え、物流においても多くの工場が稼働を停止、もしくは稼働日数を制限すれば物が流れなくなるのだから、当然の結果と言える。

仮にコロナ禍が収束へ向かったとしても、これを機に在宅勤務を推奨する企業が増えたことで、利用者数がコロナ以前まで戻らない可能性も指摘されている。

各国の鉄道が政府に支援要請

しかし、人体でいえば血管の役割を果たす運輸業が機能を喪失してしまったら、それは国が死を迎えるに等しく、それこそ取り返しのつかない事態となる。

とくに、多くの国が地続きとなっているヨーロッパの場合、人材や物資を近隣諸国に依存している所も少なくない。そのパイプの役割を果たす重要な交通インフラの一つが機能を失ってしまったら、国そのものがマヒしてしまう可能性すらある。

しかし、鉄道に対する財政支援をまだ決定していない国も多い。鉄道インフラを将来的に維持するため、ヨーロッパの多くの鉄道会社は、政府に対して早急な経済支援策を要請している。

コロナ禍で多くの犠牲者が出たイタリアでは、乗客や乗員の健康を守ることが最も重要である。社会や経済を回復させるためには、旅行パターンや消費者の行動などを含めて見直す必要があり、さらなる感染予防のためには列車を満席にしないなどの対策が必要となるが、これらに伴う減収の補填には、政府からの財政支援が必要不可欠となる。

幸いなことに、イタリア鉄道の2019年における営業利益は前年比5.4%増の2億6000万ユーロ(約319億円)を記録するなど、これまで順調に業績を伸ばしており、経営について当面は大きな影響が出ることはないとしている。

ベルギー鉄道は、ロックダウン後の利用客数が通常のわずか9.7%というレベルにまで低下、前年同時期には4430万ユーロ(約54億4300万円)の黒字を計上していたが、1億5230万ユーロ(約187億円)の赤字に転落した。


ロックダウン以降、乗客数が通常の半分程度で推移しているベルギーの鉄道(筆者撮影)

ロックダウンが解除された6月末には利用者数は通常の49%まで回復しているが、依然として厳しい状況が続いており、その赤字額は年末までに3億ユーロ(約368億円)に達する恐れがあるとしている。この状況から、ベルギー鉄道は政府に対し、早期の資金調達を促している。

国外事業は堅調なオランダ鉄道

オランダ鉄道は、2020年上期の損失額が1億8500万ユーロ(約227億円)に到達したと発表。ベルギーと同様、ロックダウン期間中に利用客数が通常の10%程度に落ち込み、現在も40%前後で推移している。


オランダ鉄道は本国での収入は大幅ダウンしているが、子会社が運営するドイツと英国の路線網では黒字を計上している(筆者撮影)

その一方で、オランダ鉄道の国外子会社アベリオの売上高は、コロナ禍にもかかわらず、列車を運行するドイツ、英国ともに対前年比を上回る成績となった。ドイツについてはシュトゥットガルトおよびルール地方における公共サービス義務契約(PSO)により、売上に大きな影響がなかったことが要因だ。英国事業はイースト・ミッドランズ・フランチャイズの運営権獲得と、英国政府からの7億300万ユーロ(約863億円)の支援金により増収を果たした。

しかしながら、地元であるオランダでの損失が今後どの程度になるか予想することは困難で、オランダ鉄道は政府に対して経済支援を急ぐよう強く求めている。

デンマーク鉄道は、2020年上期に6億700万デンマーククローネ(約100億円)という巨額の損失を抱えたことを報告、年末までに赤字は10億デンマーククローネ(約165億円)に到達すると予想している。少なくとも今年2月まで旅客数は増加傾向にあったが、ロックダウンによって対前年同期で80%の減収となり、政府から緊急で6800万デンマーククローネ(約11億2200万円)の財政支援を受けることを決定、合わせて将来的な金融枠組みに関する交渉を政府と進めていくと述べた。

一方で、具体的な支援策を公表している国の中には、経済的基盤が弱くなった鉄道会社への財政支援と、コロナ騒動後を見据えた鉄道インフラのさらなる強化のための先行投資を同時に進める動きもある。

ドイツは6月2日付の記事で既報の通り、政府が2024年までの間に、ドイツ鉄道に対して110〜135億ユーロ(約1兆3500億円〜1兆6500億円)もの支援を検討している。ルフトハンザドイツ航空への支援金90億ユーロ(約1兆1060億円)を上回る額で、民間企業から公平性に欠けると反発を招いていた。


ヨーロッパの物流を支える貨物列車。中でも複数の大きな港を持つドイツには、欧州各国からの貨物が集積する(筆者撮影)

6月30日にベルリンで開催された鉄道サミットにおいて、運輸・デジタルインフラ大臣のアンドレアス・ショイアー氏は「コロナ騒動による困難な状況下、鉄道が旅客および貨物輸送の両面で、いかに重要かつ信頼性が高い交通インフラであるかを見てきた。将来的により強化されるよう、全力をもって取り組む。われわれは、ドイツの鉄道輸送に関する明確な基本計画を練っている」と述べた。

その基本計画は非常に野心的なもので、2030年までに旅客数を倍増させ、貨物市場のシェアを現在の19%から、少なくとも25%にまで引き上げることを目標としている。とりわけ貨物輸送を道路から鉄道へ切り替えることは、気候変動に対する重要な要素になるとドイツ政府は考えている。

気候変動対策を見据えるフランス

フランス政府は9月3日、47億ユーロ(約5775億円)相当の財政支援パッケージを用意する意向を示した。この中には、都市間を結ぶ幹線の更新や貨物輸送のサポート、地方ローカル線に対する支援強化が含まれている。


フランスのローカル線を走る電車。これまで車中心の社会だったフランスの地方都市にも環境問題の波が訪れ、コロナ対応に合わせてローカル線の活性化にも着手する計画がある(筆者撮影)

この財政支援パッケージは、もちろんコロナ禍により収支が悪化した鉄道インフラを救済するのが主な目的だが、政府は景気回復のためだけではなく、コロナ以前に問題となっていた気候変動への対処など、その先を見据えた長期的な観点に基づいた支援であると述べている。

そのため、この予算の中には鉄道会社の経営立て直しのための資金だけではなく、地方ローカル線の再建や鉄道貨物輸送強化のための貨物ターミナル増設、立体交差化による踏切の除去、さらには夜行列車運行再開へ向けた準備金なども含まれる。

フランスは都市間輸送を高速列車TGVへ置き換え、欧州でいち早く夜行列車削減へと動いた国だ。


欧州では早い段階で夜行列車の削減に乗り出したフランスだが、環境問題に押されて夜行列車を復活させる計画がある。コロナ後のキーポイントとなる動きだ(筆者撮影)

だが、オーストリアの「ナイトジェット」の成功により、近年は距離や所要時間次第で夜行列車も十分な競争力を保てることが実証され、加えて昨今の環境問題が追い風となり、夜行列車復活へと舵を切らざるをえなくなった。欧州大陸間を結ぶ主要路線は、列車の本数増加に備え、軌道強化や変電設備増強など、インフラ投資にとくに力を入れる予定となっている。

このように、ドイツとフランスの両国に共通していることは、昨年まで話題の中心にあった環境問題への対策がセットになっていることだ。昨年、まだコロナ騒動が発生する以前の段階で、「Flygskam(飛び恥)」という言葉が飛び交ったことを覚えている人も多いだろうが、鉄道インフラに対する投資は、環境問題への対策も兼ねているのだ。

図らずも、コロナ騒動によって航空業界は大打撃を受け、短距離便を中心に大幅な減便となるなど、環境団体にとっては思惑通りの展開ともいえる。両国政府にとって鉄道を支援することは、環境問題への対策を怠っていないという国民や周辺国へのアピールにもなる。

「元国鉄」支援には批判も

一方で、政府による鉄道支援には不公平な部分があると批判する声が、今も相変わらずある。


ヨーロッパの鉄道には多くの民間企業が参入しているが、財政支援の多くは旧国鉄へ流れ、民間企業への支援は十分とは言えない(筆者撮影)

約60社の独立系鉄道貨物事業者協会であるNetzwerk Europäischer Eisenbahnen(NEE)は、「(政府による支援は)元国営企業を一方的かつ独占的に支持しており、これはコロナ騒動に関係なく、元国営企業の本来の構造的問題に起因する赤字を解消させているにすぎない」と糾弾した。

すなわち、コロナ騒動によって支援を必要としている民間企業よりも、コロナ以前から赤字体質だった元国営企業を優遇し、コロナとは関係のない赤字までも補填しているというのだ。それは長い目で見れば、元国営企業が民間企業より優位に立ち、現在の状況が長引けば、市場がモノポライズされる可能性も否定できない。

鉄道インフラ維持とそのための投資は、今後の経済活動の基盤として必要不可欠なことに間違いないが、そこに官民の間で公平性を保つことが、今後の課題と言えよう。