漫画『キングダム』からは社内の人間関係を円滑にするためのヒントも得られるようです(写真:編集部撮影)

中国の春秋戦国時代の波乱の歴史を描いた、漫画『キングダム』。コーチングスクールを運営する馬場啓介氏によると、キングダムからは、上司と部下の関係など、職場内でのコミュニケーション力を高めるコツも学ぶことができるそうだ。同氏の『「キングダム」で学ぶ最強のコミュニケーション力』を一部抜粋・再構成してお届けする。

現代では時々刻々と「働き方」の常識が変わり、それは人間関係にも及んでいます。企業でも強制的なつながりではなく、「コミュニティの時代」と言われ、上下関係ではなく、異なる職種、価値観を持った人同士が、力を合わせ、学び合い、何を生み出せるかが、ビジネスでも重要なカギとなっています。その上でコミュニケーション力が非常に重視されているのです。

私はコーチングスクールの講義や講演などで、学ぶべき優れたコミュニケーションのお手本として『キングダム』(原泰久・著、集英社)の言葉をよく引用しています。魅力的なキャラクター、によって展開される作品世界でのコミュニケーションを例に出すことで、受講者により深くコミュニケーションの本質をつかんでもらうことができています。『キングダム』を参考にしているのは、ひとえに『キングダム』がコミュニケーションを学ぶ上で最高の教科書だからです。

コミュニケーション力を学べる

コミュニケーションとは、人と人とのあいだに生まれる感情や意思、情報の伝達を意味しますから、「最良のコミュニケーション」は、「心が通い合う」ことが前提です。相手によって距離のとり方、質問内容、言葉遣いを変えながら、信頼関係を築いていく必要があります。

そんなコミュニケーション力を身につけるには、経験から学ぶか、感情移入できる物語から学ぶのが最も効果的なのです。とはいえ、皆が皆、自分の成長のために役立つ経験ができるとは限りません。

しかし、世にある物語には数え切れないほどの登場人物たちの経験が詰まっています。その中でも、私が愛してやまない最良のコミュニケーションの教科書が『キングダム』なのです。

『キングダム』の登場人物の中で、私が「最強のコーチ」、「最高のコミュニケーションの達人」として尊敬しているのが、王騎将軍の副将、騰(とう)です。

ここで、多くの方の脳裏に「!?」が浮かんだかもしれません。感情をださず、どこかとぼけた味を持つ騰と、「最強のコーチ」という評価は、あまりにもかけ離れている。そう思う方は少なくないでしょう。

しかし『キングダム』の中で騰と、彼が仕える大将軍・王騎が一緒に登場する場面を今一度見直してみれば、この両者が絶妙なコンビネーションを見せてくれることに気づくと思います。その「絶妙」さを生み出しているのが、騰のコミュニケーション力なのです。

王騎軍の中にあって、騰はNo.2というポジションで、常に王騎のかたわらに控えています。組織におけるNo.2の役割は、コーチとよく似ているのです。有能なコーチがクライアントを進化させるように、組織のトップを進化させるのが理想的なNo.2と言えます。

騰は王騎将軍の話をそばで聴くことに徹し、自らジャッジをしたり、自分の意見を言ったりすることはほとんどありません。戦況の判断などで「ねえ、騰?」と王騎に問われるたびに、「ハ!」と返事をする騰ですが、実はこの何気ないやりとりの繰り返しこそが、立派なコーチングになっているのです。

何気ないやりとりから見えること

騰は、自分が敬愛するリーダーが自問自答しながら最高の結論に達するのを、「ハ!」で促しているのです。


「ねェ、騰?」


「ハ!」

たびたび交わされる王騎将軍と騰の、このやりとり。単純に聞こえるかもしれませんが、実は、これはコミュニケーションの極致。非常に高度で、心理的に深いやりとりなのです。

王騎の側に立ってみましょう。「ねェ、騰?」と問いかけるとき、王騎は決して意見を聞こうとしているのではありません。自問自答をするなかで、自分の声を自分で聴いて確認したいときに、「ねェ、騰?」と言っているのです。

騰も、自然とそれを承知して「ハ!」と返しています。へたなNo.2なら、ここで自分の価値観を主張しがちです。しかし、No.1が求めているのは、ジャッジをせずに話を聴いてくれる人。聴くことができる人ほどコミュニケーション力が高い人物であり、優秀なNo.2と言えるのです。

何万もの兵士の命を預かる組織の頂点に立っている王騎は、ある意味非常に孤独だと思います。そんな王騎にとって、常にかたわらで自分の話をジャッジすることなく聴いてくれる騰はかけがえのない副将です。有能なNo.2には、トップを孤独にさせない役割もあります。

このように書くと、まるで騰がイエスマンであるかのように感じられるかもしれませんが、必ずしもそうではないことが騰の初登場シーンでは描かれています。そのようなところも『キングダム』の魅力の1つなので、是非読んでみてください。

組織の代表としてもてはやされるのは基本的にトップであり、No.2にスポットライトが当たる機会はそれほど多くありません。しかし、第一線で活躍する人たちは、No.1を陰で支えつづけるNo.2の働きに着目し、そこに美学を感じています。

企業のトップからも人気がある

これまで出会った企業のトップたちに、『キングダム』でいちばん好きな人物を尋ねると、圧倒的に人気が高いのが騰なのです。企業のトップたちは、傑出したリーダーである王騎を支えつづけている騰の非凡さや、王騎将軍にとっての副将は騰以外ありえないことも、見抜いているのです。

「騰のようなNo.2が欲しい」はっきりとこう語ったトップの方も何人かいました。重責を担う立場の人にとって、騰はやはり「理想のNo.2」に映るのでしょう。

騰は企業の経営者や組織のトップに人気があると書きましたが、今年『週刊ヤングジャンプ』で実施された『キングダム』キャラクター人気投票でも、堂々の7位に入っていました。私の運営する「トラストコーチングスクール」の中ではもっと上位。特に女性からの人気だと「ベスト3」に入るほど高いのです。

とりわけ女性コーチたちをシビれさせたのは、秦国最大の関所・函谷関(かんこくかん)で、合従軍と戦ったときのセリフです。

副将として仕えた王騎の死後、その軍勢を引き継いで将軍となった騰は、函谷関で楚(そ)将・臨武(りんぶ)君(くん)に一騎打ちを仕かけます。臨武君は騰を甘く見ていましたが、追い詰められたのは自分のほう。そこで臨武君は、思わず問います。

「…き…貴様は一体、ゴフッ、何者だ!」(『キングダム』第26巻)

 騰の答えがこれです。

「天下の大将軍だ!」(同書)

ジョークではありません。場面はまさに命をかけた敵将との一騎打ち。その場で堂々と、真顔で名乗った「天下の大将軍だ!」は、騰の本心以外の何ものでもないのです。

突出した知力と武力を併せ持つ王騎将軍と長年ともに戦場で過ごし、王騎の裏も表もすべて知り尽くした騰は、もはや王騎将軍と一体化しています。王騎将軍の副将という大役を十二分にこなしていた騰は、いざとなればいつでもナンバー1になれる実力と覚悟を蓄えていたのです。

関係性を改めて見つめ直してみる

王騎軍を譲り受けた騰がすぐさま目覚ましい活躍を見せることができたのは、常に王騎将軍と一つになり、同じ景色を見ていたからにほかなりません。

No.1とNo.2は、両者が入れ替わってもまったく問題が起きないほど実力が伯仲し、目的を共有できることが1つの理想像ですが、王騎将軍と副将・騰は、まさにその典型と言えます。


王騎と騰のようなNo.1、No.2のコンビネーションを、ビジネスの現場で実現するのはなかなかむずかしいかもしれません。ビジネスの種類、そのときのプロジェクト、お互いの性格などを考慮しながら、最も有効的、かつ友好的な関係性を探っていけばいいと思います。

ただ、魅力的な人は、誰かのNo.2の存在となり、そのNo.1をジャッジすることなく、同じ景色を観ながら、一体化し、孤独にさせない力がある人だと言えます。そんな誰かのNo.2になれるためにも「コミュニケーション力」を、スキルではなく、あり方、関係性から見直し、高めていくことが、とても大切なのだと考えています。