法律本としては異例の売れ行きとなっている『おとめ六法』。共著者の弁護士、上谷氏に日本における性被害の実態などについて聞いた(撮影:今井康一)

自分や親しい人が、セクハラやレイプなど性被害にあってしまった時に、どうすれば加害者を有罪として立証できるのか。そんな疑問に法律的観点から答えてくれる本が話題になっている。

【2020年9月26日22時55分追記】初出時、本来は非公表な情報を記載していたため、記事の一部を修正しました。

恋愛やSNS、仕事、結婚など女性の暮らしに関わる法律を、象徴的なイラストと文章で解説した『おとめ六法』がそれだ。5月末に発売されて以来、すでに6刷と法律関連本としては異例の売れ行きとなっている。

性被害の加害を明らかにする難しさ

性被害は、家庭や路上、職場や学校など、あらゆるところで発生する危険がある。しかし、長らくその被害は社会に知られることがなかった。近年になって、2017年の伊藤詩織さんの告発やハリウッドから始まった#Me Too運動、2019年に性犯罪の裁判で無罪判決が相次ぎ、全国でフラワーデモが起こるなど、被害者が声を上げるようになり始めた。しかし、密室で行われることが多い性犯罪を立証することは難しい。

「殺人や放火は、相手の意志に関係なく犯罪となりますが、性行為自体は基本的に違法ではない。だから、境目が難しいんです」と、『おとめ六法』共著者の弁護士、上谷さくら氏は話す。同氏が受ける相談の4分の1は性被害だと言う。
 
「性被害は、性的自由を侵害されたときに犯罪となります。性的自由を侵害されたことが立証され、それが法律の条文に当てはまれば、法によって被害者が守られることになります。しかし、性犯罪は密室で行われることが多いため、立証することが難しいのです」(上谷氏)

一口に性被害と言っても、状況はさまざまだ。見知らぬ人に路上で襲われた場合は、「相手の体液などが保存されDNAが検出できれば、立件できる可能性があります。しかし、うちに相談に来られる人でも多いのですが、被害にあった人は一刻も早く汚れを洗い流したいからシャワーを浴びてしまう、破れた洋服を捨てるなどしてしまうことが多いんですよ。押し倒されたときに背中などをケガしても、ショックが大き過ぎて呆然としたまま時間が経ってしまい、警察に行く頃にはケガが治ってしまっていたりする。そうなると、暴行の証拠がなくなってしまう」

「ですから、どんなに気持ちが悪くても、口もゆすがずシャワーも浴びず、着ていた洋服も残しておき、病院や警察にできるだけ早く行くことが、立証につながります。妊娠のおそれがある場合は、72時間以内に病院で緊急避妊ピルを出してもらって飲めば、避妊できる可能性が高くなります。性感染が疑われる場合も、病院で検査してもらうことをおすすめします」(上谷氏)。


上谷氏が受ける相談の約4分の1は性被害に関するものだ(撮影:今井康一)

性暴力は、どのように法律で定められているのだろうか。強制性交等罪は刑法第177条で、「13歳以上の者に対し、暴行、または脅迫を用いて性交、肛門性交、または口腔性交をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も同様とする」と定められている。13歳以上は性的同意年齢とされており、下限が13歳というのは世界の中でも低い。

強制わいせつは刑法第176条で、「13歳以上の者に対し、暴行、または脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6カ月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする」と定められている。

合意がないまま、なりゆきで

難しいのは、デートDVなどの形で顔見知りから性被害を受けた場合で、「身体にDNAが残っていて性行為の事実が立証できたとしても、合意がなかったという証拠にはなりません。元カレなどの場合は、『ヨリが戻ったのでは?』と思われてしまう場合もあります」と上谷氏。

顔見知り間で性犯罪が起きる背景には、日本における男女間の文化という根深い問題もある。

「本来、合意のない性行為は違法です。恋愛中のカップルでも夫婦でも、カップルの片方が『本当は、今日は嫌だった』という場合はあります。だけど、日本の場合は合意があるかどうか意思表示がないまま、成り行きで性行為に至ることが多い。

女性も、拒絶することで彼氏が機嫌を損ねてフラれたら嫌だとか、この人と別れたら次はないかもしれないと考えるなど、いろいろな不安を抱えている。若い人たちの前で、性的同意の話をすると、『そんな意思表示はできない』という女性は多いです」(上谷氏)

日本では、自分の意思をはっきり伝えなくても察してもらうことをよしとする風潮が強い。女性誌などのメディアも、「最初は断る」ことを恋愛テクニックとして伝え、男性も拒絶はポーズで本当は嫌がっていない、と思わされてきた悪しき文化がある。しかし実際は、「いやよ、いやよ、は本当にいや」なのではないか。

カップル間においても、セックスに関するコミュニケーションをきちんと取れていないのかもしれない。

「男性も、合意があったと思っていたのに、彼女が嫌がっていたと後でわかったら傷つきますよね。夫婦の間でも、性行為の際に会話がないという話はよく聞きます。性のあり方が貧しいですね」と上谷氏は言う。「スウェーデンでは、明確に同意がない性行為は犯罪になっています。性交渉がどうあるべきかを日常的に議論するし、同意を取るのが当たり前の社会だそうです」。

繰り返しセクハラが行われる場合は

セクハラの場合も、立証は難しい。「合意がないのに、顔見知りの相手の胸やお尻を触ったり、下着の中に手を入れるのは強制わいせつですが、犯罪とするには証拠が必要です。国が国民を犯罪者と認定するのは非常に重いことなので、立証にはそれなりに高いハードルが課せられています。触られた人が被害を訴えても、相手がそれを否定し、ほかに証拠がなければ認定できません。『セクハラされた』とウソをついている可能性もゼロではないので。しかし目撃者がいれば、その証言は証拠になります。

繰り返しセクハラが行われている場合は、録音する、詳細なメモを残す、信頼できる友人に具体的な内容をメールやラインなどで送るといった証拠で、立証できる場合はあります」と上谷氏は説明する。

セクハラは、相手が先輩や教師、上司、取引先など、権力を持つ人の場合、現場ではノーと言えないことが多い。また、信頼している相手だった場合、「被害者は、『まさかこの人がそんなことをするなんて』という驚きが大きく、フリーズしてしまう。だから、よほど訓練を受けていないと、すぐに『やめてください』と言うなど、適切な対応を取れないのです。

日本の場合、子供の頃から相手に合わせることが重視され、騒がずなだめてその場を収めることが美しいとされがちです。女性も、はっきりモノを言うと『かわいくない』などと陰口をたたかれかねない。そういう環境で育っていて、拒絶の意思表示ができないため、気がついたら逃れられない状況になっていて、あきらめてしまうケースが多い」(上谷氏)という。

「会社員が仕事先でセクハラにあった場合は、会社が、『取引を切ってもいいから』と毅然として対応して欲しいですよね。派遣労働者で職場の人からセクハラされている場合は、派遣元によってはほかの派遣先を紹介してくれる場合もある。

難しいのは子どもが被害者で、加害者が親族のとき。お母さんが娘から相談されたのが、夫や息子による加害なら、自分で判断するのは基本的に難しい。まずは娘の訴えに耳を傾けたうえで、地域の『性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター』や児童相談所に相談するといいです。また、スクールカウンセラーも相談相手として考えられます」(上谷氏)。

内容に深く立ち入らない

性被害は、相談される周囲の対応も重要だ。「自分が誘ったのでは」「なぜ抵抗しなかったのか」「どうしてそんな場所にいたのか」「殺されていないだけマシ」「平気そうですね」「あなたにスキがあったのでは」「早く忘れたほうがいいですよ」「そんな服装をしているからだ」などと言う、あるいは好奇の眼で見るなど、被害者がさらに心理的・社会的なダメージを受けるセカンド・レイプをしないことが大切だ。

もし自分が被害者から相談されたら、素人では判断が難しいので、「内容に深く立ち入らず、相手をいたわる程度にとどめるほうがいい。『泣き寝入りしたらダメ』と言うなど、絶対に自分の正義を押しつけないことが大切です」と上谷氏は言う。周囲の人にとって大切なのは傾聴することで、判断することではない。

日本では2010年代半ばから、フェミニズム・ムーブメントが起きたことで、性被害に対する意識は変わりつつあるのかもしれない。「#Me Too運動が起き、2017年に強制性交等犯罪の刑の下限が3年から5年に引き上げられ、肛門性交や口腔性交も含む、被害者の性別を問わないなど、性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正されて世の中の流れが変わり始めた」と上谷氏は指摘する。


性被害に対するマスメディアの姿勢も変わってきたと話す上谷氏(撮影:今井康一)

「昔は、性被害は報道に値せずという感じだったのが、今はNHKが『クローズアップ現代+』で性被害を取り上げる、新聞が長期連載するなどマスメディアの姿勢も変わってきました」

結婚している人でも、恋愛中の人も、その気になれないときはある。また、親しい相手や尊敬している人であっても、性的対象とは思えない場合はある。そういうとき、相手には、断る勇気も必要だ。少なくとも顔見知りの場合は、ノーの意思をできるだけはっきり伝えることが必要だ。

少なくとも、顔見知りでその気がない相手に勇気を出して断るためには、環境の変化が必要な場合もある。勤め先の会社や学校、会社などで、人間同士の信頼関係を損なう性犯罪を許さない社会的合意を育てていくことが、もっと必要かもしれない。社会が味方であると安心できれば、人は強くなれるのではいだろうか。