バラ色の幻想を抱いてはならない(写真:Masafumi_Nakanishi/iStock)

コロナウイルスによって人々は突如、移動・対面を禁じられた。そうして「テレワーク」はなし崩し的に始まった。当初大きかった戸惑いの声だが、次第に通勤から解放されたビジネスマンのポジティブな声も聞こえてくるようになる。今後、「働き方」はどう変わるのか。韓国で著名な経営戦略コンサルタントのキム・ヨンソプ氏による『アンコンタクト 非接触の経済学』(訳・渡辺麻土香)より一部抜粋・再構成してお届けする。

若者ほどテレワークを好む

働き方が変われば、生き方やライフスタイルも変わる。テレワークをするということは、コンタクト中心からアンコンタクト中心への移行にともなって生まれた、暮らしのメリットも享受できるということだ。

シリコンバレーのIT企業には、テレワークは身近な文化として古くから浸透している。特にミレニアル世代(1981年以降に生まれ、2000年以降に成人を迎えた人を指す)やZ世代(1990年代中盤以降に生まれた人を指す)の会社員の間では、テレワークは好まれている。ネットワーク環境に慣れている世代ほどテレワークの選好度は高まるものだ。

デロイトが42カ国1万3400人のミレニアル世代を対象に調査した「The Deloitte Global Millennial Survey 2019」によると、ミレニアル世代の75%が、「自分にとって在宅勤務やテレワークは重要な要素だ」と答えた。ミレニアル世代やZ世代の人材を確保するためにも、企業は在宅勤務やテレワークを進化させる必要がある。

イギリスのコンサルティング会社マーチャント・サビー(Merchant Savvy)のグローバルリモートワーク分析報告書「Global Remote Working Data & Statistics, Updated Q1 2020」によると、2005年から2020年までの15年間で全世界のテレワーク利用者が159%増加したという。

アメリカ企業の69%が在宅勤務制を実施しており、イギリス企業の68%が柔軟勤務制を取り入れているとのことだ。リコーヨーロッパ(Ricoh Europe)がヨーロッパの社員約3000人を対象に行った調査では、32%の社員が「柔軟勤務制の実施と引き換えに10%の賃金カットを容認できる」と回答している。

柔軟勤務制は福利厚生にもつながる。柔軟勤務制によってテレワークや在宅勤務が容易になれば、結果的に家族と過ごす時間が増えるからである。共働きが必須になり、出産後の子どもの養育問題や、出産と育児のためにキャリアを断絶せざるを得なくなった女性たちの問題も深刻化している。

これらを解消するためにも柔軟勤務制やテレワーク、在宅勤務は重要だ。厳密に言えば、テレワークと在宅勤務は柔軟勤務制に含まれる。柔軟勤務制を通じて生産性と効率性は高まる。会社としてはオフィスの維持費用が削減でき、社員としても通勤による時間と費用を減らせる。

むしろメンタルを病む可能性も

メリットも多く合理的な制度に見えるが、だからといって、短所がないわけではない。テレワークは仕事と日常の境界を壊しやすく、むしろワーク・ライフ・バランスを乱す恐れがある。実績で評価され、与えられる自律性の分だけ会社と社員間の信頼も重要になる。そのため、むしろ会社に出向いて働いていた時よりも仕事に打ち込んでしまい過労になるという指摘もある。

統制がないまま自律的に働くと、気持ちが緩み仕事に身が入らなくなるのではないか──人々のそうした懸念とは逆の結果を生むという予想は、十分あり得る。

物理的には非対面・非接触であるが、ネットワークの連結という面では対面過多や接触過多になる恐れもある。そのため、テレワークをするためには時間の管理とコミュニケーションの管理が重要になる。境界確保のために業務時間外にはあえて職場とのつながりを絶つという社員も増えるだろう。

テレワークのための法律ではないが、フランスでは2017年1月1日より「つながらない権利法」(right to disconnect)が施行された。文字通り退社後に会社や上司とつながらない権利が法的に保障されるのだ。2013年ドイツの厚生労働省は、非常時を除き業務時間外には上司が社員に電話やメール連絡をできないようにする指針を発表している。

イギリスでは労働党の大物政治家で産業相を務めたレベッカ・ロング=ベイリーが、常につながれる「24/7文化」〔訳者注:24時間、週に7日間「常に」という意味〕の終息を宣言している。

ダイムラー・ベンツグループの場合、休暇中の社員のメール受信を自動応答にし、除去するシステムを運用している。休暇中の社員に送られたメールを分析したところ、業務上本当に重要な社内メールは20%程度であり、それらのメールも上司や同僚で十分にカバーできるものだった。そのため、休暇中の社員には業務メールが届かないよう制度化したのだ。

多くの政府や企業がこうした法的制度や指針を作るのは、それだけ自発的に行うのが難しいものだからである。韓国では2018年12月、公務員のパワハラ行為の概念と類型を具体化した改正公務員行動綱領が施行された。それによれば、「休日や昼夜を問わずSNSで傘下機関に業務の指示や強要をすること」もパワハラとして公務員の懲戒事由になる。

2019年7月16日には「職場内嫌がらせ防止法」(改正労働基準法)が施行された。職場内での地位や関係の優位性を利用して業務の適正範囲を超えた身体的・精神的苦痛を与えたり、勤務環境を悪化させたりする行為は全て違法となったのだ。

休日にカカオトーク〔無料通話・メッセンジャーアプリ〕で過度な業務指示をしたり、暴言を吐いたりすることも嫌がらせに当たる。韓国では「つながらない権利」自体を法制化したわけではないが、明確にその権利を含む法制は一部に存在するわけである。これは今後テレワークや在宅勤務が拡大するにあたって、一層重要になる法律だ。

テレワークが孤独感や疎外感といったメンタルヘルスの問題を招きかねないという指摘はいまだにある。テレワークの拡張は、ただでさえメンタルヘルスの問題を抱えがちな現代人に負の影響を与えかねないというのだ。そのため企業側は今後、社員がテレワークで疎外感や孤立感をおぼえた場合の解消法の模索にも注力しなければならない。

バラ色の幻想を抱いてはならない

テレワークのためにサポートすべきことはITソリューションだけではない。テレワークは、働き方だけではなく生き方全般をも変える。それゆえ、安易に考えたり、バラ色の幻想を抱いたりしてはならないのだ。文化の変化でもあるため、適応と問題改善のための時間及び、そのための投資も必要になってくる。


ちなみにビル&メリンダ・ゲイツ財団が設立した、世界の保健統計と影響を評価・研究する団体「IHME」(Institute for Health Metrics and Evaluation)によると、メンタルヘルス障害を経験した人は2017年現在、世界中に約7億9900万人いると推定される。世界の人口の10.7%、つまり10人に1人がメンタルヘルス障害を経験したということだ。

就業人口でみると、約15%がメンタルヘルス障害を経験していると推定される。WHOの国際疾病分類ICD−10に従って広義に定義すると、うつ病、不安障害、双極性障害、摂食障害、統合失調症などが含まれる。

ソーシャルメディアマネージメントプラットフォーム「バッファー」(Buffer)は、テレワーク制度拡張のリーディングカンパニーとして、様々な調査を行っている。アンケート調査の結果によると、回答者の19%がテレワークによって孤独を感じ、17%がコミュニケーションに不便を感じたそうだ。